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アルカディア学報

No.650

重要度の増すIRの現状と課題
IRに必要なデータをどう共有し活用に繋げるか

研究協力者 堺完(大分大学アドミッションセンター講師)

すでに多くの大学関係者が目にしているであろう、2018年11月に出された中央教育審議会答申「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(以下、グランドデザイン答申)」の「Ⅲ<CODE NUM=0348>教育の質の保証と情報公表―「学び」の質保証の再構築―」においてIRに関する言及がなされている。日本の高等教育においてIRが広がった背景として政策的な誘導があったと多くの人が認めることであろうが、少なくとも今後もIRが求め続けられることが確認できる部分である。ここではIRが増えてきた日本において、改めてどういった背景で増えるに至ったのか、また増えてきた中での課題は何かについて述べさせてもらう。
 現在どのようなIRが求められているのであろうか。グランドデザイン答申を見た限りでは、教学面での改善・改革を着実に推進する教学マネジメントの確立をポイントとして挙げ、その実現のために、IRの取り組み、とりわけ学生の学修成果に関する情報や大学全体の教育成果に関する情報を把握して、教育の評価・改善サイクルを回しながら適切に行っているかが重要であると示されてある。IRの役割としては、学修行動や成果に関するデータを収集し、集計・分析によって学生の学修状況を明らかにして、学部や大学全体の教学改革を推進・支援することが求められている。この流れは、2012年のいわゆる大学教育の質転換答申以降続いており、より一層の教学IRを中心とした教育改革を推し進めることが要請されているということであろう。
 この他に政策からIRが必要とされていた部分としては、大学ガバナンス強化にあたっての対応といった側面もあろう。2014年の中央教育審議会大学分科会「大学のガバナンス改革の推進について(審議のまとめ)」では、学長を中心としたリーダシップの強化と学長を補佐する体制強化を求め、その中に学内の情報を集約し分析を行うIRが位置付けるよう求められていた。
 これを契機として、例えば国立大学では組織や業務全般の見直しの通達や国立大学改革プランの中でIR組織体制の充実や機能の強化に言及がなされ、第3期中期計画内では8割にも及ぶ国立大学がIRに言及し大学運営に組み込まれるようになっている。私立大学においては私立大学等改革総合支援事業のIR組織設置と人員配置等によるいわゆる「IR加点」によって組織体制の増加につながった。今後も政策による要請により、教学面並びに経営面を支えるIRは、組織も増え続けることが予想され、より重要な役割を担っていかなければならなくなるのではないだろうか。
 これら教学面における質転換答申やガバナンス改革といった政策は、自律的な運営を促す組織面の強化といった側面、例えばこれまでの部局間の縦割りといった大学行政慣行を変え、部局と全学執行部の連携機能を強化させる意図があったように考えられる。大学運営をどう舵を取っていくか、学長や副学長といった大学執行部を中心とした体制作りと業務の再編成を行いながら、ここ数年多くの大学は変化の中にあったといえるだろう。その変化の中にあって、エビデンス提供によって意思決定を支えるIRを全学的な組織的としてどのように位置付けるか、具体的な業務として組み込んでいくのか、これらについては大学の規模や特徴によっても様々であるし、学内の情勢や雰囲気によっては時にはセンシティブな点をはらんでいることも少なくない。多くの大学が自大学にあったIRの在り方を模索し、日々試行錯誤をしていると推察される。そういった中で、日本のIRの現状は、組織作りや人員の配置といった段階から、より具体的な学内の課題や現状把握、改善のため、また中・長期計画や年度計画にて設定した数値目標を行うために、学内外にあるデータを収集し、集計・分析して、必要とされているところにエビデンスを届けているといえる。
