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アルカディア学報

No.637

韓国の大学構造調整と奨学金の行方

尹 敬勲(流通経済大学准教授)

韓国では、奨学金にまつわる美談が多い。その中でも、最近、食堂の日雇い労働者として長年働いていた80代のおばあちゃんが身を削って貯めたお金を、地域の大学に奨学金として寄付したことは、寒さで人々の心さえ冷えるこの時期、人々の心を温めるニュースとして報道されている。しかし、このような奨学金をめぐる美談が近年人々の心により響くのは、今の大学の奨学金をめぐる状況とかけ離れているからかもしれない。何故ならば、現在、大学構造調整が進む中、奨学金が大学の退出を促す重要なツールとして作用し、大学が寒い冬の時代を迎える契機を作っているからである。下記で、より具体的に、奨学金をツールとした韓国の大学構造調整の動きを把握してみよう。
 文在寅(ムン・ジェイン)政府が発足して以来、朴槿恵政府時代から推進されて来た大学構造調整政策は、大学の「基本能力診断」という名称に変更され継続的に実施されている。そして、最近、大学の基本能力診断という大学評価の結果が発表されると、各大学は評価結果を受け、悲喜が分かれている。まず、「自律改善大学」と言う評価を得た各大学は財政的支援や定員削減の呪縛から逃れることができ、ほっとしている。一方、「力量強化大学」や「財政支援制限大学」という評価を受けた大学は、定員削減と財政支援の制限という厳しい状況に置かれ、今後大学経営において暗雲が立ち込めている。その中で、特に、財政支援制限大学として評価を受けた大学は今後大学が退出される可能性が高まり、大学の存続を危うくさせる今回の評価に反発の声を上げている。
 それでは、なぜ財政支援制限大学として評価された大学は反発の声を高めているのだろうか。その理由は、財政支援制限大学として評価された大学は、国の奨学金と学生ローンを申請する資格がないからである。そうすると当然、受験生が財政支援制限大学と言うレッテルが貼られた大学を避けようとする。また、教育部は、受験生に対して財政支援制限大学として評価された大学を志願する過ちを犯さないように注意を喚起させている。この結果、財政支援制限大学はますます厳しい状況に置かれている。
 では、ここで 財政支援制限大学についてさらに詳しく見てみよう。財政支援制限大学はⅠ型とⅡ型という二つの形態に区分されている。まず、Ⅰ型に分類された大学には金泉大学、尚志大学、加耶大学、金剛大学などの4年制大学4校と専門大学5校などが指定されているが、これらの大学に2019年度から入学する新入生と編入生は、国の奨学金を受けることができず、学生ローンも50%しか組むことができない。また、ここで制限を受ける奨学金の種類を見てみると、国の奨学金にはⅠ種とⅡ種がある。国の奨学金Ⅰ種は学生に直接対応する形態をとっており、所得水準に連携して経済的に困難な学生が得られるようになっている。
 一方、国家奨学金Ⅱ種は大学連携支援の形態をとっており、大学の授業料負担の軽減を目的としているため、大学が学生の家計の所得に関係なく、大学が財政支援を得て支給する奨学金である。特に、国家奨学金Ⅱ種は、より多くの学生が支援を得ることができるとともに、実際授業料負担が軽減されるメリットがあるため、大学生にとっては切実な要素である。しかし、今回、財政支援制限大学Ⅰ型の評価を受けた大学は、この国家奨学金Ⅱ種が申請できないため、定員確保が難しくなり、大学運営に打撃を受けることが予想される。
 財政支援制限大学Ⅰ型より厳しい状況に置かれたのは、最下位等級に該当する財政支援制限大学Ⅱ型に分類された新京大学、慶州大学などの4年制6校と専門大学5校など11校である。これらの大学は、国の奨学金Ⅰ・Ⅱ種および学生ローンまで全ての申請資格を失っている。その結果、学生を募集することができなくなる制約を受け、実質、大学自らが学校を閉鎖するしかない状況に置かれるようになっている。
 もちろん、教育部はこれらの大学がコンサルティングなどを受けながら自助努力によって再生することも可能だと言っているが、奨学金や教育ローンが制限される中、これらの大学に志願する人はほとんどいないと予想される。
 しかし、国の奨学金と学生ローンを制限された大学が教育部の評価結果を素直に受け入れるはずがない。一部の大学は訴訟を起こして抵抗し始めた。具体的にみてみよう。財政支援制限大学Ⅱ型に分類された新京大学の学生たちは、評価結果に反発し、韓国奨学財団を相手に訴訟を起こした。新京大学の学生たちが提起した訴訟の骨子は、大学の存亡を左右する不条理な評価結果を根拠に、学生に国家奨学金を受ける資格自体を剥奪することは不当だということであった。つまり、同大学の学生たちは教育基本法28条に注目した。同条よれば「国家と地方自治団体は、経済的事情で教育を受けることが困難な人のための奨学金と学費補助制度などを策定・実施しなければならない」と明示されている。これを根拠に、訴訟を起こした新京大学の学生たちは、在籍している大学が政府から低い評価を得たという理由で、学生たちを国の奨学金を受けられる対象から除外し、さらに学生ローンまで申請できなくするなど、学生の学習権を剥奪させることは不当であり、行政権の乱用であると、ソウル行政裁判所に韓国奨学財団を教育基本法に違反したとして訴訟を起こした。この主張に対して、韓国奨学財団と教育部は、新京大学は奨学金制限措置を受ける大学であると告知したにもかかわらず、新京大学に入学した学生たちはその事実を認識していたため、彼らにも責任があると述べながら、奨学金申請資格の剥奪の方針を固守した。
 大学と政府の葛藤が続いている中、大学に入学する学齢人口が減るという実態を踏まえると、大学が高等教育市場から退出するのは避けられない。ただし、残念なことは、教育部と大学の不毛な争いの中、奨学金という学びに欠かせない要素が、学びを奨励する手段ではなく、政治的争いの道具として転落していることである。
 このような状況を打開するためには、結局、近年、アメリカで急激に拡大している教育ローンビジネス企業であるSoFiが提供している仕組みを活用するか、または、学生の被害を少なくするために大学の構造調整に拍車をかけるしかない。ただし、どの選択も学生にとっては苦渋の選択になることは間違いない。