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アルカディア学報

No.638

民法(債権関係)の改正と大学運営
近づく施行時期に向けて早急な対策が必要

研究員 大河原遼平(TMI総合法律事務所弁護士)

1 民法(債権関係)の改正

 2017(平成29)年5月26日、民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)が成立した。今回の改正は契約を中心とした債権関係の制度を変更する極めて重要なものであり、私立大学・短期大学(以下、法主体として「学校法人」と表記すべき箇所も含め、便宜上「大学」と表記する。)の実務にも大きな影響を与えることが予想される。しかも、今回の改正の施行日はごく一部の規定を除いて2020年4月1日であり、施行まであと1年半を切っている状況である。
 しかしながら、私の知る限りでは、改正民法施行に向けた対応を進めている大学はまだまだ少ないようである。そこで、本稿では、今回の民法改正によって、大学の運営実務がどのように変わるか、どのように対策を採ればよいかについて、大学の関係者ごとに、ポイントを簡潔に説明する。

2 学生・保護者等との関係

(1)学納金・貸与奨学金等の滞納管理
 債権者が権利を行使しないまま一定期間経過すると当該権利が消滅するという制度を「消滅時効」という。改正前はその一定期間(消滅時効期間)が債権の内容によってまちまちだったが、今回の改正で原則5年に統一された。これにより、大学が有する債権も、消滅時効期間が変わることになる。
 例えば、学生が大学に入学する際、大学と学生の間には、法律上、在学契約という契約が締結されると整理される。この在学契約に基づいて、大学は学生に対して学納金債権を有することになるが、消滅時効という民法上の制度により、改正前は原則として支払期限から2年経過すると当該債権が消滅し、その後は大学から学生に対して支払を請求することができなかった。この期間が今回の改正により原則5年に伸長されたため、今後は支払期限から原則5年は学生に滞納学納金の支払を請求できることになる。もっとも、その分、法律上は滞納債権の管理が長期にわたることになる(大学病院を設置している場合などに発生する診療報酬債権も、原則3年から原則5年に伸長された)。
 また、大学が学生に貸与する奨学金については、大学と学生との間に消費貸借契約が締結されていると整理されるが、この消滅時効期間は、改正前は原則として支払期限から10年であったところ、今回の改正により原則5年に短縮されることとなった。

(2)保証人への対応
 債務者が債務を支払わない場合に代わりに支払うことについて、債権者と約束することを、「保証」といい、それを約束した者を「保証人」という。保証人が過度の負担を負うことを防ぐため、今回の改正で、包括根保証の禁止の拡大や保証人に対する情報提供義務の新設など、保証人保護の充実が図られた。
 大学においても、学生が入学する際に、親権者等に、学納金の支払をはじめとする学生の在学中の債務一切を保証させるような保証書を差し入れさせ、保証人とするケースが多く見受けられる。このように将来の不特定の債務を保証させることを「根保証」というが、従前貸金関係の債務を含む場合にのみ債務の上限額(極度額)を定めなければ根保証が無効となるとされていたところ(包括根保証の禁止)、今回の改正で、そのような債務を含まない場合でも上限額を定めなければならなくなった。そのため、今後は、大学が保証人に保証書を差し入れさせる場合にも、対象となる債務の上限額を保証書で定めておく必要が出てくることになるものと解される。
 また、今回の改正で保証人の情報提供義務が新設されたため、学生の学納金の支払状況等について保証人から請求があった場合には、大学がその情報を保証人に提供しなければならなくなった。今後は、情報提供依頼を受け付ける窓口を決め、保証人向けに周知を図るとともに、申請書や提供する書面のフォーマットを予め作成しておくことが望ましい。

