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アルカディア学報

No.594

私立大学における教育改革の実質化に向けて

研究員  坂本 孝徳(広島工業大学常務理事・副総長)

 平成26年2月の中央教育審議会大学分科会における審議のまとめ「大学のガバナンス改革の推進について」を受け、教授会の役割の明確化、学長補佐体制の充実を図るために、学校教育法及び同法施行規則等の一部改正が行われ、平成27年4月から施行されている。それらは、大学の教育・研究機能を最大限に発揮させることとともに教育改革の推進を実現させるため、学長のリーダーシップの下で大学の管理運営を円滑に実施することを促すガバナンス体制の充実を図ることを意図したものである。
 更に、大学改革の実現を目指し、教育理念や育成すべき人材像に基づいた適切な教育課程の編成、実施、評価、改善を実施するとともに、的確な入学者選抜を行うべく、「三つの方針」の策定と公表を求めるとした学校教育法施行規則の一部改正が行われ、平成29年4月から施行されることとなっている。
 これら最近の高等教育政策や私学行政の動向に目を向けると、管理運営や教育システムの細部に至るまで、徹底した改革が求められている。各大学において、これらの要請に応えるためには下位システムからの抜本的改革を行い、その実質化、つまり目に見える成果に結びつけるまで不断の努力が求められる。
 例えば、前述の三つの方針の策定と公表を求める政策における「教育課程の編成及び実施に関する方針」ついては、計画段階においては容易に到達することが可能と予想できるが、各大学の学部・学科など組織全体における実効性のあるカリキュラムマネジメントの実践まで到達するには相当の努力と時間を要するように思える。なぜなら、まずもって教員集団における共通理解の形成と協働体制の構築なしには成果は得られないと考えるからである。
 ところで、昨今の高等教育政策の動向とも絡んで、これら管理運営や教育システムの改革は、全般的に、いわゆる「企業型管理主義」を前提においたトップダウン型の重層構造的ガバナンス体制が強調されているように感じるのは筆者だけではないだろう。確かに企業型管理運営は、意思決定やその後の実施体制が迅速に実行に移されるという側面を持っていることは事実であるが、一方で、「協働型管理運営」の特徴である組織の構成員である教職員個人や学部・学科の意思決定の尊重という要素も大学改革の推進に必要不可欠であると考えられる。
 重要なことは、トップのリーダーシップに基づく確たる政策の明確化と構成員の管理運営への参加、意思決定過程における上下双方向からのコミュニケーションであり、協働型管理運営に視点を置いた組織風土の醸成も必要不可欠であることを指摘しておきたい。とりわけ、学校法人とそれが設置する大学という二重構造を持ち、更に大学ごとに多様な教育理念、歴史と文化がみられる私立大学においては、より重要になろう。
 ここで、具体的に私立大学の管理運営について、筆者が参画している日本私立大学協会附置私学高等教育研究所の「私大マネジメント改革プロジェクト」(篠田道夫代表)における調査研究(『私学高等教育研究所研究叢書3』平成27年3月参照)を手掛かりに考察してみたい。
 その調査結果では、理事長や学長が組織運営上のマネジメント努力を行うことにより、健全な組織風土が醸成されていると考えられ、トップはリーダーシップを発揮するとともに、意思決定や意思形成過程のなかで、コミュニケーションを活性化させ、合意形成に向けた努力を図っている傾向が強くみられた。
 更に、マネジメントの特徴と組織風土の特徴との関連を見ると、意思決定が迅速にできる組織運営体制にある大学は、常にトップが現場との意思疎通を図る努力をしていた。このような大学では、トップが強いリーダーシップを発揮している一方、大学の意思決定過程における構成員としての教職員の意思形成を重視し、コミュニケーションを積極的に図るマネジメントを行っており、その結果として協働文化が醸成されているなどの健全な組織風土をもたらしている―と考えられるのである。
 また、前記調査研究の一環として実施した質問紙調査の自由記述をまとめると、次のようになる。①改革の推進に不可欠なトップのリーダーシップは経営と教学、教員と職員との一体的運営及び構成員の参画の支えなしには発揮することができない、②より多くの構成員を改革に巻き込みPDCAが機能することで政策の浸透・課題の共有が図られ、初めて成果に結びつく、③迅速な意思決定のためには、意思決定機関の整備や権限と手続きの明確化、加えてそれに連動する規定整備も求められる、④トップによる明確な方針の提示とその浸透のための努力、すなわちトップダウンと構成員による経営参加型のボトムアップの調和した運営こそが改革の成果をもたらす。
 これらの調査結果からも教育改革の推進を目指す大学の管理運営において、システムとしての組織運営を十全に機能させるための要素として、意思形成、コミュニケーション、協働文化などに着目し、組織運営の充実を図ることが改革を推進するうえで欠かせないことが分かる。以下、その重要ポイントを四つの視点から整理してみた。
 ①教育目標や経営方針の明確化とそれを具現化させるための方策、目標等の達成への努力などに関して、中長期経営計画や年次計画などの明示と構成員の理解、業務の効率的実施と目標や計画の達成度に対する構成員の関心、構成員の分担業務に対する大学運営への貢献度の自己認識などに留意することが重要となる。
 ②教育目標・経営方針を具現化させるための運営組織と運営活動などに関して、運営業務の成果に対する組織単位での把握、業務遂行に必要な情報の共有と交換、組織内における円滑な意思形成、担当部署・担当者における業務の明確化などに留意することが重要となる。
 ③協働的管理運営を具現化させるための意思形成、意欲・関心、協働意識や人間関係などに関して、意思決定における構成員の理解と意思決定方法・過程における関係者の理解、業務を推進する際の連絡調整過程の確立、仕事に「やりがい」を持っている構成員の育成、構成員の大学に対する帰属意識の確保、業務の成果に対する評価の適切性と処遇への反映などに留意することが重要となる。
 ④健全な組織を醸成するための慣行、規範、体質、文化、組織風土などに関して、構成員が自主的・主体的に力量向上を図ろうとする気風、相互に意見を率直に述べられる雰囲気、縦横のコミュニケーションの確保、他の部署の業務に積極的に協力する組織風土作りに留意することが重要となる。
 以上、教育改革の実質化を推進するうえで、意思形成、コミュニケーション、協働文化などに着目し組織運営の充実を図ることの必要性を述べたが、こうした大学運営を実現するうえで共通することは、トップがリーダーシップを発揮することの重要性である。トップの果たすべきリーダーシップは、ビジョンに基づく中長期経営計画を大学の構成員である教職員と共有するとともに、目標を達成するための手段を提示し、構成員とともに目標達成に向け協働することである。しかしながら、トップのリーダーシップは当然のことながら可変性を伴うものであり、副学長や事務局長をはじめとする学長補佐職集団の特性及び当該大学の組織風土に応じて、その内容や方法を変えることが望まれるのである。更に、トップのリーダーシップを補完する大学内におけるミドル層のリーダーシップも必要不可欠なものであることを指摘しておきたい。