アルカディア学報
私大ガバナンス・マネジメント改革 PT調査報告⑤
ガバナンス改革によるマネジメント体制の構築
学長のリーダーシップと効率的組織運営で成果
―大正大学
大学の概況
大正大学は、旧大学令に基づき、大正15(1926)年に大乗仏教思想である「智慧と慈悲の実践」を建学の理念として設立された。創立時の文学部(仏教学科、哲学科、宗教学科、文学科)、予科および専門部に始まり、昭和24(1949)年には、新学制による大正大学設立認可を受け、仏教学部と文学部を開設した。以降、平成5(1993)年には人間学部、平成22(2010)年に表現学部、さらに平成28(2016)年に地域創生学部、心理社会学部を設立し、現在では6学部11学科、大学院3研究科を擁する人文科学系総合大学に発展した。在籍する学生数は5011名、専任教員数148名、専任職員数154名(平成28(2016)年5月1日現在)を抱えている。
改正学校教育法への対応によるガバナンス改革
同大学では学校教育法改正に伴い学長選考規程、教授会規程、代議員会規程などの関連規程を整備した上で、平成27(2015)年度から新体制を構築した。すなわち、学長の下に副学長および学長補佐を新たに設けるとともに、教学と事務の連携を図る執行体制としたものである。この改革は、全学マネジメント体制の整備を主眼に実施したものである。加えて、学部のマネジメント体制を機能的に分化することで、全学のマネジメントを支える組織運営体制とした。
新たな体制を支える会議体として「学長室会議」を設置し、学長、副学長、事務局長に加え、専務理事および理事長特別補佐を構成員として、毎週開催し、迅速な意思決定を図っている。加えて、学長、副学長、事務局長と学長補佐、学部長など教学の部長職との連携を図るために、「教学運営協議会」を設置し、学長のリーダーシップを補完している。
また、毎月開催されていた全学教授会についても、教員の負担の大きさが課題として挙げられていたことから、ガバナンス改革の一環として、全学教授会に代わり「代議員会」を設置し、学長、副学長、学部長、教授会連合会を代表する代議員を構成員として発足した。この体制を補い情報を共有するために、教職員全員に「学長メッセージ」を発信している。全学教授会を廃止したため、「教授会連合会」は、年間に定例2回の開催となった。代議員制の成果としては、議論が活発になったことなどが上げられる。
さらに、学長選考については、平成26(2014)年度までは教職員全員による選挙を実施し、宗派毎に絞り込んで選出する方式を採っていたが、平成27年(2015)度からは学長候補者推薦委員会(理事4名、教員8名、事務職員3名で構成)を設置し、そこからの推薦候補者を理事会で審議し、理事長が任命を行うように変更した。また、任期を3年から4年に変更したこと、権限と責任を明確にする観点から「学長解任規程」も新たに制定したことは、意義あるガバナンス改革と言える。
中期計画とTSRマネジメントの推進
同大学では、平成21(2009)年度に第1次中期マスタープランを策定し、TSR(大正大学の社会的責任:Taisho University Social Responsibility)マネジメントシステムを構築した。3年間にわたるマネジメントの成果と課題を踏まえ、平成24(2012)年度には第2次中期マスタープランを策定し、さらなる発展を目指した運営ビジョン「首都圏文系大学においてステークホルダーからの期待、信頼、満足度No.1を目指す」と建学の理念の解釈から導いた教育ビジョン「四つの人となる」に基づき、諸施策への取り組みを加速させている。
具体的には、IRの活用、教員等の「評価」の取り組み、および「地域」をキーワードとした新たな教育組織の検討などを定めたところである。その内、「評価」に関しては、TSRシートの開発から「TSRマネジメント」へ、「地域」に関しては、平成23(2011)年の東日本大震災における学生のボランティア活動等を通じて地域と繋がっていった。さらに、「地域」というキーワードがより明確になったことで、「地域構想研究所」の設置から新たな教育組織としての「地域創生学部」の設置(平成28(2016)年4月)へと発展した。
三つのポリシーの整備と内部質保証システムの構築
同大学における三つのポリシー(3P)の取り組みは、DP(学位授与方針)を基軸的に捉え、CP(カリキュラム編成方針)とAP(入学者受入方針)へと連関させた検討を行い、改正学校教育法(平成27(2015)年4月施行)に基づき、平成29(2017)年4月に改訂版の施行を目指している。3Pに加えて、学科用TSRシートとルーブリックを活用した「アセスメント・ポリシー」についても検討が行われている。この検証にはIRデータが必要となるため、「IRデータシート」を考案し試行している。当然この取り組みは、FD活動などとも連携させる予定である。
これらの点を具体的なイメージで紹介すると、DPに関連して「理想の学生像アンケート」を実施していること、また、教員から見て教育の成果がいかに上がったかを判断するために、大正大学の手本となる学生を各学科から推薦してもらい、ロールモデルとして設定していることなどが挙げられる。学長室で考える学生像とこのロールモデルを合わせることで、DPに基づく教育の成果が上がったものと判断することができる。
すなわち、CPおよびAPもそこに適合的に定めることで三つのポリシーが完成するものと考えている。
教職「学」協働を育む組織文化の醸成
同大学では、組織文化を醸成するために、「TSRみらいフォーラム」を開催している。平成28(2016)年度で2回目を迎えたが、今回から学生にも呼びかけ、学生、教員、職員合同による3チームから発表があった。また、学長室のもとに①戦略的広報、②高大連携、③入試改革のテーマで三つのプロジェクトを立ち上げ、各プロジェクトが教職協働で改革案を策定して実施した。その一部の成果として、平成29年(2017)度入試では志願者が増加した。
また、組織文化の特徴の一つとして、同大学は学生との関係が良好なことが挙げられる。
例えば、平成28(2016)年度の大学祭の運営について、学生に企画を任せたところ、昨年度7928人の参加者が今年度は、1万2497人まで増加した。前述の「TSRみらいフォーラム」の学生チームの活動などを含め、風通しの良さが大正大学の特色の一つと言える。
考察
以上のとおり、大正大学では、平成27(2015)年11月に就任した大塚学長の下、新体制が組織され、大学ガバナンスおよびマネジメントに関する改革が進行している。
一つは、TSR活動の取り組みである。多くの課題抽出が行われており、今後優先度の高いものから、順次、改善に向けた取り組みが行われる予定である。大塚学長からは、喫緊の課題として、教育研究の一層の充実を図るために、「教員評価」に取り組むことが明らかにされた。
また、法令に基づく重要課題としては、内部質保証システムの再構築と実質化、および三つのポリシーの見直しであるとされた。大塚学長のリーダーシップによって、体系的かつ効率的な取り組みが進むものと思われる。
今一つは、学長選考方法の見直しであった。なぜなら、大学ガバナンスの中核を担う学長のリーダーシップを発揮できる体制の構築が可能となるからである。
同時に、学部長、研究科長の学長による推薦制とセットで実施したことで、よりガバナンスの実効性が向上したものと評価することができる。
ここで肝となるのが、一方的トップダウン体制ではなく、全学マネジメントと学部マネジメントを機能的に分化させ、また、ボトムアップによる提案等も可能にしていることである。大学改革がスピーディーに実施されていることの大きな要因の一つであると考える。
最後に、大正大学で熱心な取り組みは何かと問われたら、やはり「TSR」活動であると答える。同大学では、「大学の社会的責任」という大きな理念の下に、多くの改革に着手しており、先述したとおり成果が上がっていること、また、志願者の増加へも結びついていることからも、TSR活動は成功事例の一つであるといえる。