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アルカディア学報

No.61

「危機」と「好機」の時代―今こそ私学の意義を問い直す好機

私学高等教育研究所主幹  喜多村和之

 2001年が「同時多発テロ」によって世界が変わったこと(実は「変わっていた」こと)を我々に提示された年だとすれば、今年はその変化が目にみえる形で具体化されてくる年になるのではないか。
 ドイツの大学改革の理念と形態を分析した社会学者シェルスキーは、歴史上の大規模な制度改革が、つねに政治や精神の体系の全面的な動揺と結びついたときにのみ実現されてきたこと、大学の変革は、時代の精神や政治経済の構造変化が生ずる時にのみ起こると指摘している(『大学の孤独と自由』)。いいかえれば、大学が変革される時は、社会の価値観が震動する危機の時代だと見ることもできる。
 危機とは「悪い結果をもたらすかもしれない危険で不安な時代」(『国語大辞典』)であり、「既存の社会体制・価値観などが崩壊しようとする時代の転換期」(『大辞林』)でもある。したがって既成の価値観や既得権益を守ろうとするものにとっては従来の基盤が脅かされる危険な時代だが、新しい価値やシステムを生み出そうとする者にとっては好機の時代ともなり得る。
 昨年12月18日に政府の「特殊法人等整理合理化計画」が閣議決定された。そこには高等教育に関係する変革が含まれているが、なかでも私学助成事業と学生の奨学事業における変革は、これまでも本欄でしばしば指摘してきたように、私学にただちに大きな影響をもたらす重大な変革である。
 たとえば日本私立学校振興・共済事業団に対しては、①従来の経常費補助等業務は当該法人を経由した方が合理的・効率的である場合を除き国から直接交付する、②助成内容は特別補助にいっそう重点を移し、事後評価を通じて助成のあり方を適宜見直す、③個人補助重視の視点から機関助成方式の私学助成のあり方を見直すなどの方針のもとに、同事業団を共済組合型の法人として整理する、としている。
 この帰趨はどうなるかわからないが、もし実施に移されれば、事業団を通じた間接補助の見直し、私学助成への評価の導入、機関援助から個人援助への移行という点で、従来の私学助成制度に根底から変革が加えられる可能性がある。
 このような政府の方針に対して私学はどう対応すべきなのだろうか。これに反対するにしても、別の対応をとるにしても、私学としては、わかりやすい論理と明確なデータに基づいて、これまでの私学の実績と私学の立場を、政治・行政・産業界、とくに国民一般に納得できるように説明し、理解してもらうことが先決条件である。私学への公費助成がなぜ不可欠かを政治家や納税者に納得してもらうことなくしては、私学助成の直接交付がなぜ望ましくないかを説得することは困難であろう。
 そのようにみれば、2002年はまさにこれまでの私学の理念、特性、可能性を問い直し、何が日本にとってふさわしい私学政策であるのか、学校法人の制度、法制はこのままでよいのか、そもそも日本にとって私学の存在意義はなにかを考える好機というべきではあるまいか。
 この危機の時代にこそ我々が政府や政治に対してのみならず国民や納税者に私学の重要性と公費助成の必要性を説得できるだけの論理を確立できないならば、従来までの私学助成制度すら守れるかどうかおぼつかないと考えるからである。その意味で今年はあらためて時代に即応した私学の理念を形成することが急務であり、何としても危機の時代を好機の年にしなければならないと考える。