アルカディア学報
アジアの私大と日本
第9回公開研究会の議論から(上)
近年我が国においては、近隣諸国の高等教育の実態に注目する必要性がより強く認識されるようになりつつある。とりわけ、「ブレイン・コリア21(BK21)」など、大学に対する評価を基盤とした財政支援事業を推進している韓国の事例は、同様に、評価による資源の重点分配を、「世界的教育研究拠点の形成のための重点的支援(21世紀センター・オブ・エクセレンスプログラム、いわゆる「トップ30」から改称)」を導入することが企図されている我が国の現状に照らしても、その去就が注目されるところである。本稿では、2002年1月18日に「アジアの私立大学と日本―大学評価の問題を中心に」とのテーマで開催された、私学高等教育研究所第9回公開研究会での、李 大淳氏(韓国高等教育学会会長・国立教育政策研究所客員研究員・元韓国郵政大臣)と馬越 徹氏(名古屋大学教授)による講演および共同討論の内容を要約して掲載する。
韓国の高等教育全体を見渡して、まず特筆すべきはそのユニバーサル化の進展の著しさであろう。韓国における高等教育への就学率は、1995年にはすでにユニバーサル化段階(55.1%)に達しており、2001年には83.7%という高率を示している。
また、韓国における私立高等教育機関のプレゼンスの大きさも、我が国と共通した特徴の一つとして注目すべき点である。90年代の高等教育の量的な需要の拡大をみて、欧米各国では公的に非大学型の高等教育機関を創出してこれに対応したのに対し、他の多くのアジア諸国と同様、韓国においても、ここ10~15年ほどに起きた急激な高等教育の需要の拡大を私立大学が支えている。その結果、私立機関は高等教育機関全体の数の82.7%を占め(2001年4月現在で、短期高等教育機関である専門大学を除外すると76.2%)、私立機関に属する学生は学生全体の大半を占めている(専門大学の学生を含めると、72.6%、除外すると62.7%)。 いま見られるアジアにおける私学セクターの比較優位に関して、馬越 徹氏はこの状態に至るまでの高等教育の類型の移行モデルを3つの通時的段階に分類して説明している。第1段階が、「私立周辺型」すなわち20世紀半ばに宗主国から独立した直後、高等教育の核として国立大学が創設され、その周縁に私立大学が散在する状態である。第2段階が「私立補完型」で、国立大学、私立大学ともに規模拡大を続け、私立大学が国立大学の補完機関として存在感を示す段階である。そして現状は「私立優位型」で、公的資金を基にした国立大学の発展が限界を迎えたあと、私立大学が量的な優位を占める段階である。 このように、教育・文化に関わる営みにおいて、私的セクターが重要な位置を占めるというアジア的伝統の文脈の中にとらえることができる韓国の高等教育であるが、李 大淳氏によれば、そこには大別して2つの対応すべき課題が指摘されるという。
課題① 知識基盤社会の形成
1998年に「国民の政府」を標榜して発足した金大中政権が「知識基盤社会の建設」を主張したのは、近代化と工業化においては他の先進工業諸国に遅れをとった韓国を、情報通信技術を基盤とした情報化政策により、国際的な競争力のある国家へと育成することを見据えてのことであった。しかしそのために必要とされる高いマンパワーが不足しており、特にこの分野での人力の供給が高等教育の課題となっている。このような課題を背景に、効率的な資源分配のために大学院の重点化計画、大学院・研究中心大学の育成(BK21)等が実施され、同時に国立大学の構造改革を目的とした国立大学発展計画案が議論され、部分的に実施に移されている。
課題② 経済危機からの脱却
1990年代末のアジア通貨危機は、韓国の経済にも深刻な影響をもたらした。賃金の抑制と輸出拡大と財閥の体力に大幅に依拠しながら未曾有の発展を遂げていた韓国経済は、アジアの経済失速と賃金の急速な増大、財閥の破綻など複合的な理由から大打撃を受け、1997年11月に、韓国政府は国際通貨基金(IMF)に支援を要請するに至った。IMF危機と呼ばれるこの経済危機は国家規模では課題①に示したマンパワー創出のモチベーションとなり、同時に個別大学のレベルでは経営に関心が集まるきっかけでもあった。韓国の私立大学は国から経常費に関わる補助は受けておらず、歳入の約70%を学生納入金に依存している。このような大学経営上の実状をも背景にして、大学が独自に外部の経営評価を容れるということが行われている。ここでいう経営評価とは、アメリカおよび韓国の経営コンサルタントやシンクタンクなどの民間会社によってなされるものであり、個別大学がこれらの評価会社に巨額の対価を払って経営診断を受け、その結果にしたがって学内の機構改革を行うというものである。
これら二つの課題への対策に共通してみられるキーワードが「評価」である。BK21は大学院におけるプロジェクトを評価し、その結果によって研究費を支援するというプロジェクトであり、また国立大学発展計画案は当初国立大学構造調整と称したことからも明らかなように、国立大学の個性化を推進するために、各国立大学が樹立した自律的な発展計画を政府(教育人的資源部)の委員会が評価した上で財政支援を行うということを主要課題のひとつとしている。この、「評価」重視の高等教育政策の背景には、「評価なくして公的資金を分配することはありえない」という発想があることが指摘される。
ただし、韓国で行われているすべての大学評価が、財政支援とリンクされているというわけではない。我が国でもその社会的インパクトの大きさがよく知られている中央日報が行う大学ランキングなど、マスコミ各社が行う大学評価が公的な財政支援と直接に結びついていないことは言うまでもないが、政府主導で行われる大学評価の中にも、財政支援に結びついていない評価がある。その主たるものが大学評価認定制である。
大学評価認定制は、1970年代に開始された実験大学選定のための評価に端を発し、1984年に制度化された。この制度を運営するために、82年に議員立法により創設されたのが韓国大学協議会である。同協議会は、発足当時の1982年から特定分野および学問領域に関する評価を行っていたが、1994年から2000年まで、国公私にまたがる全国のすべての4年制大学と大学院を対象に、7年間の歳月をかけて総合評価認定を行い、全体証拠を適格と認定した。この7年間にわたる第1周期の総合評価認定が、教育条件や教育基盤といった大学へのインプットと現状を重視していたことに対して、2001年から新たに5年間の予定で開始された第2周期の評価は、21世紀の国際社会の要請に呼応した教育の内容の向上という、大学のアウトプットと将来展望に重きを置いている。
この総合評価認定はいわば韓国の4年制以上の大学のアクレディテーションであり、原則として卓越性の評価イコール資源配分の根拠とはなっていない。この総合評価認定制への社会的評価については、馬越 徹氏によるアルカディア学報56号(2001年11月21日号)に詳しい。なお、短期高等教育機関である専門大学の評価認定については、韓国専門大学協議会という別の組織が管掌している。
このように、韓国では、さまざまな種類の大学評価が行われている。では、ぜんたい、韓国の大学にとって大学評価とはどのような意味を持つもなのであろうか。この問題については、各評価の手法の詳細とともに、次号で述べることにしたい。