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アルカディア学報

No.649

トランスナショナル高等教育を巡る諸相
―我が国の高等教育機関による国際展開への示唆(下)

研究協力者 我妻鉄也(千葉大学アカデミック・リンク・センター 特任助教)

実際、本ガイドラインの定義では、カリキュラム提供、外部質保証、資格授与、教育方法といった教学面についてのみ含まれたものとなっているが、「国際ブランチキャンパス」の運営を考える場合に、教学面のみならず、財政や施設といった管理運営面も考慮する必要があるだろう。管理運営面を考える上で有用な枠組みとして、「国際ブランチキャンパス」の設置形態を資本の観点から分類したVerbik and Merkley3)による分類枠組がある。この枠組では、「完全な自己資本による設置」「外部からの資本提供による設置」「施設提供による設置」といった分類をしている(表2)。さらに、「外部からの資本提供による設置」に関しては、「受入国政府支援モデル」「企業支援モデル」の二つに分類している。「国際ブランチキャンパス」の管理運営面を考慮する場合、資本の観点から分類した本分類も有用であると言えるだろう。
 最後に、「提携プログラム」についてであるが、プログラムの「送出国」と「受入国」の高等教育機関の提携により、アカデミック・プログラムが、設計、提供され、外部質保証が行われるプログラムと定義される。提供プログラムには、シングル、ジョイント、ダブル、マルチプル、ツイニングといった形態があり、資格は、1機関、2機関、あるいは複数の機関により授与される。

トランスナショナル高等教育の展開

 以上、トランスナショナル高等教育の定義や分類について見てきたが、世界各国において、「国際ブランチキャンパス」や国境を越えて提供される「アカデミック・プログラム」は、いかほど存在するのであろうか。本稿では、紙幅の関係から、C-BERTにより収集されたデータ4)を参照し、「国際ブランチキャンパス」に焦点を当てて見ていくことにしたい。世界全体では、32か国の機関が、76か国で248校の「国際ブランチキャンパス」を展開している。「国際ブランチキャンパス」の送出国上位は、アメリカ(77校を設置)、イギリス(38校)、フランス(28校)、ロシア(21校)、オーストラリア(14校)となっている。教授言語である英語の優位性という点から、英語圏の機関が上位を占めているのは当然であるが、フランスやロシアといった非英語圏の機関も上位に含まれている。一方、「国際ブランチキャンパス」の受入国についてであるが、中国(32校)、アラブ首長国連邦(31校)、マレーシア(12校)、シンガポール(11校)、カタール(11校)となっており、中東や東南アジアを中心に「国際ブランチキャンパス」が展開されている。この背景には、アジアや中東では、都市や特区における教育・訓練、知識生産、イノベーションなどに従事する機関の集積と定義される「エデュケーション・ハブ」5)を設け、税制の優遇、土地・施設の提供や貸与を通じて、国外から都市や特区に世界水準の高等教育機関や企業を誘致しているということがある。  なお、我が国に関して見ると、「送出国」のカテゴリーに掲載されている機関は1校、「受入国」のカテゴリーに掲載されている機関は4校となっており、この領域においては、未だ国際的に存在感があるとは言えないであろう。

国際ブランチキャンパスの運営

 これまで、「トランスナショナル高等教育」の定義や枠組、「国際ブランチキャンパス」の展開について論じてきたが、ここでは、実際の「国際ブランチキャンパス」の運営について、見ていくことにしたい。
 前述のとおり、「国際ブランチキャンパス」の設置については、「完全な自己資本による設置」「外部からの資本提供による設置」「施設提供による設置」といった資本の観点から、分類ができると論じたが、受入国の法令等により、設置形態が規制されることもある。例えば、中国では、「内外協力による学校運営に関する条例」により、「完全な自己資本」による「国際ブランチキャンパス」の設置はできず、国外の教育機関と中国の教育機関の協力によって、機関の運営が行われている。
 また、マレーシアでは、「国際ブランチキャンパス」の設置に際し、会社法に基づくブランチキャンパス運営のための法人を設立しなければならない。かつて、国外の高等教育機関は、マレーシアの機関と共同で出資しないと法人を設立することができず、出資比率の上限も設けられていた。しかしながら、現在では、マレーシアの機関との提携は必ずしも必要ではなく、出資比率の規制もなくなり、「完全な自己資本」による「国際ブランチキャンパス」の設置が可能となっている。
 本稿では、「外部からの資本提供」により設置されたマレーシアにおけるオーストラリア大学のブランチキャンパスの事例を取り上げて、「国際ブランチキャンパス」の運営について見ていくことにしたい。
 マレーシアにおけるオーストラリア大学のブランチキャンパスの場合、大枠では、オーストラリアの大学(本校)側が教学に関する事項を提供し、それ以外のインフラの提供や管理運営に関する事項は先述のブランチキャンパス運営のための法人が担っている。この法人の形態については、オーストラリアの大学(本校)側の進出や州政府による誘致といった設置経緯が影響を与えており、マレーシアの企業と提携している「国際ブランチキャンパス」もあれば、州政府と提携している「国際ブランチキャンパス」もある。また、マレーシアの提携機関が運営会社に対してかなりの部分を出資しており、運営会社の運営に関しては影響力があると考えられる6)。

おわりに

 最後に、トランスナショナル高等教育のリスクと機会について、触れておきたい7)。「国際ブランチキャンパス」設立には、「財政面のリスク」「法的リスク」「レピュテーションに関わるリスク」などを伴うことがある。このようなリスクを防ぎ、国際ブランチキャンパスの設置を成功させるためには、設立初期における本校での学術面及び管理運営面でのリーダーシップが重要であるという。そして、適切な予算編成を行い、進出先(受入国)の関係法令、政府関係者の期待する事項、現地の文化等を十分に理解することがカギとなる。
 加えて、文化的価値や潜在的な文化の相違に取り組むことが現地での教職員の雇用を確実にし、職場への定着につながるという。
 一方、国際ブランチキャンパス設立に伴う機会については、「受入国や地域でのプロフィールの向上」「学生数の増加」「学生の地域的な広がり」「学生の留学や教員の国外での教育研究の機会の増加」といったことが挙げられている。
 本稿の冒頭において、我が国の高等教育機関の国際展開が進んでいないと論じたが、昨秋には、高等教育機関の国際展開の進展に関するニュースが入ってきた。マレーシア教育大臣から、日本の三つの高等教育機関がマレーシアにブランチキャンパスを設立する予定であると発表されたのである。これらの機関が、国際高等教育市場において存在感を示すことを期待してやまない。

(おわり)

3) Verbik, Line and Merkley, Cari, 2006, The International Branch Campus-Model and Trends, London: The Observatory on Borderless Higher Education.
4) Cross-Border Education Research Team (2017, January 20). C-BERT Branch Campus Listing. [Data originally collected by Kevin Kinser and Jason E. Lane]. Available:http://cbert.org/branchcampuses.php. Albany, NY:Author.
5) Knight, Jane, 2011,Education hubs:A fad, a brand, an innovation,Journal of Studies in International Education, 15(3), 221-240.
6) 我妻鉄也,2014,「マレーシアにおけるトランスナショナル高等教育の展開―オーストラリア大学分校の事例を中心として―」杉本均編著『トランスナショナル高等教育の国際比較―留学概念の転換―』東信堂,225-240.
7) 主としてMcBurnie and Pollock(2008)、Harding and Lammey(2011)に基づいている。

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