アルカディア学報
【私立大学における特色ある国際交流事業の取組事例とその課題】
私学として大学院の国際ブランドを作る
―文化学園の挑戦
大学院教育の国際化
日本の大学の国際化が、大学院段階で顕著に進んでいる。文部科学省の学校基本調査によれば、私立大学大学院の留学生は14,339名であり、留学生比率は17.3%となる。これに対し、学士課程の留学生は55,835名と多いが、比率では2.8%にとどまることと好対照である。その背景には、中国・韓国をはじめ多くの国々で自国の学士課程教育が充実するなか、大学院課程、特に修士課程が世界の留学生市場のなかで重要性を増していることがある。修士課程は、留学に要する年限が短く、また、専門的な仕事に直結しやすい上、留学生にも私的な学費負担を求めやすいからである。
大学院教育での留学生獲得で国際競争力を持つには、提供できる教育、研究が高度でかつ国際的にも魅力的なものであることが必要となる。留学生の多くは大学院をキャリアへの投資と考え、修了後の明確な職業・所得の見返りを求めてやってくる。その一方、日本では一般に企業の大学院教育への期待度が高くなく、給与水準でも差がつきにくいが、これは世界の常識と反する。日本の私学が留学生からの大学院教育への期待に応えていくにはどうすればよいのか。
長期の交流が生み出す国際環境
本稿で事例として取り上げる大学院教育は、文化学園大学大学院及び文化ファッション大学院大学(専門職大学院、以下BFGU)である。文化学園はこの2つの大学院を通じて、世界から質の高い大学院生を集めているが、そこには次のような要因があると思われる。
第1は、国際ネットワークの長期的形成である。大沼 淳理事長は、同学園が日本の洋裁教育の草分けとして古くから国際的なつながりを持っていたことを強調する。1950年代からクリスチャン・ディオールを初めとする世界のファッションリーダーを招聘、ファッション界で日本を代表するとの国際評価を得てきた。同時に、アジア諸国からの留学生を受け入れ、その卒業生のネットワークや各国の指導者層との文化交流を通じて各国に国際ブランドとして文化学園の実績が浸透している。また、中国での合作プログラムの他、卒業生が建てた学校など、各国で様々な国際提携を進めている。さらに、2009年には国際ファッション工科大学連盟の会長校にもなった。
第2は、国際的に通用する教育・研究である。同学園は、専門学校文化服装学院の他、文化出版局からファッション誌『装苑』の出版も手掛ける。「文化式」と呼ばれる日本の洋裁のスタンダードを生み出し、それを中核に置きながらも、両大学院ともグローバルな視点をもった人材養成をミッションとしている。日本がファッション・文化において国際的に先進的と高く評価されていることも、大きな力になっている。
第3は、言語への実際的な対応である。学園全体としては、日本でファッションを学ぶ上で日本語や日本文化を学ぶことが重要と考えられている。他方、日本語力が不足しながらも日本のファッションを学修したいという海外のニーズに応えるため、文化学園大学大学院には、全ての授業と修士論文を英語で指導するグローバルファッション専修が置かれている。ここでは留学生から厳格な学習達成を要求されるなど、英語での論文指導も含め、直接国際的な水準と比較をされる教育環境において世界からの学生の刺激を得ることが、教育・研究の質を高める上で大きな意味を持つ。また、同学園は服飾造形に関するオリジナルテキストを作成しており、英語をはじめ数ケ国語に翻訳されている。なお、英語プログラムの学生の中には、フランスの国立高等装飾美術学校(ENSAD)とのダブルディグリープログラムで履修する学生も含まれる。
学生生活とキャリア支援
留学生受入の拡大には、学生生活支援の充実が重要であるが、これは大学院レベルではそれほど大きな課題とはされていないようである。学生は年齢的に大人であり、社会人経験をもつものも多い。日本語学校からの入学が多い文化学園大学、そしてBFGUへの進学が多数みられる文化服装学院への留学生の多くは日本語能力試験N2以上の資格を持ち、日本での生活を経験してから入学してくる。優秀な学生には学費相当額を上限とする大学独自の給付奨学金が準備され、一部の学生は大学の寮を利用しているものの、現実は厳しいようである。例えば、東京での生活費、また実習で用いるファッション素材の購入費などは決して安くない。また、学習、特に実習に多くの時間がとられ、アルバイトも、ファッション分野を中心に専門と関わるものが多いなど、学業・専門を中心とした学生生活が求められる。
大学院修了後の進学先としては、博士課程に関しては研究者志望もいるが、多くはファッション業界での活躍を希望する。日本でのファッションビジネス界のリーダーを多く同学園から輩出していくことが大きな挑戦とのことであった。
大学院で育成した人材を社会に輩出するには、いくつかの課題がある。例えば、フリーランスや起業を目指すためには多額の資金の用意が必要であり、外国人には特に難しい問題である。また、卒業直後に日本での就職先が決まっていないとその後のビザの取得が難しくなるなど、制度的な制約もある。他方、大学側から見れば、海外での就職やキャリアの支援に決定打があるわけではないことも課題であるようだ。とはいえ、海外では課程修了後に時間をかけて仕事を探していくことが一般的であることから、同学園の場合、世界で卒業生が活躍し「ブンカ」ブランドを有していること自体が強力な武器となる側面もある。
実務系大学院がもつ国際化の課題と展望
日本の大学院教育は、高度な専門職の養成と実務系のキャリア支援とを課題としているが、これは専門職大学院にとっても当てはまる。特に日本の労働市場の特性からみると、この面で高度な専門的知識・技能を持った修了生が専門性を生かして活躍できる機会はあまり開かれていないのが実態である。高度専門的職業人として訓練された学生の視点からは、欧州など海外でも「ブンカ」の卒業生が技術力では高い評価を得ていることは評価しながら、しかし業界のリーダーとしての地位を占めるには課題が大きいとも判断している。これは、技術力・ファッションセンスを磨くことの他に、この世界でどのように実績を積み、頭角を現していくべきかという問題でもあり、教育の視点からはそうした中長期的な活躍の基礎をどのように学修課程に組み込んで教育していくかという課題に繋がる。この点、学園関係者からはファッションの知識・技能に根差したビジネス、そして学術でグローバルな活躍を目指そうという意気込みは強く感じられ、これは学園全体の国際化をさらに進めることで達成されていくことになるだろうか。文化学園は、ファッションという専門性の高さとユニークさゆえ、教職員の多くは卒業生から構成されていることも、学園全体のミッションの共有を促進する一要素と言える。
最後に、両大学院の事例は、日本の他の大学にとって、どのような点が参考になるだろうか。第1に重要なのは、長期的なビジョンに立った投資である。国際的な展開を切り開くことができる人材を見出し、大学リーダー、スタッフとして迎えること自体が、多くの大学にとっては課題なのかもしれない。文化学園大学の場合、現在は東南アジアにもネットワークを広げているものの、初期は文化や習慣の違いからうまくいかなかった時期もあったという。国際化、国際展開にはリスクが伴い、また、成果が出るまでに長い時間がかかることを見通したうえでの遂行能力が求められる。第2は、国際的に比較優位のある分野・アプローチの特定である。洋裁・ファッションは、日本の国立大学が取り込むことをしなかった分野であり、しかしながら、日本の質の高い技術力が示せる分野であったとの大沼理事長の言葉は説得力がある。国際的に通用する教育内容を武器に長期的視点で世界展開を図る...こうした「正攻法」での実践こそ強みとなる。