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アルカディア学報

No.651

広報は重視されているのか
―広報の有用性と今後の方向性

研究員 岩田雅明(新島学園短期大学学長・大学経営コンサルタント)

 日本私立大学協会主催の第9回広報担当者協議会が、8月9日に開催される。私も第1回の時からアドバイザーとして関わっていて、その時々において大学広報が直面している課題や、持つべき視点をテーマとして取り上げてきた。そして、今回の協議会で設定されたテーマは、「大学改革は広報がつくる」となっている。まさに広報の重要性を表すテーマとなっているが、果たして広報は重視されているのであろうか。重視される広報となるために必要なことは何なのかについて考えてみたいと思う。

広報が悪い?

 「広報が悪い」この言葉は私自身が大学職員として広報活動に従事していた際に、また経営コンサルタントとして大学の広報活動を支援していた時に、いろいろなところで聞いた言葉である。ほとんどのケースが教員側から発せられるもので、自分たちが行っている教育自体は優れたものであるのに、広報が下手だから、その良さが受験生等に伝わらず、その結果、学生募集状況が悪化してきているという主張である。
 確かに大学が行っている教育やその他の活動というものは、なかなか外部からは窺い知ることのできないところも多く、しかも教育の成果というものは、すぐに明らかになるものではないため、分かりやすく、効果的に伝えていかないと、関係者に理解されにくいという面はあると思われる。しかし一方、広報担当部門からは、本学は伝えるべき内容が乏しいため、伝えたくても伝えられないという反論も予想される。もちろん大学の状況によって、広報の対象となりうる素材の量は異なると思われるが、きちんと探してみれば、ある程度のものはどこの大学でも見つかるはずである。
 私の今いる短期大学でも、同じような状況があった。ニュースリリースを積極的に行うように広報部門に勧めると、自分たちのところへ情報が来ないため、広報の機会を逸してしまうというのである。教員側に聞くと、自分たちは伝えるということより、実施することに注力しているので、ニュースの素材は広報部門が積極的に集めるべきであると。つまり、実施部門と広報部門との連携がないのである。
 この原因としては、情報共有が十分でないという面もあるが、組織目標の達成に向けて、各部門間が連携・協働していくという仕組みづくり、そして意識改革が十分でないことにあると思われる。すなわち、広報が悪いのではなく、皆が悪いと思う当事者意識や、協力体制が不足しているということが、その大学の良さが伝わらない最も大きな理由ではないかと思う。

広報の有用性

 学生募集の成否を分けるものは、広報の巧拙でなく、教育の優劣であるという主張もよく耳にする。もちろん中身が重要なことに異論はない。では,伝え方は関係ないのかといえば、答えは「No」である。最近、国公立大学からの広報研修の依頼が増えてきている。これまで、国公立大学というだけで優位性があったため、積極的な広報活動を行ってこなかったが、昨今の環境変化に伴い、その姿勢を転換させたいという状況での依頼がほとんどである。国公立大学の場合、これまでは所在地が異なるという差別化だけで足りていた部分が大きかったが、これからは他の要素の差別化についても明確にし、地域を超えて選ばれる大学となる必要性が生じてきているのである。
 大学業界の事例ではないが、大学同様に商品やサービスの差別化が図りにくいものに、自動車保険がある。実際に内容を比較してみても、どの会社の商品、サービスもほとんど同じといえる。中でもダイレクト自動車保険の場合、代理店と顧客との人間関係という要素がないため、選ぶきっかけは広報による場合がほとんどといえる。そのような業界の中で、かつて売上高が業界トップに位置していたアメリカンホームが、ソニー損保に首位を奪われたばかりか業界9位にまで後退し、現在は新規契約を停止しているという大きな変化が起きた。その理由は広報の巧拙によるものと考えてよいと思われる。確かに、ソニー損保のキャッチコピーである「ソニー損保が選ばれ続ける理由」というフレーズは、私の耳にも残っているように思う。
 企業でも大学でも、広報の巧拙を分けるものは差別化である。もちろん、どんな差別化でもいいということではなく、相手にとって意味のある差別化、顧客にとって価値のある差別化ということである。私の短期大学でも、それまで使っていたキャッチコピー「真理・正義・平和」というものを、「就職にも進学にも強い短大です」に変更した。新聞広告などに掲載する際に、より受験生にアピールできるという視点から変えたものであるが、どのようなことを強調したら意味のある差別化になるかということは、まさに広報の巧拙に関わることになる。もちろん証明はできないが、このキャッチコピーの変更が入学定員の回復に果たした役割は小さくないと思う。

大学改革は広報がつくる

 この言葉は、今回の広報担当者協議会のテーマであるが、このような働きを広報が果たすためには、どのような広報活動を展開する必要があるのだろうか。それは、その大学の在り方、今後の方向性を決めるために必要な情報や現場の感覚を経営陣に提供する働きと、その実現に向けてのプロセスの進捗状況、成果を効果的に関係者に伝えていくことではないかと考えている。そしてそのためには、広報部門は4つの視点を持ち、それぞれの領域で正確な認識に努めていくことが不可欠になる。
 4つの視点とは、「顧客」、「市場・社会」、「競合」そして「自学」である。大学において、この4つの領域を最も認識しやすい部門は広報部門ではないかと思う。受験生や高校の先生といった顧客と接する中で、顧客側のニーズや課題を聞き取るとともに、進学市場や社会の現状や今後の動向を感じ取っていく。そしてそのような状況認識の中で、競合の状況を正確に認識し、それを踏まえながら、自学の強みを生かした大学の在り方を考えていく。そして、これらの認識を経営陣に提供することで、大学の方向性を定めることを支援していく。このようなことが、従来の広報ではあまり意識されなかった、これからの広報の重要な機能ではないかと思う。まさに「大学改革は広報がつくる」ということを裏付ける働きではないかと思う。
 そして、広報がこのような働きをしているならば、経営と連携した価値の伝え方が可能になり、一本、筋の通った広報活動が可能になるのである。すなわち、アピールする内容は当該大学の目指すものと一致することであり、イメージづくりも同様である。キャッチコピーも、目指すべき姿を現すものとなってくる。このような、軸のぶれのない、一貫性のある広報活動が展開できることになるならば、おのずと目指すべき姿への道のりや成果を効果的に伝えることができるようになるのである。
 広報というと、ロゴやカラーの制定など、ビジュアルな面での統一性が取り上げられることが多い。それももちろんイメージの一貫性という意味で大切なことであるが、顧客や市場に明確なイメージを植え付けていくためには、何よりも伝える中身の統一が不可欠である。一貫して、そして継続して、目指すべき姿の実現に向けての大学側の熱い思い、そして着実な歩みを伝えていくことが、最も効果的な大学の広報であり、そのことが砂に書かれたものでなく、石に刻みつけられた、永続性のあるブランディングになると思う。