アルカディア学報
日本における新たな教養教育の展開
高年次教養教育の挑戦
筆者がメンバーとなっている科研費の研究プロジェクトの一環として、昨年、11月25日に「高年次教養教育の試みとその成果」というシンポジウムを開催した(早稲田大学大学総合研究センター主催、研究代表者は同大学・吉田文教授)。「高年次教養教育」とは学士課程の高年次、もしくは修士・博士課程に及ぶ大学院において行われる教養教育を意味し、「高度教養教育」と呼ばれることもある。
シンポジウムではこの20年程の間にアジアや欧州諸国において、専門教育主体の大学教育に教養教育が導入されつつあるなか、日本でも新たな教養教育の動きがみられるとして、高年次教養教育を取り上げている。本研究プロジェクトの前身のプロジェクトでは、2018年に学部を対象とした教養教育の全国調査を実施した。その結果、「3~4年次で必修の教養教育科目がある」と回答した学部は24・1%(全学科・専攻等に該当は16・6%、一部の学科・専攻等に該当は7・5%)、「大学院で必修の教養教育科目がある」と回答した学部は13・9%(同9・7%、4・2%)であった。2003年に同様の調査をした折、「四年次で必修の教養教育科目がある」と回答した学部は3・8%であった。すでに大綱化以前より大学4年間にわたって教養教育を行う楔形カリキュラムの考え方は提起されていたが、実態としては浸透していない状況であった。これらの比率を比較すれば、全体としてはまだ少数派ではあるが、近年、高年次教養教育が少しずつ広がってきたことはうかがえる。そこで、シンポジウムでは高年次教養教育の先進的取組を行っている大阪大学、東京大学、岡山大学の各事例をご報告いただいた。
このうち大阪大学は最も早く、2005年より高度な教養教育への取組を開始し、学部・研究科横断型の多様な教育が展開されてきた。報告者の小林傳司氏(同大学COデザインセンター教授)は日本学術会議『提言^n21世紀の教養と教養教育』(2010年)の取りまとめに尽力された。そこで論じられている教養教育と専門教育の考え方も踏まえて、2011年より全学3年次以上の学部学生と大学院生を対象とした「知のジムナスティックス(高度教養プログラム)」を開始し、さらに2019年からはこれを「高度教養教育科目」に発展させ、大学院の修了要件単位としても設定することになった。同大学院ではこのプログラム以外にも、副専攻プログラムや高度副プログラムなどの学際融合教育を提供している。また2017年には、全学共通教育の責務を分担する「全教員担当制」をとり、全教員が授業担当・提案・支援等に関わる体制になっている点も注目される。
東京大学では2013年度の総合的教育改革において、専門を学んだ後の教養教育として「後期教養教育」が構想され、2015年度から実施されている。毎年200科目前後提供され、2019年度からは大学院でも320科目が開講されることになった。報告者の藤垣裕子氏(同大学院総合文化研究科教授)は総長補佐として本改革を先導されてこられただけでなく、当時教養学部長であった石井洋二郎氏とともにコアとなるような科目「異分野交流・他分野協力論」を創設された。報告の後半には本科目の実践例を説明された。石井氏の専門はフランス文学、藤垣氏は科学技術社会論と分野を大きく異にする2人の担当による科目は、文系でも理系でも学生が関心をもてそうな現代社会の課題を問いにした問題提起文を示し、それをグループごとに学生が議論し、その結果をクラス全体で共有するという形式で進められる。その授業の内容を収録した『大人になるためのリベラルアーツ 思考演習12題』東京大学出版会(2016年)はすでに8000部を超え、2019年にはその続編も出版された。
岡山大学では、2016年度より新たな教養教育を全学的に導入し、2018年度からは高年次教養教育科目を学士課程に本格的に導入し、同年、大学院にも教養教育を導入した。学士課程においては、複数科目開講し選択必修にする学部も含めて、基本的にはどの学部も必修としている。学部によって内容は様々だが、専門教育以外の知識や能力の涵養とともに専門教育とリンクさせている点に特徴があり、開講学部学生の履修を優先している。報告者の佐々木健二氏(同大学全学教育・学生支援機構副機構長)は高年次教養教育の効果・課題・問題点を整理され、学士課程では専門の内容と関連付けて、知識を活用しやすくなる等の一定の効果が確認される一方で、大学院では専門性が高まるため、共通的な内容を設定しづらいだけでなく、学生の理解関心を得づらい様子がうかがえた。
これらの報告から高年次教養教育の意義を総括すれば、先の『提言 21世紀の教養と教養教育』にあるように、自分の専門分野の内容を専門の異なる人に説明でき、自分の専門分野の社会的意義を理解できるとともに、その限界を知って相対化できることとなる。さらに、異分野の人と協力できることも含まれる。そのために、専門教育をある程度受けた高年次の段階で、異分野の学生と交流しながら対話型で進め、高度なコミュニケーション能力を育成する授業がモデルとされる。異分野との交流の幅は、学部主体の科目から全学的な科目、さらには文理融合的科目まで実際には様々である。しかしいずれにしても、学生各自、もしくは学生相互の専門分野が核となって構成される教養教育である。これは長年提唱されてきた教養教育と専門教育との有機的統合の一つのあり方といってもよいかもしれない。
もう一つ気づいた点は、学士課程と大学院課程での高年次教養教育の展開の違いである。3大学はいずれも、国立大学の重点支援の枠組みでいう「世界トップ大学と伍して卓越した教育研究を推進」する大学で、教育研究の一層の高度化が求められている。特に、大学院教育では専門分化が進むがゆえか、異分野交流という点では学士課程と同様であるにしても、専門分野を越えて必要とされる共通的な教育内容により重点を置いているようであった。ところが、専門性が高まるほど、内容編成からみても学生の関心からいっても、共通的・汎用的な内容を組み込むことが難しくなる。大学院で必要とされる教養教育とはどのようなものか、学士課程の教養教育とどのように異なるのか、議論を尽くす必要があろう。
最後に、どの大学でも高年次教養教育を拡充していきたいが、目的に適した授業内容となっているか、質の管理体制と担当教員の確保は頭の痛い課題であった。そもそも、日本の大学は教養教育の管理運営や担当体制について長年苦慮してきた。ことさら高年次にかぎっての問題ではないが、むしろ「専門分野を核とする」ことを取っ掛かりに教員の関心を惹きつけられないものかとも思う。