アルカディア学報
私立大学の新たな責務―私学法改正の留意点―
今回の私立学校法の改正では役員の職務及び責任の明確化等に関する規定が整備され、特に私立大学の経営者としては、役員の善管注意義務、法人・第三者への損害賠償責任、監事の牽制機能の強化、役員の報酬基準の作成などに注目することが多い。
これらは役員の責務に関する改正であるが、ここでは、私立大学を設置する学校法人の経営管理に全体的に影響する改正点のうち、特に留意すべき事項について指摘することにしたい。
1.学校法人の責務の法定
学校法人の責務についての規定が初めて法律上で明記された。これは私学法改正の検討小委員会の報告事項にはなかったことである。平成30年7月頃から浮上した私立大学の不祥事、特に一部の医科大学における役員の刑事事件やその後に引き続いた多数の私立大学での医学部入学者選抜における不適切な事案が発生し、また、同年5月に発生した特定の私立大学の運動部における反則行為を巡る大学側の対応や説明責任に対するメディアや社会からの厳しい批判等がある中で、私立大学のガバナンスや危機管理体制が問われることになり、学校法人の責務が明確に法定されることとなった。
そもそも、建学の理念に基づく自主性が尊重されるべき私立大学においては、教育研究活動だけでなく経営管理面の自律性は特に確保されなければならない。これまで補助金の交付を受ける私立大学に対しては私立学校振興助成法で3つの助成目的が規定されていた。教育条件の向上・経済的負担の軽減・経営の健全性の向上である。
今回の私学法改正では、全ての私立学校に対して、運営基盤の強化・教育の質の向上・透明性の確保という3つの責務が新たに課せられた。これに反した場合には、私立大学の個々の学長や理事長等の役員の管理責任だけでなく、学校法人としての経営責任が問われ、学校法人自体が法令違反になることを認識しなければならない。
なお、この3つの責務のうち教育の質の向上を定めたことについて、教職員組合は、教員が持つとする教学権への理事会の不当介入であるとして反対している。私立大学においては、経営側と教学側が連携して私学教育の自主性とその充実発展を図るべきであるが、今後、経営側と教学間のコンフリクトが激化するおそれもある。
2.中期計画の作成と達成度評価の導入
本改正で中期的な計画の作成が新たに義務付けられた。私立大学では学校法人を含めて中長期的な戦略を定めて経営改善や教育充実を図っていくことが確かに望ましいことである。国立大学法人では平成16年度から文部科学大臣が定める6年間の中期目標に基づき、中期計画及び年度計画を策定することが義務付けられ、平成28年度から第3期の中期目標期間に入っており、文科省に設置された国立大学法人評価委員会による評価を受けている。併せて、外部評価機関によって主として教学面に関する認証評価を7年ごとに受診している。
今回の改正私立学校法によって、私立大学はこれまでになかった中期計画の策定が法定の義務となり、その計画の進捗状況の達成度評価が新たに求められることになった。
しかもこの中期計画には認証評価の結果を踏まえることになった。このことで、大学の設置認可と設置認可後のアフターケアという文科省独自の活動と大学設置基準の法令の適合等に関する第三者評価機関による認証行為及び私立大学独自の中期的計画や事業計画に基づく経営活動の相互リンクが形成された。
加えて、これまで学校法人の理事会や評議員会においては、翌年度の事業計画の策定と前年度の事業活動報告が最も重要な審議事項であったが、新たに外部認証機関による評価結果を踏まえた対応、中期的な計画の進捗・達成状況及び経営上の成果と課題についての評価と取り組みが求められることとなった。
ところで、問題は、厳しい経営環境が続く私立大学においては、中期計画が予定通りの目的を達成することは容易ではなく、目標を達成できない事態も少なからず想定されることである。未達成となれば、当初の計画の妥当性、途中の計画修正の是非など、検証と総括が不可欠となる。中期計画を作成し遂行した責任者の遂行能力と進退が問われることになる。未達部門の整理合理化や組織の廃止に展開する可能性も出てくる。
