アルカディア学報
私立学校法の改正に伴う中期計画策定と実施に向けた課題
今回の私立学校法改正では、学校法人の責務を「自主的にその運営基盤の強化を図るとともに、その設置する私立学校の教育の質の向上及び運営の透明性の確保を図るように努めなければならない(第二十四条)」と新たに規定し、それを実現するための主な改正点は①役員の職務及び責任の明確化に関する規定の整備、②中期的な計画の作成、③情報公開の充実の3点に整理される。それらの3点は密接不可分な関係にあることは言うまでもないが、なかでも善管注意義務の明確化や損害賠償責任の規定化など役員責任の明確化、理事会の機能の強化など学校法人の業務に関する最終的意思決定機関としての機能の充実、理事会を構成する理事等の持つ役割認識と執行責任などが求められている。なかでも、新たに「事業に関する中期的な計画の作成(第四十五条の二)」が義務付けられ、認証評価の結果を踏まえた中期的な計画を策定することとされている。
言うまでもなく中期計画の策定は、いずれの学校法人・大学においても重要な業務の一つであるとともに、当該大学を設置する学校法人のマネジメントやその目的及び事業計画を具現化するうえでの基本的方策でもある。中期計画は、教学と経営に関する戦略的経営を行うことを目的に策定されており、昨今の厳しい経営環境のなかで教育研究などの質の維持・向上と経営の健全化を目指して理事会が中期的視野に立ち明確な経営方針としての目標や課題を提示し、業務を重点的、効果的に遂行するとともに業務の改善を図るためのものである。
中期計画を策定し、実効性を伴った取り組みを行うことにより、学校法人や大学の目指す方向を構成員に明確に提示できること、限られた経営資源のなかで選択的・集中的な投資が行えること、具体的な年次毎の事業計画により目標の達成や課題の解決に向けた運営が実施できること、当該年度の事業計画を立案、実施、評価、改善するための基本方針となること、教学と経営に係る各部署間の連携協力の強化や教員と職員との協働の促進が図られること、などの効果が期待できるものである。
中期計画策定等の経緯
学校法人及び大学における中期計画策定等の経緯を私学高等教育研究所の「私大ガバナンス・マネジメント改革プロジェクト」による調査結果から見ると、中長期計画が「策定済み運営中」とする回答は平成19年度において24・8%、平成21年度において55・3%を示していた。更に、同様の趣旨による中長期計画の策定形態を調査した結果によれば、「事業計画とは別に中長期計画を策定している」とする回答が平成25年度において58.7%を示しており、「経営計画など他の名称のもの」を併せると76.2%となっていた。さらに、平成29年度において策定しているとの回答は73.4%に達しており、他の名称のものを加えると95.6%となり、中長期計画等を持っていない学校法人・大学は4.4%であった。このことからも令和2年度当初において、ほぼ全ての学校法人・大学が何らかの中期計画等の策定を終えていると推察できよう。
しかし、平成29年度実施の同調査から「組織内における中長期計画の浸透状況」を見てみると、「十分に浸透している」とする回答の割合が高いのは、「経営陣」で51.0%、次いで「管理的立場の教職員」が38.7%と続き、「教員」、「職員」、「学内の全構成員」は概ね10%前後にとどまっていた。さらに「十分浸透している」に「ある程度浸透している」を加えて見ると、「管理的立場の教職員」95.4%、「経営陣」93.1%、「職員」75.1%、「教員」67.1%、「学内の全構成員」67.0%であった。なお、平成25年度の調査結果と平成29年度の調査結果に大きな変化は見られなかった。
次いで、中長期計画(将来計画)の浸透状況を「計画策定(P)」、「計画の実行(D)」、「点検・評価、改善(C・A)」段階に分け「計画の実行状態」と関連させて見ると、「計画策定(P)」の段階においては、中長期計画の浸透状況にかかわらず、経営トップである理事長や学長が「ビジョンを示し、実現すべき目標を設定して中長期計画を策定しているなどの取り組みを行っている」傾向にあった。
「計画の実行(D)」の段階においては、中長期計画の浸透状況にかかわらず、理事長や学長の「リーダーシップのもとに、中長期計画の重点項目を財務計画や予算編成に具体化させるとともに、年度ごとの事業計画に反映されている」傾向にあった。しかし、中長期計画の浸透状況にかかわらず「中長期計画の推進を図るための数値目標の設定と工程の具体化や計画実施のためのトップを支える補佐体制の確立は充分なされていない」傾向にあった。また「経営陣」及び「管理的立場の教職員」に中長期計画が「浸透していない」場合、中長期計画の実行状態が不充分な傾向にあった。
「点検・評価、改善(C・A)」段階においては、中長期計画の浸透状況にかかわらず、「中長期計画の到達度の点検・評価とそれに基づく改善が充分に行われていない」傾向にあった。
