アルカディア学報
第61回公開研究会の議論から
前回は、昨年の11月26日に開催された公開研究会「大学の地域連携活動とマネジメント」の概要を報告した。今回は、引き続き研究会でも取り上げた訪問調査のうち、松本大学と四国大学の取り組みをご紹介したい。
当該調査は、「地(知)の拠点整備事業(以下、『大学COC事業』という。)」に採択された大学を対象として、地域連携(貢献)事業の特徴を分析するとともに、優れた事業を推進する組織のマネジメントモデルを析出することを目的として、私ども日本私立大学協会附置私学高等教育研究所私大マネジメント改革プロジェクトチーム(研究代表・篠田道夫桜美林大学大学院教授)が実施したものである。
[松本大学]
地域連携(貢献)活動における新たな取り組み
学校法人松商学園は、1898年に設立した「戊戌学会」を起源としており、松本大学を2002年に設置した。開設に際しては、県下高校生の域内進学率の低さに長年悩まされてきた地元自治体からの期待も大きく、長野県・松本市・松本広域連合から財政的に支援された背景がある。いわば、地域立として設立された経緯から、同大学は開学当初より、地域連携(貢献)活動に注力し、その成果はメディア等にも多数取り上げられ、高い評価を受けている。
これまでに実施してきた代表的な取り組みとしては、地域連携活動を推進する学内拠点として「地域づくり考房『ゆめ』」「地域健康支援ステーション」の設置や学外の地域すべてをキャンパスと見立てた「アウトキャンパス・スタディ」の実施などが挙げられるが、本訪問調査では、新たに大学COC事業の一環として取り組んでいるものについてヒアリングすることができた。
①学生による地域住民の健康づくり指導
学生とともに、ウォーキング法の一種である「インターバル速歩」を地域住民に推進する活動である。現在では、自治体、ホテル、病院、高齢者施設からの指導依頼も増えつつある。学生に実践的な教育の場を提供するとともに、地域産業の振興にも寄与できる特徴的な取り組みであるといえる。
②地域の高齢化により増加する買い物弱者への支援
形がいびつなため、商品価値のない野菜を安価で購入し、高齢者に届ける活動である。現在では、松本市を巻き込む大規模な事業に発展しつつある。学生がリヤカーで地域を回り、野菜を配布する中で高齢者とのコミュニケーションの場としての広がりを見せており、高齢者の孤立からくる地域の課題の解決にも寄与している。
現場のイノベーションを生み出すマネジメント
さて、このような新たな取り組みを次々と生み出せるマネジメント体制とは、いったいどのようなものなのだろうか。
今でこそ"地域密着型の大学と言えば松本大学"というブランドイメージを持たれているものの、ここに至るまでには教育職員の反発がまったくなかったわけではない。
理念の浸透のためにミドルリーダーによる地道なコミュニケーション活動は欠かせない。同大学においては、「地域密着こそが、松本大学の生きる道」であると、地域連携戦略委員会委員長として学内の理解活動を進めてきた木村晴壽教授の存在は大きい。木村教授は、大学の開設時から総合経営学部長を務め、成り立ちからコンセプトの隅々まで認識しているだけに大学への思い入れの深い人物である。
また、現場を大切にする風土が整っていることは、同大学の大きな特徴であるといえる。住吉廣行学長は、「トップダウンで強制したからといって、必ずしも構成員が理念に基づいて行動するわけではない」という考えに基づいて学内を運営している。
同大学では、「地域総合研究」と題したアニュアルレポートの提出を各教員に求めている。これは、成果を外部へ公表することは当然のこと、学内構成員と具体的な成果を共有すること、そして個々の教員の努力が可視化されることで教員間の競争心に火を付けることも狙いとしている。
最近では「学長表彰制度」も導入した。査定や人事考課を行わない代わりに、堅実に努力を重ねている教職員を正当に評価するシステムを作ることで、構成員全体のモチベーション向上を支える。
こうした理念浸透およびモチベーション向上のための地道な活動を続けていく一方で、国からの採択制の補助事業の獲得が地域密着に対する学内構成員の意識を大きく変容させる契機となった。「申請は短期大学部ではあったものの、『平成15年度 特色ある大学教育支援プログラム』の採択は、学内に自信を与え、大きな転機になった」と小倉大学事務局長は話す。
その後も、「大学COC事業」を含め、数多くの採択制の補助金を獲得することで、学内のモチベーションが高まり、こうした補助事業の採択やメディア等からの評価が、学内での理念の浸透を加速するための追い風になった。
[四国大学]
地元学をコアにした地域連携活動の推進
