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アルカディア学報

No.580

大学教育と高校教育との関わり

客員研究員  土持ゲーリー法一(帝京大学高等教育開発センター長・教授)

 中央教育審議会は、「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」(平成26年12月22日)を答申した。「一体的改革」という表現が目を引いた。「一体的改革」とは何か。これまでの改革は「一体的」でなかったのか。日本では、長い間、高校と大学の間に「入学者選抜試験」という壁があり、実質的に断絶されていた。戦後日本の学校制度は、アメリカをモデルにした六・三・三・四の単線型学校制度であるにもかかわらず、高校と大学の間に断絶があるとすれば、制度的欠陥である。コロンビア大学ハーバード・パッシンは、著書『日本近代化と教育』(サイマル出版、1969年)の中で、本来は、六・三・三・四であるものが、実際は六・三・X・三・X・四となっていると指摘している。Xとは、高校や大学への入学試験を指す。すなわち、最後のXによって円滑な高大接続教育が阻まれているというのである。
 高校と大学の接続に関する問題は、アメリカでも歴史的に議論された。30歳の若さでシカゴ大学総長となったロバート・ハッチンスは、リベラルアーツ教育に造詣が深いことで知られた。彼は、4年制高校の最後の2年と大学の最初の2年の関係を明瞭にし、高校の最後の2年をカレッジに組み入れて、「4年制カレッジ」とする新たな学士課程を創出する実験的改革を断行した。そして、紆余曲折を経て学士号授与年齢を引き下げることに成功した。彼の意図とするところは、リベラルアーツ教育を高校の最後の2年まで広げて4年間とする考えであった。すなわち、4年制カレッジにおけるリベラルアーツ教育の重要性を強調した。彼の実験的改革からも明らかなように、高校と大学の接続を「リベラルアーツ教育」で一体化させようとしたことがわかる。驚くことは、アメリカでは大学を実験的改革の場と位置づけていたことである(詳細は、拙著『戦後日本の高等教育改革政策~「教養教育」の構築~』(玉川大学出版部、2006年、128頁~)を参照)。日本が入試改革という表面的な高大接続改革を論じているのに対して、リベラルアーツ教育を中心に高校と大学の接続教育の一体的改革を考えていたことは大きな違いである。
 日本の高大接続の議論は、入試制度改革が中心で、生徒や学生は「蚊帳の外」に置かれ、学びの「主役」が誰であるかわかりにくい。何のための、誰のための改革なのか。高大接続教育改革の主役は、生徒や学生でなければならない。答申を踏まえて、文部科学省は「高大接続改革実行プラン」(平成27年1月16日)をまとめた。実行プランの特徴の一つは、授業方法を軸とした「学び」の質的転換が政策的な焦点となっていることである。たとえば、高等学校教育の改革の方向性として、「課題の発見と解決に向けた主体的・協働的な学びの推進と高等学校教員の資質能力の向上」を打ち出している。すなわち、アクティブラーニングの推進と教員の質的能力の向上が盛り込まれた。さらに、教員の資質・能力の向上に向け、教員の養成・採用・研修の改善を図ることを促した。果たして、この実行プランで十分といえるだろうか。
 最近、アクティブラーニングの言葉を良く耳にするが、正しく理解されているかどうか疑わしい。言葉だけが「一人歩き」しているように思える。高校の教員がアクティブラーニングの方法論を身につけるために、どのような研修をすれば良いのか具体性に欠ける。的確な研修を怠れば、「授業崩壊」につながる危険性がある。さらに、高校でアクティブラーニングを推進しても、大学の授業が従来通りの講義形式であれば、何の改善にもつながらない。
 大学教育の改革の方向性としても、「大学教育の質的転換を断行し、学生が高等学校教育までに培った力をさらに発展・向上させ、予測困難なこれからの社会に出て自ら答えのない問題に対して解を見出していく力を身につけさせる」と高大接続における「学び」の質的転換を喚起している。果たして、これだけで十分といえるだろうか。筆者は、高校教員と大学教員が共同で「一体的改革」に取組むことが不可欠であると考えている。
 本稿で紹介するのは、アメリカのニューヨーク州の名門私立大学シラキューズ大学における「高大接続」のユニークな取組みである。周知のように、アメリカでは高校生が大学での単位を取得し、入学後に科目の履修が免除される制度、AP(アドバンスド・プレースメント)がある。シラキューズ大学には、PA(プロジェクト・アドバンスト)と呼ばれるものがある。APは、高校生が大学の授業を受けて試験に合格したら単位が取得できるのに対して、シラキューズ大学のPAは高校の教員が大学の授業を高校で教え、大学の単位を与えるという画期的なものである。PAはシラキューズ大学が独自に開発したもので、高校の教員を兼任講師(Adjunct Instructor)として養成した後、所属する高校で大学の授業を授けて単位を与える制度である。アメリカでは、高校の教員が大学で教えるための最低資格の修士号を取得しているので、このようなプログラムの開発が可能である。具体的には、高校の教員でシラキューズ大学兼任講師を希望するものは、同大学に申請書を提出して書類審査に合格し、兼任講師となるための研修を受け、修了者に認定書が授与されるシステムである。大学側は、教育の質を保証するために、高校での授業を定期的に視察し、教員に指導・助言を与える。
 まさに、「高大接続」の新しい形態で、高校と大学の授業が一体化している。PAの利点は、高校のキャンパスで高校の教員から大学の授業を受けることができるもので、生徒も身近で受講ができ、教員も大学の兼任講師として認定されるので身分の向上に繋がり、質の高い教育が提供できる。しかも、授業料も実際にシラキューズ大学で単位を履修するときよりも低く設定されているので、経費の負担の面で保護者からも好意的に受けとめられている。このシステムを導入することで、シラキューズ大学は高校からの入学者の確保に繋がると短絡的に考えてしまいがちであるが、この制度の恩恵を被って同大学に入学する生徒はわずかである。シラキューズ大学によれば、「プロジェクト・アドバンス」は、全米で高い評価を受けているので、他大学においてシラキューズ大学の知名度を高めるのに貢献しているという。
 最後に、新たな時代にふさわしい高大接続教育改革のあり方として、大学のFD活動と同じように、課題の発見と解決に向けた主体的・協働的な学びを推進できる高校教員の資質能力の向上のために必要な研修を行うことである。具体的には、高校教員と大学教員が共同で研修を行うことである。たとえば、帝京大学八王子キャンパスの新棟タワー「オラティオスクエア」が九月にオープンするが、新棟にはアクティブラーニング教室も備わっている。
 最新のICT機器を駆使した設備で、高校教員と大学教員が共にアクティブラーニングの研修ができれば、高大接続教育の一体的改革が推進できると考えている。