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アルカディア学報

No.584

韓国の大学構造調整と私立大学の生きる道(下)

尹 敬勲(流通経済大学 准教授)

 前回の記事で紹介したように韓国は今、少子化による学齢人口の減少により、大学の規模をそのまま維持すれば、10年後の2023年には大学が定員割れする規模が16万人に達し、定員を確保できず倒産する大学が急増するという事態を防ぐための大学の構造調整政策が実施されている。実際、2015年8月31日、日本の文部科学省に当たる「教育部」によって評価結果が発表され、大学現場には激震が走っている。
 教育部は、定量・定性指標を活用して、合計二九八校の大学をA・B・C・D・Eの五つの等級に区分した評価結果を発表した。評価結果が「不十分」というD評価と「非常に不十分」というE評価を受けた大学は、特別補助の申請資格を失うとともに、国の奨学金や授業料ローンなどの申請資格を剥奪される。まさしく、教育部が発表した下位等級であるD・Eランクに属する大学は、「不良大学」という烙印が押された状況である。E評価の大学は、教育部によって、生涯学習機関に転換することを促され、退出の道を歩くことになる。そうすると、問題は、D評価とC評価の大学が次の評価でどのように生き残るかということである。生き残るためには、ランク別に教育部が示した水準の定員削減を実施するしかない。そして、大学が教育部の案に従い定員を減らす方法は学部学科の統廃合しかない。教育部は学部学科統廃合を実施する基準として。産業界が求める人材の需要と大学教育が排出している人材のミスマッチ(不一致)を減らすために、「人文科学的素養と理工系の知識を持っている人材」または「人文社会学的専門性と理工系の基礎知識と思考を持っている人材」を教育するという意味の「融複合教育」を展開可能な学部学科への再編を求めている。しかし、大学現場の内情みると、C、Dランクの評価結果を受けた大学の学部学科の統廃合は、「融複合教育」を実現する余力はなく、むしろ、今回の評価の主要指標の一つである学科の就職率が上昇する方法に主眼をおくしかない。要するに、就職率が低い学科をまず統廃合して減点要因を最小限に留めようとしているのである。その結果、大学現場では、学部学科の統廃合をめぐって混乱や内紛が起きている。特に、葛藤が生じているところは人文社会系列の学科である。国会の資料においても、2015年の全国の4年制大学の募集定員縮小状況をみると、学科の定員削減と統廃合の規模が最も大きい系列が言語文学系であると記されている。結局、今回の評価結果の発表後、多くの私立大学では人文系列学科は廃科が急増しているのが実態で、人文社会系の学問の衰退に対する憂慮の声も上がっている。
 評価結果の発表以来、多くの大学が定員削減の道を模索するのに苦労する一方、地方の弱小私立大学にもかかわらずA評価を受けるなど、今まで名前があまり知られていない地方の私立大学の躍進も注目されている。弱小大学のイメージを脱皮し、注目されている三つの大学をここで簡単に紹介したいと思う。
 第一に、地方の医科大学を軸として医学部は評判が良かったものの、相対的に他の学部はあまり評価されていなかった「圓光大学(ウォンカン大学)」の試みも高い評価を得ている。この大学は、起業家教育を大学の特性として標榜して、「1学科1起業プログラム」を推進することで、学生が授業料を稼ぎながら通う大学を目指した。現在13の学科が起業アイテムを選定し、残りの学科も今年の下半期アイテムを出ることを目標にして学校内の起業支援センター主催のベンチャー起業コンテストに参加、1学科1起業のワークショップと連携して優れた起業家の育成を図る。起業家教育重視の教育内容は、地域人口の増加と地域経済の発展にも大きく役立つことが期待される根拠となったのである。今、韓国政府が力を入れている大学生の起業家意識を形成する教育に対して、人文系の学部学科まで参加させることで大学独自の特色を生み出している。
 第二に、ハンドン大学は開校して20年しかたってない新興大学だが、急成長する大学の代表的な存在である。まず国連によるグローバル大学に指定された。特に、ロースクールは、教員がすべて米国弁護士出身で、授業も全て英語で行われている。韓国で初めてアメリカのロースクール教育課程(3年)を導入した。在学期間、政府省庁、検察、裁判所、国内外の法律事務所、企業などでインターンシップを経験している。2002年に法律大学院を設立してから、284人が米国弁護士試験に合格して国際法の分野で名門ロースクールとしての知名度を得ている。
 第三に、規模が小さく首都圏にキャンパスがあるにもかかわらず、相対的に偏差値が低くかった総合大学と医科専門大学が統合することで誕生した「ガチョン大学」の試みも注目を集めている。この大学は、2012年3月大学の統合によって新たに発足し、医学部、漢方医学部、薬学部、看護学部を備え、首都圏の外郭にメディカルキャンパスをはじめ、米国ハワイ州ホノルルにグローバルな人材育成の拠点である「ハワイ・ガチョングローバルセンター」を設置し、大学の国際化を推進する大学として評価を得ている。さらに、ガチョン大学は自発的な教育改革と研究能力の強化を推進する中で、学科の統廃合などの構造調整を推進し、リベラルアーツ学部という「融複合」教育の拠点学部を新設し学部教育の新しいパラダイムを開示した。具体的な教育プログラムの一つとして、在学生全員にソフトウェアプログラミング教育を実施してキャンパスがある地域のIT企業と産学連携を推進している。また、医薬分野のグローバル人材育成のために、国内外のグローバル教育環境を醸成して、世界24か国92大学と様々な国際交流プログラムを運営している。このような試みが大学評価でA評価を受ける根拠となった。
 上記の三つの私立大学が他の大多数の私立大学と違う特色ある教育を実施した背景には、近い将来直面すると思われている学齢人口の減少による定員確保の困難という危機的な状況を予測し、変化を先取る自主改革に取り組んだ結果である。しかし、まだ他の大学も絶望する必要はない。同じ危機意識を共有している私立大学同士で協力・連携し、如何に大学構造調整政策の危機を乗り越えるか、その方法を模索することも可能だからである。また、韓国の4年制大学総長の協議組織である「韓国大学教育協議会」も、大学別の役割分担と均等な定員削減の自主努力などを教育部に提案し、私立大学主導の構造調整の案を示しているので、私立大学が大学構造調整を自ら行う可能性を開いたのである。しかし、筆者としてはもう少し早くこのような動きがあったらと思う部分がある。韓国の私立大学の関係者に話を聞くと、多くの人々が自分の大学は大丈夫だ、教育部は動かないという根拠なき自信を見せている。
 しかし、本当にそうだろうか。今からでも遅くないので私立大学の教職員と利害関係者が真剣に大学の将来に関して話し合う必要があると思う。また、共に力を合わせる大学があれば、互いに協力することにも躊躇しないで取り組んで頂きたいと思うところがある。そうすれば、今の危機を絶好の機会と捉え、これからの時代を牽引する大学に生まれ変わることが出来るからである。もちろん、これは日本の私立大学関係者にも言えることであるが…。
(おわり)