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アルカディア学報

No.654

公開講演会
学生支援型IRの取り組み
関西国際大学の事例の概要と総括

有本章 (兵庫大学・兵庫大学短期大学部高等教育研究センター長)

 筆者がセンター長を務める兵庫大学・兵庫大学短期大学部高等教育研究センターは、7月26日に、2019年度第1回公開講演会を開催した。藤木清氏(関西国際大学評価センター長、経営学部教授、理事)を講師に招き、テーマを「学生支援型IRの先駆的取り組み―関西国際大学の事例―」と題して行った。
 講演は、関西国際大学(KUIS、濱名篤学長)で1998年以来、約20年にわたり行われてきた「学生支援型IRの先駆的取り組み」に基づいた示唆に富む貴重な内容であり、学内外からの出席者(95人)に大きな感銘を与えた。以下はその概要と総括である。

 一、概要

 第一に、同大学におけるIRに関する経緯を辿ると、2004年に高等教育研究開発センターに評価室を設定したのを起点にして、10年後の2014年には評価室の評価センターへと改組が行われている。この間、中教審の「学士力答申」や「高大接続答申」(2008年)、「質的転換答申」(2012年)などと密接に呼応した改革が次々と活発に展開している。
 第二に、評価センターで収集した学生個人データは11件(学籍マスター、進路、異動出学状況、基礎学力診断テスト、GPA、成績データ、欠席調査、クラブデータ、BMチェック、適応調査、卒業時調査など)に及び、それらの膨大な資料が随時教育情報の公表に活用されてきていることが指摘できる。
 第三に、KUIS学修ベンチマークの利用に関しては、DP、CP、APの側面がある。「DPに掲げる修得・涵養する力・資質として、大学の教育理念(自律性、社会的貢献性、多様性理解)、汎用的能力(問題発見・解決力、コミュニケーション・スキル)、専門的能力(専門的知識・技能の活用力)がある。「DP学修成果のツール」は、評価ツールとしてKUIS学修ベンチマーク、学修行動調査、卒業論文、到達確認試験があり、これをルーブリックや質問調査などの手法と組み合わせて必要な学年時に実施している。それと同時に、KUIS学修ベンチマーク、学修行動調査などの各評価ツールに対応して「DP評価の三層構造」が大学レベル、学部学科レベル、学生個人レベルに設けられて活動している。
 第四に、「KUIS学修ベンチマーク」の評価は各項目(自律性、社会的貢献性、多様性理解、問題発見・解決力、コミュニケーション・スキル、専門的知識・技能の活力)がレベル1からレベル4の四段階で測定されている。
 第五に、「学生個人レベルの学びのPDCA」は、全体的には「卒業後の進路に沿って4年間の履修計画を立てる」との目標に基づき、「ラーニング・ルートマップ(LRM)」を推進し、「PDCAサイクルを確実に回す」ならびに「アセスメント科目の評価と実践Ⅰ・Ⅱ」を推進するという構成になっている。PDCAの構図は、アドバイザーとの個別面談授業・学修活動リフレクションベンチマークのチェック計画(LRM)の修正、という流れで展開しており、PDCAの完成度がすでにかなり高い段階に到達していると解される。
 第六に、「適応調査の利用」に関しては、2003年以来、「大学への適応、学習技術・学習習慣・経験、意識・行動、活動時間、能力など」の調査内容の実施が綿密な計画のもとに着実に行われ、その成果が上がっている様子が窺われた。「適応調査」を基に生じる「成功者」と「低空飛行」の各グループの性格から判断して、「学習意欲・技術・習慣向上の仕組み・施策」が必要であることが判明しているとの現時点の診断がなされた。
 第七に、「入学時テストの利用」では、「基礎学力診断テスト」(日本語運用能力、言語的思考力、非言語的思考力)を基にテスト結果の高い学生と低い学生のパフォーマンスを追跡することに主眼がある。入学時テスト、GPA、適応調査によるタイプ分析では、相関が得られていて、例えば、「GPAとPTSの散布図」によれば、タイプ1(ポテンシャルが高く、パフォーマンスもよい)(50.4%)、タイプ2(ポテンシャルは比較的低いが、パフォーマンスがよい)(20.8%)、タイプ3(ポテンシャルが比較的低く、パフォーマンスがいまいち)(19.0%)、タイプ4(ポテンシャルは高いが、パフォーマンスはいまいち)(9・8%)となっている。仮説と実証の関係が分かりやすい調査であるとの印象を得た。
 第八に、「学生支援型IRの事例」の中の「学修支援センターのリメディアル構想」では、「学習習慣あり・なし」と「ポテンシャル高い・低い」とを組み合わせてできる4つのタイプを診断している。例えば、タイプⅠ(学習習慣もあり、ポテンシャルも高い)は、自学自習ができるタイプ、この対極のタイプⅢ(学習習慣なく、ポテンシャル低い)は「生活習慣の記録が必要=リフレクションカレッジの活用」と診断されている。この結果、「入学時点で成績低下、休退学となる可能性の高い学生を見つけだし、サポートに当たることが可能になる」とされており、多様化した学生の診断と処方に役立つ実践的な調査研究となっている。
 第九に、学生支援型IRの意義について藤木氏から2点のまとめがあった。すなわち、一つには、「直観や経験知ではなく、データによる裏付けによって職歴が短い教職員でも、長い教職員と同質の学生支援が可能となる」ということであり、二つには、「過去の学生データから現在・未来の学生の状況予測は困難だが、シグナルになるし、シグナルを読み取ることで、少しでも早い対応・支援対策の検討が可能となる」ということであった。

