アルカディア学報
借入金と私学経営(上)
借入金の経緯と純資産
はじめに
借入金は、民間企業や公共団体に限らず私立大学おいても大きな役割を担っている。施設設備の財源や運転資金として借入金を有効に活用することは大学組織を発展充実させるための財政上の重要課題である。現在の私立大学の拡張と充実は、過去を振り返ると、借入金によって生み出された結果と言える。私立大学の一部においては財政上の多少の余裕が生じて借入金に依存しないことも可能になっているが、余裕が有っても、又は、無くても、借入金を上手に活用することは私学経営にとって重要な経営戦略であり、経営者の経営手腕が試されることになる。
経営上で極めて重要な借入金であるが、その推移と機能についての客観的な研究は十分ではなかった。このため、本稿では私立大学の全体的な動向や個別大学の実状を踏まえて、借入金に関する課題と活用の意義について可能な限り整理することにしたい。
一.借入金の有無
日本の私立大学の現在の借入金総額は、日本私立学校振興・共済事業団『今日の私学財政』では2017年度末の551法人の集計値は1兆76億円で、1法人当たり平均残高は18億円余になる。この平均値には借入金が無い法人も含まれており、個別法人の金額の大小は不明である。そこで、私立大学の各法人の決算値を公表している「東洋経済新報社」の2016年度の財政データによって私立大学法人の借入金の全体状況と個別の保有状況を分析した。
2016年度末時点の大学院大学を含む552法人の内訳は、図1のとおり、借入金の無い法人が263法人で全体の48%、借入金の有る法人が289法人で52%となっており、後者が僅かに上回っている。借入金額の平均は29億円余であり、多くの大学法人が相当な額の借入金を導入していることが分かる。
二.収入に対する借入金の割合
大学法人ごとには規模の差が大きい。個別法人の借入金額の軽重を認識するために、借入金残高の事業活動収入に対する割合を算出した。借入れを有する法人のみの平均値は0.18年分、つまり1年分の収入の18%となる。個別法人の分布を取ると図2のとおりである。0.2年未満が135法人、0.2年から0.5年が109法人、0.5年以上が45法人となっている。ちなみに、0.5年の借入金残高とは、元本分として収入の5%を10年間返済しなければならない程度の負担であり、決して軽い訳ではない。
借入れ状況を年度単位で見ると、2016年度に借入れを行ったのは153法人で全体の3割弱だった。借入額の平均は13億円程度である。借入れの実施は毎年度の出来事ではない。一時的に借入額が多額となる場合も多い。2016年度の事業活動収入の10%未満の借入れを行っているのが85法人、30%までが40法人で、30%以上が18法人となっている。収入規模に比してかなりの割合の借入金を導入した法人も含まれている。
三.借入金の内訳
借入金は長期借入金、短期借入金及び学校債に大別される。長期と短期の区分はワンイヤー・ルールによって償還期限が1年を超えるものが長期となる。
東洋経済新報社のデータによると、2016年度末時点の残高で、長期借入金が283法人で7399億円、短期借入金が272法人で1120億円、学校債が30法人で260億円であった。
なお、私学事業団の集計値から、第1次の学生急増期の後、第2次急増期及び最新時点を取り出すと図3になり、短期借入金の割合が長期的に下降して、学校債が大きく減少したことが分かる。長期借入金は65%ほどから80%以上の比重となっている。そのうち私学事業団が37%程度の割合を占めており、私立学校における長期・低利の安定的な借入機関として重要な役割を果たしている。
四.総負債比率の推移と分布
借入金の分析において多く取り上げられるのが総負債比率である。資産総額に対する負債総額の割合であり、純資産(自己資金)比率の裏返しの財務比率である。ただし、私立学校の負債総額には退職給与引当金や前受金がかなり含まれているため、これらを除いた借入金や未払金などの他人に返済を迫られる外部負債に注目することも必要である。
