アルカディア学報
「学習パラダイム」は試験を超越したところにある
はじめに
大学において何が問題なのか。大学は何をやるところなのか。学生に学ばせて学位を授与するだけで良いのか。何が大学で重要なのかを考える必要がある。学位と認知発達に関するデータによれば、認知技能が経済成長と密接なつながりがあることが、最近のOECD調査でわかった。学校へ通った就学年数と経済成長との間に、統計上は何ら意義ある差異がないことがわかった。すなわち、経済発展にとって学位取得や就学年数は関係がないということである。それでは何が問題になるのか、それは学びと認知発達ということになる。何が問題でそうでないかの違いを明確に区別する必要がある。
組織理論についてであるが、大学も組織であり、他の組織と同じように組織の理論にもとづいて行動する。二つの「組織理論」がある。一つが「信奉理論 (Espoused Theories)」と呼ばれるが、この英語表記は少々滑稽である。どのような教員になりたいかと尋ねれば、多くの教員は学習者中心のアクティブラーニングを取り入れたいと回答しているにもかかわらず、収録映像を見ると62%が教員の講義で占められており、学生のアクティブラーニングを阻害して、5%以下の時間しか与えていないことがわかった。それでもアクティブラーニングをしていると言えるのか。これに対する教員の回答は、そのような実態とは知らずに従ったとする信奉理論であった。もう一つの理論は、「使用理論」 と呼ばれるもので、行動から推論できる理論のことである。組織パラダイムは、最大の使用理論にもとづくもので、組織がどのように運営されているかを規定するものである。
教育パラダイムと学習パラダイム
大学を統治するパラダイムは二つある。一つが「教育パラダイム」と呼ばれるもので、ほとんどの大学がこれである。そこでは、どのようなコースを履修し、何単位が授与され、成績がどうであったかが問われ、その結果、学位が授与される。先に紹介したように、学位の取得や就学年数は経済成長に関係がない。どれだけ多くの単位を取得して卒業したとしても、大学を出てから仕事に役に立たなければ意味がない。知識・能力・技能が重要なのである。これが二つ目の「学習パラダイム」である。これは、学生が教育体験を通して何を学んだか、何ができるようになったかである。これまでの「学び」は、つなぎ合わせた断片的な情報を測定した。しかし、それは最も重要なことではない。どれだけ学んだかよりも、何を学んだかがはるかに重要である。さらに、どのように応用できるかがより重要なのである。
浅い学びと深い学び
二つの異なる学習アプローチがある。一つ目が「表面的アプローチ(浅い学び)」と呼ばれるもので、暗記する学習で、表面的な文字(サイン)やエッセイの語彙などに依拠する。すなわち、記憶力に依存するものである。二つ目が「深いアプローチ(深い学び)」と呼ばれるもので、表面的な文字(サイン)ではなく、根底にある意味につながりを持たせたものである。これは学習者の考え方につながるアプローチともいえる。すなわち、意味がどのようにつながっているか全体的に考えるものである。ここでのつながりとは、これまで学びの知識をつなげることを意味する。意義ある学びとは、学んだ概念や経験をつなげるという考えが重要である。したがって、深いアプローチが著書の意図をくみ取るのに対して、浅いアプローチは表面的で著者の意図から外れて間違った理解につながる恐れがある。
「エクスパート」と「ノン・エクスパート」の考えの決定的な違いがどこにあるかを研究成果にもとづいて紹介した。エクスパートと呼ばれる人の特徴は、意義ある学びのパターンを熟知し、学びを文脈の中で捉えている。たとえば、伝統的な医学部に対する批判を見れば顕著である。学生が最初に基礎科学の知識を学び、後に臨床実習をするが、臨床現場では基礎科学の知識を忘れていることが多い。あるいは、患者と接してどのように対応したら良いか戸惑っている。一方、優れた医師や看護師は、知識を文脈化して患者の症状に合わせて考えている。しかし、授業の現場ではそのような指導ができていない。すなわち、患者について学ぶのではなく、授業では化学を学んでいるに過ぎない。その結果、はじめから臨床現場に見立てて学ばせるケースが見られるようになった。これなら学生は学んだことを文脈化でき、応用につなげられる。
さらに言うと、エクスパートは学んだことをピアレビューし、批判的に考えて次に進む。ノン・エクスパートは情報を断片的に切り崩して収集し、表面的にしか理解できていない。なぜなら、根底にある意味が何なのかを理解せずに、羅列された事項を覚えているに過ぎないからである。エクスパートが深いアプローチを取るのに対して、ノン・エクスパートは表面的アプローチに留まり、個別の事実を集めた知識のみで、文脈にあてはめていないために間違いを繰り返すことになる。記憶するだけで意味につなげていないのである。すなわち、「勉強したから知っている」に過ぎない。