 組織として増えてきたIRであるが、業務を進める上での課題はどういったものがあるだろうか。一つ考えられるのが、どういったデータが必要でどこから収集するか、学内データをどう共有するかについてである。先述した通りIRは、特定の課題や指標管理などのためにデータの収集及び分析によって得られた結果(エビデンス)を提供することである。ただ、多くの大学では、企画や入試、財務、教務、学生支援、研究支援といった様々な部署では、人数情報や成績、予算決算、奨学金、科研採択数など事務業務の中で数値データなどを扱い資料等にまとめるなど、IRに類した機能はどこでも存在している。
 しかし、政策で求められているIRを行うにあたっては、単一部局が持つデータでは対応できないことが多く、必然的に部局横断でデータを収集し、複数のデータを組み合わせながら、執行部等の意思決定者にデータや分析結果の提供を行う必要がある。すでに学内に誰もが容易にアクセスできるような全学データを一元管理した統合データベースがあれば別であるが、ほとんどの大学はそれぞれの部署にデータが紐づいている場合が多く、IR業務の必要に応じて担当部署にデータ提供依頼を行い、データを収集しなければならない。どこに必要なデータがあるのかを整理した上で、どういった目的でデータを収集し、どういった分析でデータを使うのか、明示することがIR業務を行う上で不可欠となる。
 実際に筆者も日常的にIR業務に従事しているが、現在所属する部署はIR部門ではなく全学組織の入試関連部署である。所属部署が所管する入試関連のデータについては、入試に関する集計・分析業務を行うにあたっては比較的容易に入手でき、入試業務に関するデータの分析は可能である。しかしながら、IR業務の依頼内容によっては入試データだけでは不十分で対応できないケースも多い。
 例えば、ある学部から入試改革や教学改革の方向性を決めるために入学後の学習状況と入試の結果の関係性を確認するよう依頼があったとしよう。この場合、当然GPAといった教学データとセンター試験や個別学力考査試験の点数といった入試データの両方が必要となる。しかしながら手元にGPAデータを持っていないので、教務部門(学部)にデータ提供を文書等で依頼し、必要となるデータは何で、どういった項目が提供可能か、場合によってはデータ加工をお願いしながら、IR業務に必要なデータを収集している。
 現在所属する大学においては、使用目的と範囲を示し、結果を共有することで難なくデータ提供してもらえるが、他の大学においては部署間でのデータのやり取りで依然としてハードルがある場合もあるだろう。IR業務に必要なデータを学内でどう共有するか、改めて確認すべきではないだろうか。
 またここで挙げた事例はあくまで学内におけるデータの共有と活用についてであり、内容によっては他大学の情報や教育産業が公開している情報を収集して使いながら、IR業務をしなければならないこともある。グランドデザイン答申でも、大学全体の教育成果や教学に係る取組状況等の大学教育の質に関する情報を把握し、また各大学が経営状況等も含めた大学の基本的な情報について積極的に公表する重要性に言及されていることから、大学ホームページ等からデータや情報を得るのは容易になってはきている。
 しかし、保護付きPDFで公開されているケースなど、分析可能な形でのデータ入手ができなかったり、複数大学でフォーマットが異なった形で公開されていたりと、すぐに活用することができないことが依然として多い。よりスムーズにIRを行うためにも、例えば学校教育法施行規則で公表すべき教育情報については、共通したフォーマットで公開する、もしくは一覧性のある形で入手可能になることが望ましいと考える。
 IRをめぐっては上記以外にも個人情報の取り扱いやデータの管理方法、分析方法の在り方、執行部への説明方法などその他にも多くの課題があるだろう。これ以外にも私学法の改正により中期計画の策定や更なるガバナンスの強化、また給付型奨学金に係る機関要件として、学生の成績分布の把握、財務・経営情報の開示などが求められるなど、IR役割は広がる一方で重要度も高まっている。こうした中で、個別大学だけでなく大学の枠組みを超えて知見を共有し、継続的な議論を重ねていく必要もあるのではないだろうか。
 そこで私学高等教育研究所では、来る7月19日(金)の14時から、アルカディア市ヶ谷にて第70回公開研究会「私立大学におけるIR~データの共有と活用~」を開催し、日本及び米国におけるデータ/インフォメーションシェアの取り組み事例を紹介し、データの活用と共有を中心課題としたワークショップを実施する予定である。申し込み等については日本私立大学協会webサイトにアクセスして詳細を確認していただきたい。