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アルカディア学報

No.586

学習者中心のコースデザイン

客員研究員  土持ゲーリー法一(帝京大学高等教育開発センター長・教授)

 2015年9月、アメリカ最大規模のFD(ファカルティ・デベロップメント)組織であるPODネットワーク現会長、歴代の会長などと帝京大学高等教育開発センターの共催によるPOD/Teikyo Collaboration Project 2015が新設された八王子キャンパスのソラティオスクエアで開かれた。3日間の研修の一つが「大学教員のための学習者中心のコースデザイン」というテーマで行われ、全国から約30名が参加し、修了者にはPODと帝京大学高等教育開発センター連名の「修了証」が授与された。
 なぜ、学習者中心のコースデザインが取り上げられたのか。それは「パラダイム転換」を契機に、教員から学生へ、教育から学習への転換を図るためには教員中心のコースデザインを見直す必要があるとの認識があったからである。この点に関してコースデザインの著書もあるディー・フィンク博士は、筆者とのインタビューの中でコースデザインとは何かについて、アナロジー(類似)として建築家の設計図を用いて説明してくれた(詳細は、「主体的学び研究所」のHPの対談録画「ディー・フィンクと土持ゲーリー法一のFD対談~教育と学習に関する主体的学びについて」を参照)。建築家はデザインをするとき、多くのことを考慮しなければならない。たとえば、土地の条件、地形の状況、建物の目的や種類など多くのことを検討する必要がある。予算も考えなければならない。それらのことが決まると、コンクリートを使うのか、木材を使うのか、大きな空間か小さな空間か、照明をどうするか、窓をどうするか、どこに窓を取り付けるか、あらゆる角度から検討して決定しなければならない。これらのすべてのプロセスがデザインをするうえで不可欠である。そのうえで最適の建物を提供することができる。建築家はそれらのすべてを設計図に落とし込んで可視化できるようにする。すなわち、コンクリート、木材、照明、窓の位置などを詳細に記載する。
 これと全く同じ手順がコースデザインのプロセスでもいえる。コースデザインの場合、学生に何を学んで欲しいか、最適な学習環境や活動はどのようなものか、どのような評価方法が適切か、どのような教授戦略が必要かなどである。そして、そのことを学生に伝える必要がある。その媒体となる書類がシラバスと呼ばれるものである。その意味で、シラバスはコースデザインを凝縮したものであるが、可視化できるのは「氷山の一角」に過ぎない。
 学習者中心のコースデザインを考えることが、学生の学習を高めるために教員ができる最も重要な活動であるといわれる。
 大学におけるシラバスには、内容中心デザインのものが多い。授業が15週で構成されることから、大学で使用する教科書も15章で構成できるようになっている。したがって、教科書の章を単元に合わせて教えるという「手抜き」も多く見られる。その結果、内容を中心としたデザインとなり、事実を伝授することに重点が置かれる。これを別名、教員中心デザインとも呼ばれる。どのような内容を教えるか、いつテストをするかはすべて教員が決定する。これは講義形態を取るのが一般的である。これに関連して、下の図1のデータが紹介された。学生が「学習」ばかりだと、短期の記憶力は持続できるが、長期(一週間)になると低下するというものである。しかし、学習の後にテストを繰り返すことで記憶力を持続できることが明らかである。これは授業デザインするときに留意する必要がある。
 アメリカではシラバスのことを「契約書」と考えられてきた。その意味では法的なドキュメントである。このような硬直した状況の下でどうして学生を動機づけられるだろうかという素朴な疑問が生まれた。その結果、ここ十数年、別の見方をするようになった。それはシラバスを「契約書」としてではなく、「自己紹介」という柔らかい考え方に変わった。学生はシラバスを通してどのような教員かを知ることができるので「歓迎します」あるいは「授業へようこそ」のような温かい、柔らかい表現が効果的である。学生の動機づけという点から考えれば、厳しい規則よりも「歓迎する」の方が効果的である。「~してはいけない」のような規則が多いシラバスは敬遠される。また、シラバスはコミュニケーションのツールとしてのはたらきもする。契約書のような規則を重視する場合も、歓迎する場合も同じように使うことができるが、後者は、教員と学生が一緒に行動するという点で違ってくる。すなわち、教員が学生と契約を交わすのではなく、「約束」を結ぶという意味合いになる。
 図2は、学習者中心のコースデザインをするときに用いられる「バックワードデザイン(逆方向のデザイン)」あるいは「統合されたデザイン」と呼ばれるものである。学習目標が円の中心にあり、学習アセスメントから逆向きにスタートする。①~③が統合されるだけでなく、アライメント(学習活動と学習アセスメントが同じ方向にそろっていること)されている。学習活動と学習アセスメント方法が一致することが重要である。バックワードデザインをすることで、このアライメントを確認することができる。
 学習者中心のシラバスを要約すると、(1)バックワードデザインあるいは統合されたデザインであること、(2)アセスメント(教育的評価)を用いていること、(3)学生の動機づけが明確であること、さらに、(4)質問形式の授業形態であること、(5)長期的かつ多面的な学習目標を有していること、(6)測定可能な学習目標を立てていること、(7)学習アセスメントと学習活動が詳細であること、(8)詳細なコース・スケジュールになっていること、(9)歓迎するようなトーンで動機づけられていること、(10)学生の成功に焦点が当てられていることである。