二、総括

 以上のような概略に即して、重要と思われる論点を拾ってできるだけ全容に迫るように配慮しながら、筆者の得た印象を総括として述べる。
 第一に、KUISは地方所在の比較的小規模の私立大学であることを勘案すると、2018年問題が高まる今後においては、左うちわで乗り切れるほどスケールメリットに恵まれているとは言えない。ちなみに、学部は5学部(国際コミュニケーション学部、教育学部、経営学部、人間科学部、保健医療学部)、大学院は2研究科(人間行動学研究科、看護学研究科)であり、三木市と尼崎市に散在している。学生数は学部:2118人、大学院:33人、専任教員数:100人。しかし小規模ながら大学教育質保証は、学生支援型IRの先駆的取り組みによって全国の大学を牽引してきたし、その動きは同様の改革に関心の高い全国の大学から今後も注目を集め続けるに違いなかろう。
 第二に、過去20年間の先駆的な取組みによって成功を収めた結果は、講演でも十分窺い知ることができたし、最近出版された濱名篤著『学修成果への挑戦』と関西国際大学編『大学教学マネジメントの自律的構築』(いずれも東信堂)の2冊にも集大成されている。
 成功の理由は、一人ひとりの学生の主体的学修を伸ばす観点に徹して教育改革を推進し、学生の多様化に対応した適切な教育を直観や経験知に頼らず客観的データの裏付けでもって開発してきたことに負うと見做される。DPの到達水準まで個々の学生の主体的学びの成果が実現したことを的確に示すデータ的証拠が「見える化」されるまでほど遠くないにちがいない。学生の学力を伸ばすという哲学と、データに即して所期のアウトカムを検証するというIRの方法とが一体的に推進された結果には、20年来の努力の結晶が見られる。
 第三に、学長のリーダーシップが強力に発揮されてきた経緯は、講演の随所にうかがわれたので、大学の特色の一つであると容易に想像できる。とかく強力なリーダーシップが発揮されるとヘッドシップになりがちであるが、学生の主体的学びを育成すると同時に、教職員の大学及び自己研究であるIRの取組を早くから手掛けるという、いわば車の両輪が首尾よく展開してきたことを講演の中に察知できた。そこにはFD・SDをプロフェッショナル・ディベロップメント=PDの観点から追求するとの考えが徹底されつつあり、その考えのもとに、リーダーとフォロワーの自主性・主体性を生かした創造的な活動が見られる。
 実際、濱名学長主導で教育改革を先導的に推進した背景には、方法的にIRを駆使した点もさることながら、IRの先進国である米国の方法論を先取りしたこと、日本の教育改革の政策発信基地である中教審がIRの方法を政策へ導入する動きをいちはやく察知する力に長けていたこと、などにおいてリーダーとフォロワーとが一体となって組織全体的に創造性発揮がなされてきたのではないかと観察できよう。
 第四に、大学教育の質保証の今後の課題としては、DPの到達課題を「三層」で着実に実現すること、そのためにPDCAを的確に回すこと、つまり「教学マネジメント」と「PDCAサイクル」の効果的な連動性の構築が個々の大学にとって期待される度合いは高まった。しかし古い体質が足かせ手かせになってこの種の改革に踏み切れない大学が存外多い。その点、KUISの改革は、先進的な取り組みを開始しているので一日の長があるのに加えて、現在の到達点を実現した試みがこれからも成功裏に展開されるものと予測されるから、自から所期の到達点に至るものと容易に予想されるはずである。