アルカディア学報
アメリカ東部の小規模リベラルアーツ系大学の輝き
イーロン大学については、日本の大学経営者なら誰でも知っているほど有名である。なぜなら、数年前にジョージ・ケラー/堀江未来監訳『無名大学を優良大学にする力~ある大学の変革物語~』(学文社、2013年)が刊行されて注目を浴びたからである。詳細は著書を参照にしてもらいたいが、この大学を最近訪問したので紹介する。美しい芝生のキャンパスとレンガ造りの建物としても有名で、校内には写真スポットがいくつもある。これも優良大学にする戦略の一つである。
この大学を訪問する契機となったのは、2015年9月に帝京大学八王子キャンパスで開催されたPOD/Teikyo Collaboration Project2015のアメリカのPODネットワークの当時の会長Deandra Little博士が同大学FDセンター長を務める大学であったことからである。筆者が最も注目したのは大学名を冠した「Elon101という導入科目のことである。これは科目のナンバーからもわかるように新入生が最初に履修する半期のものである。この科目は全教員が担当する「大学の顔」となっている。「Elon 101」のミッションは「学習コミュニティへの積極的な参加者になるために一年生をサポートする」というものである。学習目標の一つは、「履修登録、アカデミック要件、社会問題や関心について担当教員とコミュニケーションが取れるようにする」というもので、担当教員がアドバイザーも兼ね、大学4年間の学びの設計図を互いに話し合って決めることである。この科目は100人以上の教員で担当される。担当者には別途手当てが支払われる。この科目を担当して高い評価を学生から受けたかどうかが昇進・昇格時に影響を及ぼすというのも驚きである。担当教員スタッフと話すことができた。この科目のためのディレクターのポストもある。「スタッフ」としたのは、必ずしも教員だけではなく、たとえば、図書館員など専門職の職員もこの科目を担当している。なぜなら、「Elon 101」は大学での学びの円滑な移行が重視されているからである。この半期の授業は20名程度の討論形式で学ぶことになっている。とくに、印象的であったのは大学の学びが図書館と一体化していることである。図書館長(Dr. Joan Ruelle, Dean of the Library)にインタビューして館内を案内してもらった。彼女自身も「Elon101」を担当した経験がある。図書館員が授業を担当して単位を授与することは日本では一般的ではないが、アメリカでは学生の学習を支援する重要な役割を果たしているという。図書館員は大学院で修士号を取得しているので授業を担当し、単位を授与することが可能である。もともと、「Elon 101」は大学1年生に4年間の学習計画を支援することが目的であるので、図書館員とのつながりはきわめて重要であり、資料検索や論文の書き方などの学習面で役立っている。図書館ではライティングセンターやチューターリングセンターなどを通して学習支援も行っている。
これまでのように図書館が書籍や読書というイメージは感じられない。図書館長によれば、最近の図書はデジタル化しているのでスペースを有効に利用できると話してくれた。驚いたことに、図書館の一角に学生証をタッチするだけでスターバックスのコーヒーが飲める自動販売機が設置されていた。もちろん、有料である。図書館のどこででもコーヒーが飲めるということであった。学生が本を汚さないかと質問したら、「学生に本を貸し出すことと同じことである」と笑って答えてくれた。「Elon 101」だけでなく、イーロン大学の一般教育のカリキュラムは注目に値する。それは、初年次コア科目、教養科目、発展科目の三つのほかに、学際的キャプストーン科目もある。キャプストーンとは学生が3~4年生のときに最後の仕上げとしてテーマを決めて、イーロン大学で学んだ経験を統合して応用するという科目である。(詳細は、http://www.elon.edu/e-web/academics/core_curriculum/を参照)
そのほか、体験学習(インターンシップ、実習、留学、サービス・ラーニングなど)と外国語習得が求められる。高い教養を有するリベラルアーツ系の大学であるが、体験学習も重視していることから、全人教育を打ち出している。初年次コア科目ではGlobal ExperienceCollegeWritingContemporary Wellnessなど大学生としてのライティングが重視されていることからも、図書館の重要性を伺わせる。教養科目では、以下の分野から二科目以上を履修する。表現分野では文学、哲学、および美術(芸術、ダンス、音楽、音楽劇場、および劇場)(文学は必修)、文明分野(歴史、外国語、芸術史、および宗教)、社会分野(経済学、地理学、政治学、心理学、ヒューマンサービス、および社会学/人類学)、科学/分析分野(数学、科学、およびコンピュータサイエンス(物理的か生物学的実験は必修)。
そのほかに発展科目がある。教養教育と言えば1~2年に限定されがちであるが、イーロン大学の発展科目では3~4年次用の教養科目があるところがリベラルアーツ系大学の特徴といえる。
日本では「一般教育」の解体後、専門教育の「前倒し」が顕著で一般教養の領域が侵されている。これでは専門学校との垣根が曖昧である。大学が大学たる所以は教養教育でなければならない。大学ではディプロマポリシーが叫ばれているが、専門分野における到達目標を羅列したものに過ぎない。私立大学に限らず、大学には理念があり、それが反映されたディプロマポリシーであることが望ましい。したがって、イーロン大学の発展科目のように、教養教育を4年間通して行うことは注目に値する。
コロンビア・カレッジやイーロン大学のリベラルアーツ系大学は4年間を通して教養教育が徹底されている。教養教育の真髄は、批判的思考力、鳥瞰図的な視点、洞察力、柔軟性など汎用的能力と呼ばれる資質が求められ、大学での学問はもとより、社会に出て活躍する上で重要な要素となる。日本でもその重要性に鑑み、汎用的能力が注目され、評価のためのルーブリックもある。しかし、汎用的能力を育成するために批判的思考力だけを取り出して教えても身につくものではない。汎用的能力は授業を通して培われるものであることをイーロン大学関係者との話し合いから学んだ。
(つづく)