中期計画策定・実施上の課題
以上の調査結果を踏まえて、中期計画について、その策定と実施のための課題を挙げると、以下の点が指摘できる。
まず、策定に当たり、受審した認証評価機関による評価結果を踏まえ、学校法人や大学の目指す管理運営・教育研究活動について、IRや点検評価などに基づき経営課題を解決するための基本方針を位置づけ、それを具現化するために中期計画を策定することが必要となる。その際、考慮すべき具体策としては、計画の最終年度と各年度における定量化・定性化された到達目標の設定、年度ごとに展開される工程表の作成である。そのことにより、達成すべき課題や目標、実施方法、計画の期限、実施責任者などの明確化とそれらについて構成員に共通理解を促すこと、計画の期中における進捗管理や到達度の検証とその結果を踏まえた改善作業を実施することが可能となる。
なお、中期計画の策定に当たっては、まず建学の精神・理念を具現化するために育成する具体的人材像や教育目標を設定し、それらの具体化を図る内容として教学、人事、施設、財務等に関する事項が計画に盛り込まれる必要がある。具体的な内容例は、「日本私立大学協会憲章(私立大学版ガバナンス・コード)」に掲載されているが、独自の建学の精神・理念を有する私立学校においては中期計画の基本的要件を備えていることが重要であり、むしろ私立学校として特色ある内容を盛り込むことが求められる。これらの具体的な内容に関する計画と執行については、今回の私立学校法の改正で役員の職務及び責任に関する規定の整備がなされたことからも理事の業務分担に基づき、各々の内容事項について計画から執行(実施・評価・改善)までの全過程に対し責任を持って担当することが望まれる。その意味では、各理事の業務を支援する事務局職員のさらなる専門職性の向上が期待される。
次に、中期計画を教職員の共通理解を得て実効性あるものとして実施し、推進を図るためには、PDCAマネジメント・サイクルを確立し、確実に実施することが急務となる。前述の私学高等教育研究所の調査結果からも「点検・評価、改善(C・A)」段階においては、点検・評価とそれに基づく改善が充分に行われていない傾向にあったことが指摘されている。中期計画のマネジメント・サイクルを確実に実行し計画した成果を得るためには、その下位にある具体的な年間事業計画のマネジメント・サイクルの確実な実施も必要不可欠となる。つまり、中期計画に基づいた各部署での具体的な年間事業計画の立案に当たっては、前年度の事業計画の点検・評価を踏まえたうえで、改善方策を含め次年度の事業計画を立案することが要事となり、その際、特に重視すべきことは、前年度の事業計画の点検・評価との連続性である。とかくペーパー・ワークに陥りがちになる当該部署の年間事業計画の策定作業をマネジメント・サイクルの一環として捉え、前年度の事業計画を踏まえて、改善事項を盛り込んだ次年度の事業計画を策定することが必要となる。また、現下の変動の激しい経営環境下にあっては、また工程管理ということからも年間に限定せず、年間事業計画の各内容項目に即して、業務担当理事や事務局管理職などが中間評価、四半期評価などを適宜実施し、その達成度や評価結果に基づき必要に応じ事業計画の一部を強く推進すること、修正することなどのより実効性の高い年間事業計画のマネジメントを行うことが望まれる。
更に、事業計画を教職員の年間個人目標に繋げることも重要な課題となる。教職員は中期計画を具体化した各部署の年間事業計画を十分に理解したうえで、それに基づき設定された教職員個人の年間目標を達成することを目指して日々の業務に取り組むことによって、各部署の年間事業計画が推進されると考えられる。そのためには、教職員の年間目標の設定が重要となり、部署の年間事業計画に基づき、取り組む課題を明らかにし、優先順位をつけ、達成目標を決定することが求められる。
このような目標管理を実施するにあたり教職員の共通理解を深めるための前提として、理事長や学長は組織における協働文化の醸成に向けた努力が必要となる。協働文化を醸成するためにはビジョンを共有し、目標を達成するために専門性と責任性を保持した同僚性のある構成員としての教職員が相互に支援を行うこととなる。つまり、各部署の構成員である教職員に対してビジョンや目標の共有化と浸透を図りつつ、相互信頼をもとに共通理解を深める関係の構築が求められる。
中期計画とそれに基づく事業計画の実質化に向けては、学内全体で推進するための管理運営組織の機能化や組織の特性に対応したマネジメントの在り方も問われる。また、これらの計画の策定方法と内容・運用などは各々の学校法人や大学において多様であると言えるが、中期計画と年間事業計画を所与の経営条件に応じマネジメント・サイクルの過程に沿って確実に実施し、的確に評価・改善を行うことが肝要である。