アルカディア学報
アジアの私大と日本
第9回公開研究会の議論から(下)
韓国の大学評価は、文教政策を行う側から見れば、財政補助を通じて大学改革を促進するという性格を大いに帯びている。1990年代に導入された「公私立大学施設設備拡充事業費」や「国公私立大学自救努力支援費」などは一定の評価基準に従って差別的に運用されるようになっており、また、90年代半ばには、第三者の評価を通じて支援対象を選定、または支援額についても差別的に運用するような「工科大学重点支援」「国際専門人力養成のための専門大学院支援」「地方大学特性化」「BK21」などの事業が相次いで導入され、施行されている。政府によるこれらの財政支援政策は①国家財源の効率的配分と、②財政執行の公正性の確保という名目のもとに行われているが、実際には「大学経営支援に競争原理を導入する政策の具体的な実行を試みる」(李 大淳氏)という目的も同時に企図されていると考えられる。
また研究会では、このような評価による高等教育支援の状況を見る上で考慮しなければならない点として、多くの支援事業が、国立、公立、私立大学を同じスキームで評価の俎上に載せたため、それまでに政府の財政支援を主に受けてきていた国立大学が第一に恩恵を受け、また私立大学としても延世大学、高麗大学、漢陽大学などのソウルの伝統私立大学に財政支援が集中するという構造的特徴を呈していることが指摘された。
さて、21世紀にはいって、韓国の高等教育政策のなかでも核心となる位置を占めると指摘されている(李 大淳氏)事業に、前記の「BK21」と前号でも触れた「国立大学発展計画」がある。
これらのうち「国立大学発展計画」は、「国立大学の体制の効率性への関心を喚起し、これを増進させることを通じて21世紀の知識基盤型社会における国家の競争力を強化する」ことを目的としており、前号にも記したように当初国立大学構造調整と称していた。この「構造調整」はIMF危機以来の韓国社会のキーワードであり、国立大学もまた効率性の追求というテーゼのもとにその役割と機能を改めて問われることになったのである。この計画は2000年12月に樹立され、国立大学の「役割分担と連携体制の構築」「運営システムの改善」「質的管理体制の確立」という3本の柱ごとに種々の改革が議論され、またその一部は推進されている。
具体的には、「役割分担と連携体制の構築」として、国立大学を研究中心大学、教育中心大学に特化するほか、各大学が発展計画を自律的に樹立することとされている。「運営システムの改善」としては、大学の意志決定機構の改編や財政の自立性・透明性の強化をはかることが議論され、その一環として国立大学特別会計制の導入が推進されている。また「質的管理体制の確立」としては、教育と研究における競争力の強化を目指して、教員の任期制や業績評価制、年俸制の導入が議論されており、同時に財政支援のための国立大学評価体制の整備が進められている。
このうち主要な課題は継続的に推進し、各大学が自律的に樹立した発展計画を評価し、政府が支援を行うこととされており、すでに2000年に128億ウォン、2001年には250億ウォンの支援がなされている。また、これらの議論の中には、教員の任期制や業績評価制、年俸制の導入、あるいは総長公募制など、教員や学生団体、大学職員組合からの反対にあっているものもあり、今後の展開が注目される。
今後の韓国の大学評価のもう一つの主軸になると思われるのがBK21事業である。これは、世界水準の大学院を育成することを目的としている。対象分野を限定して外国の世界水準の大学をベンチマークし、評価によって資源を投入するシステムを導入することによって、大学院の教育・研究のレベルを世界トップ10の水準にまで向上させるというものである。
当初、このBK21の研究支援については、国立ソウル大学のみを対象として実施される計画があったが、実際には複数の大学の中に設定されたプロジェクトを対象として、科学技術(情報技術、生物、医(歯・薬)、生命、農生、機械、素材、化学工学、物理、科学等)と人文(語学・文学、社会・哲学、法・政治・行政学、経済・経営、社会心理・教育、人文社会分野)の各分野にまたがり、1999年から支援が開始されている。プロジェクトは採用後も毎年国内の研究者、外国のベンチマーキング対象大学に所属する研究者などによってABCの3段階で評価され、C評定を得たプロジェクトには支援金額を減額するというシステムになっている。
またBK21には、専門大学院を育成するという側面もある。すなわち、高度専門職業人の養成に特化した大学院の再編及び導入を奨励し、知識基盤型社会に必要とされる多様な人材の需要に応えようとするもので、この計画の中には、我が国の文部科学省に相当する教育人的資源部(2001年1月に教育部より改称)以外の政府の部署が推進している専門大学院体制(たとえば監査院の監査院大学院など)を、教育法制度内に組み入れることも挙げられている。
さらに、同時に新進研究者の養成も企図されており、大学院生、若手研究者に対する支援及び研究条件の向上なども企図されている。そのほか、評価に加えて「教育改革の並行推進」を企図し、かつ産・学・研の協同体制を確立しようとするなど、このBK21事業はいわばマルチ・オブジェクティブなものになっている。
さて、韓国におけるこのような大学評価は、韓国の大学にどのような変化をもたらしているのであろうか。研究会においては、李 大淳、馬越 徹両氏から、韓国では大学評価のモデルを作ったのも、大学評価を利用して向上したのも、私立大学であり国立大学は評価に対して必ずしも積極的ではないという指摘がなされた。国立大学発展計画などにおける評価を通じて、政府の国立大学への影響力は向上しているものの、評価を改革の方法として積極的に使おうとする姿勢は私立大学においてより強いということが明らかにされた。
もっとも、BK21事業においては採用されたプロジェクトは国立大学の方に比重が大きく(全支援額の46%がソウル大学に集中)、国立優位の序列化が深刻化するという懸念も表明されているが、同時に各種の評価の上位を占める大学だけを個別に見れば、そのほとんどが私立大学である。延世、高麗といった伝統的私立大学に加え、浦項工科大学のような地方の私立大学も、その質の高さが評価によって自明になっている。多くの場合、評価結果は財政支援とリンクしているが、それは私立大学の経常費に組み入れることのできないアド・ホックな財政支援であり、また金額も大学の経費全体に比しては大きくない。たしかに、BK21には年間2千億ウォンという巨額の公費が投入されているが、前述のようにその半分近くがソウル大学に流入している。したがって、ソウルの伝統私立大学あるいは巨大財閥の創立による有力私立大学にとって、財政上のメリットよりも、評価によって選定されたという名誉のほうが大きいのではないかという指摘がなされた。学納金に歳入の大半を依存している私立大学にとっては、このような機会に高い評価を得ることは、学生をアトラクトする上でも重要な要素であると考えられる。
韓国が高等教育に評価を持ち込んだ背景にあった問題は、我が国の高等教育が直面している種々の問題と双子のように酷似している(司会・喜多村和之主幹)。我が国の高等教育における評価はどのようにあるべきか、そして大学はその評価をどのように利用し、大学にとって有利な結果を導くことができるか、ことに当たって先んじた韓国の事例は、特に注目するべきものであるということが、この研究会では再確認された。