私学事業団によると、2017年度末の551法人の負債総額は3兆8903億円である。その内訳と割合を示すと、先に述べたとおり、借入金が1兆76億円で26%、退職給与引当金が1兆3000億円で33%、前受金が7843億円で20%、未払金等の負債が7984億円で20%を占めている。負債の金額と比率について過去40年以上の推移は図4のとおりとなる。負債総額は年々増加しているが、総負債比率は1975年頃の42%以上から長期的に大きく下降して、現在は14%程度で横ばいである。外部負債の比率も27%から6%台に下降しており、自己資金の充実が進んでいる。
これらの負債関係の比率の平均値は、借入金の無い法人も含んでいる。そこで、東洋経済新報社の調査から、2016年度の総負債比率の分布状況を示すと図5になる。集計値552法人のうち、10%未満が221法人で全体の4割程度、10%台が211法人で4割弱、20%以上が120法人で2割強の構成となっている。負債の比重が高い法人も少なくない。
参考までに、私学事業団による過去の分布状況を取り上げると図6のとおりであった。大学法人の総負債比率平均が42.1%と特に高水準であった1974年度の総負債比率の分布状況は、当時の大学法人数295法人のうち、総負債比率が30%台及び40%台の負債率の法人数は3割を越える97法人であり、負債率が50%以上、つまり他人資金が自己資金を上回る債務超過の法人数は119法人もあり、4割以上を占めた。
この頃は第1次の学生急増期を10年ほど過ぎた時期に当たっており、大学の拡張に向けた設備投資を実施したために、また、インフレやオイルショックによる人件費の急騰を克服するために、大学法人の殆どは長期又は短期の借入れを実行していた。厳しい時期であったが、これだけの借入金の導入によって大学の規模を拡大し、財政を改善し、発展することができた。
五.借入金の使途
他人資金である借入金を導入する理由としては、資金需要が生じた際に自己資金が不足する場合又は自己資金を費消したくない場合である。高額な設備投資の財源として長期借入金を調達するケースが多く、運転資金として期中に短期借入金を導入することもある。
次の図7は大学法人の施設設備費支出と長期借入金の総額とその割合の推移である。1984年頃は第2次学生急増期に向けた臨時的な定員増のための施設設備費が増大して借入金の割合は3割近くに達していた。急増期のピークだった1992年頃には投資額は増加したが借入金の割合は低下した。2009年にはリーマンショック後の借入金の一時的な増加があったが、最近では20%を下回った水準となっている。
このことは、施設設備の取得に際して自己資金を活用する法人が増えており、借入金を導入しない法人も多いことを示している。一方で、設備投資の2割近い長期借入金の導入が続いていることは、借入金の役割が依然として重要であることも示している。
関連して、短期借入金の金額の推移と借入金全体に占める割合を取り上げると次の図8のとおりである。
1986年にはその比重が50%を切り、現在は30%程度に下降している。長期・短期の借入金の割合は7対3程度で、年度末を越えた短期借入金の利用は少なくなっていると見られる。
六.借入金と自己資金
借入金の増減に影響する要因として自己資金の保有の多寡がある。自己資金に一定の余裕があれば他人資金を借りないで済む。両者はトレードオフの関係にあるとも考えられる。そこで、学校法人の保有する運用可能資産を自己資金とみなし、借入金を主とする外部負債の残高を他人資金として、それぞれの総額と事業活動収入に対する比率の推移を取り上げ、自己資金と他人資金が収入の何年分に相当するかを次の図9に示した。
これによると、1975年以前は他人資金が自己資金を上回る状態であった。自己資金が増大するにつれて他人資金の増加が抑えられている。自己資金の割合は2001年頃までは上昇して1.5年台となり、この上昇が他人資金を0.2年程度にまで押し下げることになった。
しかし、その後は大学法人の収支差額の悪化などに伴って自己資金は伸び悩んでおり、他人資金も横ばいとなっている。結果として、自己資金から他人資金を差し引いた差分は約1.2年になる。この十数年間はその前後を推移しており、外部負債も運用可能資産も増えない状態となっている。これは、収支の悪化によって大学法人の自己資金の形成力が低下していることを物語っている。
(つづく)