(3)学則等の学内諸規程の内容
 大量の同種取引を行う場合に定型的な内容の取引条項を用意しておき、相手方が個別の条項を十分に認識していない場合でも画一的に契約内容としたり、相手方の個別の承諾なく契約内容を変更するといった場合の取引条項を「約款」という。保険約款やインターネットサイトの利用規約などが典型例である。約款は現代の大量取引を迅速に行うためには必要な存在であるが、改正前民法には明文の定めがなかった。そこで、今回の改正で、「定型約款」という制度が新設され、それに該当する場合には、一定の要件を満たせば、法律上明文のルールとして、その個別の条項を相手方が認識していない場合でも契約内容となり、また、その内容を一方的に変更できることとなった。
 大学においても、学生との関係で、学則をはじめとする学内諸規程が定型約款に該当する可能性がある。定型約款の定義の解釈についてまだ十分な議論が蓄積されておらず、まだ不透明ではあるものの、現時点では定型約款に該当することを前提とした規程管理体制の構築を進めることが有益であると考える。学内諸規程が定型約款に該当することを前提とした場合、改正民法上は当該学内諸規程を在学契約の内容とする旨を学生と合意しておく必要がある。入学時に入学者に差し入れさせる誓約書などに記載することが考えられ、その定め方を検討することになろう。
 また、定型約款の内容を相手方に不利に変更する場合には合理性が必要となるので、学内諸規程を変更する場合には相応の合理性を示すだけの根拠資料を準備しておく必要がある。加えて、合理性を判断するための重要な要素として、民法548条の4により定型約款を変更することがある旨の定めの有無が規定されているので、特に重要な規程においてはその定めを設けておくことが望ましいであろう。

3 教職員との関係

 大学と教職員の間には、基本的には雇用契約(労働契約)が締結されていると整理される。雇用に関するルールは民法に規定があるが、若干の細かい変更はあるものの、それほど大きな改正点はない。ただし、前述の消滅時効期間が一律原則5年となったこととの関係で、労働基準法の賃金等請求権の消滅時効期間が現行の2年のままなのか、5年に伸長されるのかは注視しておく必要がある。

4 取引先業者等との関係

 大学も様々な業者・個人と取引を行うことがある。その取引の条件を示したものが契約であるが、民法に定められた各種契約のルールについても、今回の改正で重要な変更が加えられている。改正民法の施行後は、その内容を踏まえた条件で契約を締結する必要がある。特に自前で各種契約書のひな形を作成している場合には、施行前から改正民法を踏まえたひな形の改訂を行っておくべきである。
 民法には13種類の契約類型が定められており、その中でも、大学の取引との関係では、売買、賃貸借、消費貸借、委任、請負などが重要である。そのうち今回最も重要な改正点は、売買において瑕疵担保責任が契約不適合責任に変わったことである。例えば購入した中古パソコンに不具合があったときのように、売買の目的物に欠陥があった際に、売主が買主に対して負う責任を「瑕疵担保責任」という。今回の改正で、この責任が、契約内容に適合していない目的物を提供したことを根拠とする責任(「契約不適合責任」)に変わった。これに伴い、その名称はもちろんであるが、責任追及の要件や効果が変わることになるため、改めて契約内容を見直し、必要に応じて契約書ひな形の内容を変更する必要がある。
 他にも、例えば、賃貸借については、敷金や原状回復義務の明文化、存続期間の上限伸長をはじめとした改正点があり、消費貸借や委任、請負についても各々改正点が存在する。それぞれの改正内容を踏まえて契約書の内容を検討する必要がある。

5 おわりに

 改正に対応するためには、当然ながら施行までにしかるべき準備を整えておくことが必須であり、まずは外部研修への出席、専門家を招聘しての学内勉強会の開催などにより改正内容を理解した上で、学内で改正対応が必要となる対象を洗い出さなければならない。その後、対応方策を検討・実行した上で、学内で周知していくという流れになろう。
 今回の改正民法が施行されるまでにはもうあと1年あまりしか残されていない。もしまだ全く準備をしていない場合には、対策が急務となる。専門家にも相談の上で、準備を急がなければならない。