四国大学は、1925年に設立された徳島洋服学校を前身とし、1966年の四国女子大学の開設を経て、1992年に四国女子大学を四国大学に改称して共学に移行した。「全人的自立」を理念として掲げ、社会に貢献できる実践的な力をつける教育を重視している大学である。
今回採択された大学COC事業のコンセプトやアイディアの多くは、松重和美学長の発案によるものである。京都大学副学長時代にベンチャービジネスをはじめ、産学連携を進めてきた経験がしっかりと活かされている。事業の特徴としては、全学生を対象とした地域教育、地域住民への生涯教育に留まらず、地元学(新「あわ学」)の構築や「あわ検定」の創設を通して、新たな地域の魅力の発見と発信を志向している点が挙げられる。
同大学は、以前より学外の地域連携拠点を徳島駅近くに設置しているが、本事業の採択を機に、徳島県の西部と南部にも新たにスーパーサテライトオフィスを設置。それに併せて地域連携コーディネーターを配置した。このコーディネーターが学外オフィスで、地域と大学を結ぶための活動を積極的に行うことで、多種多様な分野の共同による相乗効果が起こることを期待している。こうしたアイディアも松重学長によるものだ。
これまでに行った活動においても、地域をキャンパスに見立てて、地域で大学の授業を実施したり、学生が地域に足を運び、若者の発想で地域を活性化させる「地域がキャンパス推進事業」や高校生への藍染指導、藍染・和傘展を開催する「観光交流事業」など、地域の魅力に焦点を当てた地域連携(貢献)活動という点において特徴を有している。
ビジョンの共有による学長のリーダーシップ
四国大学におけるこうした地域連携(貢献)活動を始めとする様々な取り組みは、学園の全組織を挙げて取り組む5か年計画「大学改革ビジョン2011(2011年度から15年度)」に基づくものである。
スポーツ推薦枠の新設や、全学生が身に付ける共通教育としての「四国大学スタンダード」の開設、プロチームと提携した女子サッカー部の創設など、枚挙に暇のない改革事例は、すべて大学改革ビジョンを拠り所としている。
大学のステークホルダーと言えば、まずは学生を思い浮かべるが、学生のみならず教職員にも目を向け、"教職員の意識改革なくして改革は進められない"という経営トップの強い意志が改革姿勢にも表れている。こうした考えから、ビジョン策定時には全学の意見を集約し、策定後も継続的に全学のフォーラムで意識を高めるなど、構成員を巻き込むことを徹底している。
松重学長は「学長のリーダーシップとは、中長期的な視点の方向性を示し、構成員を導くこと」だと考える。たとえば、教員とは日常的かつ意識的にコミュニケーションを図り、互いの考え方を、対話を通じて共有するよう努めている。現場の苦労や意見に耳を傾けつつ、急激な改革が現場の"改革疲れ"を引き起こしていることも十分に理解したうえで、補助金の採択を含めた具体的な成果を学内で共有することを通して、構成員のモチベーションの維持向上に繋げている。
訪問時には、松重学長の口から何度も「チェック・アンド・レビュー」という言葉が聞かれた。常に評価し、改善に結びつける意思が改革の大きな要になっている。人間の成長にもこうした振り返りは重要であるが、組織の成長においても重要な要素であると改めて感じさせられた。
[共通するリーダーシップの強み]
以上、松本大学及び四国大学の地域連携(貢献)活動に焦点を当てつつ、このような優れた取り組みが生み出され、実践される源泉としてのマネジメントの特徴について紹介した。
松本大学では、計画に基づく意図的な取り組みというより現場のアイディアをベースにした創発型の取り組みが中心となっている。これらを実現させているのは、大学の理念の構成員への浸透や現場の組織能力の高さ、特に新しいことを始めるイノベーティブな組織文化であると考えられる。
一方、四国大学は、経営トップの強いリーダーシップが印象的な大学である。ここでいうリーダーシップとは、いわゆる一方的なトップダウンを意味するものではない。経営トップは、ビジョンや方向性を示し、現場の苦労も理解しながら、補助金の採択を含めた具体的な成果や社会からの評価を分かち合いながら取り組んでいる。
今回紹介した2大学について、改革実現のアプローチはそれぞれ異なるものの、リーダーシップが改革実現の重要な要素となっていることは間違いないと言えよう。
両大学への訪問調査を通じて、リーダーシップとは、時には危機意識を持たせながら共有されたビジョンの下で構成員を鼓舞させ、共通の目標に導くための、いわば人と人との繋がりを大事にするリーダーの資質ではないかと強く感じた。
(本研究所研究員 愛知東邦大学理事・事務局長 増田貴治氏による調査報告書より引用して作成)
(おわり)