中期計画の作成と執行管理は私立大学にとっての経営改善と発展の有力なツールであると同時に、自ら掲げた目標管理によって首を絞められ、更に、大学の経営責任を外部から追求される材料となる。
なお、この中期計画については情報公開の対象となっている閲覧や一般公開の対象資料には含まれてはいない。しかし、事業報告書ではその進捗・達成状況と経営上の成果と課題等を記載する必要があり、結果として、事業報告書を通じてインターネットで公表され、社会から注視されることとなる。
3.情報公開の大幅な拡大
今回の私学法改正を受けて、情報公開の内容と範囲が相当に拡大している。役員等名簿の作成が全法人に義務化され、寄附行為と併せて一般閲覧の対象となった。加えて文部科学大臣所轄法人においては、財務書類等(財産目録、貸借対照表、収支計算書、事業報告書、役員等名簿、監事監査報告書)及び役員報酬基準について、利害関係人に限定せずに閲覧に供することとされた。
また、文部科学省令に基づき、財産目録、貸借対照表、収支計算書、事業報告書、監事監査報告書、寄附行為及び役員報酬基準については閲覧対象と同じものをウェブサイト等でダウンロードが可能な形で公表すべきこととなった。従来は文部科学省の私学部長名で通知していた財務情報の公開等の「様式参考例」も学校法人会計基準による様式と同様なものとされた。小科目も細かく指定され、貸借対照表の注記事項も掲記されるべきこととなる。
併せて、学校法人が作成すべき事業報告書の「参考例」も改定された。これまでの記載例では若干の項目が概括的に示されていたが、変更となった記載例は、学部ごとの入学定員、入学者数、定員充足率等について一覧形式で記載し、役員や評議員の氏名や現職名も記載するべきことになった。事業の概要に関しては、中期的な計画及び事業計画の進捗、達成状況を記載することが義務付けられた。
財務の概要については、各計算書類単位で5か年の経年比較が求められるとともに、有価証券、借入金、収益事業、関連当事者等の取引のほか、経営状況の分析、経営上の成果と課題、今後の方針・対応対策の記載事項が示されるなど、これまでの事業報告書の内容を遥かに超える記載が求められている。法律改正を受けて、文部科学省の実務レベルでの通知等を通じて踏み込んだ行政指導が進められることになる。
4.寄附行為改正と私学の独自性の確保
今回の私学法改正を踏まえて、私立学校の憲法とも言える寄附行為について、その作成例(ひな形)が改正され、令和元年9月27日に各学校法人に通知され、令和2年1月下旬までに寄附行為変更の認可申請が求められた。法律改正を受けて当然必要となる改正事項も多い。 しかし留意すべきは、寄附行為の変更認可申請を通じて文科省が例示する寄附行為の作成例に方向付けられる恐れがあることである。結果として、私立大学ごとに独自に発展してきた経営システムや管理体制が画一化される方向に誘導されかねない。
私学経営研究会が令和元年に刊行した「学校法人寄附行為の調査研究報告書」に示されているように、私立学校の現行の寄附行為においては、それぞれの私立学校の設立の歴史環境を背景として、理事長等の役員や評議員の選任方法や運営方法などが多様に異なっている。独自の役職名の設置や特色ある経営管理の仕組みなども見られる。私学の基本規程である寄附行為は私立学校の経営の自主性や独自性を保障しているものであり、一般的な法令基準や公共性に反しない限り最大限に自主性が尊重されなければならない。
文部科学省は各学校法人の寄附行為の変更の協議に際して、様式例に固執するあまり、私学独自の規定の改廃を強制することがあってはならない。私学自身も自らの存在意義を再確認し、過去の歴史を踏まえて時代の変化に適切に対応できるような有効な寄附行為とすることが現下の重要課題となっている。