これはテストのために短時間で知識を詰め込むことと同じである。学生が試験のために詰め込み学習をするのは、明日の試験に必要だからである。両者の違いは、深い学びのアプローチの人は、学びに意義を見出し楽しんでいるが、浅い学びのアプローチの人は記憶するだけで学びを楽しむ余裕がない。
「学習パラダイム」に逆行する試験
大学では学生への動機づけが重要である。ところが、良い成績につながる外からの動機づけであっても、学生のやる気を損なうという調査結果がある。すなわち、成績は学生の動機づけにはならない。それは学生の興味を喪失させる。理由はどうであれ、教員は学生に成績評価を与えなければならない。これは職務である。これをどのように克服するか、学生への成績評価に関して自らの経験を紹介した。学生から提出されたエッセイを読んだ後、修正などのコメントをつけて返却したが成績はつけなかった。学生がエッセイを読んで書き直して提出したものに対して成績評価をつけた。すなわち、最初から成績をつけるのではなく、学生に考え直す機会を与え、ブラッシュアップさせた後のエッセイに最終評価を与えるというものであった。教員の外発的な動機づけの前に、学生自らの内発的な動機づけを奨励した。授業では試験が課せられるが、これは「典拠のない活動」と呼ばれるもので、すべての「試験」がそうである。一方、「典拠のある活動」と呼ばれるものは、人間の日常生活に関連づけられた活動である。「最終的な『学習パラダイム』は、試験を超越したところにある(The final'learning paradigm'is beyond of the test.)。しかし、そこに到達するには時間がかかる」。これは重要な指摘である。試験は、学習者の内発的動機づけを後退させ、興味・関心を損なう可能性がある。「典拠のある活動」は、自分のための活動である。たとえば、エッセイを書いたり、スポーツや演劇を楽しんだりする活動がそうである。なぜなら、自分と直接につながっているからである。試験を考えればわかるように、誰も試験を楽しんでいない。大学を卒業したら試験を受ける機会はほとんどない。社会につながる活動が必要である。それが「典拠のある活動」と呼ばれる。
授業ではフィードバックが重要である。「評価」には二つのタイプがある。評価とフィードバックである。評価はパフォーマンスに対する診断であって、フィードバックは将来のパフォーマンスを改善させるものである。両方とも重要である。要は、評価を重視するか、フィードバックを重視するかである。フィードバックは強力である。たとえば、テストを受け、翌日に同じテストを受けても、どこが誤っていたかがわからなければ、同じ間違いを繰り返すことになる。フィードバックされることで同じ間違いを繰り返さない。調査によれば、フィードバックは成績にとって最も重要な要因であるとの報告もある。「典拠のある活動」で重要なことは、答えを知らない人と活動することである。たとえば、教員と話すときを考えてみよう。教員は自分よりも多くのことを知っている。同じことを教員ではなく、別の人と話した場合、相手は答えを知らない可能性が高く、推測できないので、相互作用が必要になってくる。学生同士が質問をやり取りすることで理解を深める、いわゆるピア・インストラクションが役立つとの調査結果もある。
学生同士が互いに話し合うことで大きな改善につながる。成功のためには、教員自身がエクスパートになる必要がある。これは教員の専門分野のことではない。学生に関しての情報を正確に収集しているか、学生の学びを正しく把握しているかのことである。
おわりに
最後に、大学の教室でどのように授業が行われているか、それが成功しているか、失敗しているかを知る術はない。良い事例があったとしても共有することはできない。どの教員が学部で成功しているかもわからない。これを克服するためには、学びのためのコミュニティーを作る必要がある。
大学は専門性を高めるところであると同時に、学生の学びを促進するための二次的環境を整える必要がある。
たとえば、Faculty Learning Communityなどがそうであるとして、SoTL(Scholarship of Teaching and Learning)へのつながりを示唆した。そのことで教員は何がうまくいき、何がうまくいかないかを知ることができる。大学で何がベスト・プラクティスなのかを周知徹底する必要がある。これは大学の責任である。大学がディープ・アプローチを取れば、学生もディープ・アプローチを取る。なぜなら、大学が「模範」を示すからである。学生が学びは重要であると認識することで、より良い学習者になるとした。