アルカディア学報
大学へのファンディング
基盤的経費削減と競争的資金の拡充
1. 大学への資金配分
大学への公的資金提供は、2つに分けられる。1つは大学での教育研究を支え、運営に欠かせない基盤的経費である。主に学生数や教員数などに基づいて配分される。それには国立大学への運営費交付金や、私立大学への経常費補助金の一般助成分があたる。もう1つは、研究や教育研究プロジェクトなど、特定の目的に配分される経費である。それらは研究者個人や機関が応募し、審査によって採択が決定されるため、競争的資金と呼ばれている。これには科学研究費補助金、過去の21世紀COEや特色GP、2014年のスーパーグローバル創生支援などがある。
かつては基盤的経費が大半を占めていたが、近年では競争的資金が漸次的に伸びている。2001年には競争的資金の割合は、14%であったが、最近では30%を超えている。また将来基盤的経費の一部も、業績評価を反映させ、競争によって配分しようという考えもある。つまり大学への資金配分は、「選択と集中」をキーワードに、基盤的経費から競争的資金にシフトしていると言ってよい。
この資金配分のシフトが、大学の教育研究に、どのような影響を与えているかについては、さまざまな報告がなされている。しかし配分方法の変更が、大学、特に研究の生産性に効果を持つのかは、しばらく時間をおかなければならない。研究成果は短期によってのみ、論文数によってのみ、測定できるものではないからである。
2. 競争的資金への制度作り
アメリカでは日本よりも、競争的研究資金配分が、早くから開始されていた。そこでは研究資金を獲得するため、時として過度の競争が行われ、研究成果のでっち上げ等の研究不正も問題化した。それを防ぐため、1992年アメリカ保健福祉省に研究公正局が設置された。これは、競争的資金配分によってもたらされる弊害の一つであり、そのための新たな制度設置が必要なことを示している。
日本でも競争的資金配分に合ったシステム作りが必要と思われる。資金提供者から、資金が大学に達し、使用されるまでに、大学外と内の双方のさまざまな支援組織作りや、そこでの人材養成システムの開発である。
例えば科学研究費は、長い間ピア・レビューによって、採択が決定されてきた。ピアは、科研費採択のレフリーであり、申請されている研究と同じまたは、それに近い研究分野の研究者で構成される。レフリーは、申請書を評価する上での心得は示されるが、系統だった訓練、研修は行われない。今後分野融合的研究も増えると予想される。現行のレフリーシステムでいいとは言い切れない。
研究費がより効果的効率的に使用されるには、ファンディング機関に、競争的資金マネジメントにかかわる専門的人材を抱える組織が必要である。すなわちプログラム・ディレクター(PD)やプログラム・オフィサー(PF)など、研究ファンドを効果的に配分し、将来性のある研究を発掘するセレンディピティー、目利きの役割を担う人材である。これらの人材はこれまでの専門にとらわれないで、現在の研究状況を鳥瞰でき、将来有望な研究分野を予測できる人材である。
一方大学では、さまざまな組織・機関から提供される競争的資金情報を収集し、資金を獲得管理し、評価を受け、研究成果を効果的に発信する人材確保・養成や組織整備が必要である。それらにはユニバーシティ・リサーチ・アドミニストレター(URA)やインスティテューショナル・リサーチ(IR)センターが含まれる。また大学評価室、FD・SDセンター、大学広報、国際協力センター、等の組織や人材の充実が課題となる。さらに産学連携研究資金、寄付金など政府以外の外部資金の獲得にも、大学は努力を強いられている。
このように資金配分は、基盤的経費から競争的資金にシフトした。資金配分方法の変動は、ファンディング機関の役割や組織の在り方、大学の教育研究業務遂行、大学組織の変容、ガバナンス等に影響を与える。しかし大学によっては、学内組織が従前の文部科学省からの予算配賦を前提にした組織で対応しているところもある。
国立大学財務・経営センターでは、法人化前後に、国立大学の管理者を対象にして、数々のアンケート調査を行ってきた。その調査結果を見ると、法人化制度や競争的資金配分の増加に、国立大学、特に小規模大学、地方国立大学の不満が多いことがわかる。この不満は、資金配分方法の変更に伴う学内組織変革が、進んでいないのが一因と考えられる。
3. 経常費と施設設備費
大学へ配分される競争的教育研究資金は、ほとんどが期限付きである。時期が来たから終了する研究はない。そのため資金を配分された大学は、期限が切れた後に、教育研究プロジェクトの継続に頭を悩ませることになる。特にプロジェクトのために雇用した人材、新たに用意した施設を資金が切れた後、どのように扱うかは難しい。大学全体の研究費の額が大きい大規模研究大学では、これらの人材、施設を既存組織に吸収させることが可能である。しかし小規模大学では、この点でも不利である。地方国立大学の基盤経費削減への不満の原因は、ここにも見つけられよう。
競争的資金を提供された教育研究プロジェクトの中間、事後評価も行われている。それによって競争的資金配分の問題も顕在化してきた。私立大学では学生募集のため、学部改組再編が積極的に行われている。しかし教育改革プロジェクト経費を獲得しても、改組によって、当該プロジェクトの継続に支障をきたし、経費が有効に使われていない例も見受けられる。反対に資金獲得したプロジェクト遂行が足かせとなって、組織改革が遅れることもあり得る。
ところで国立大学への公的な基盤経費配分は、運営費交付金と施設整備費補助金との二本立てで行われる。運営費交付金は、法人化後毎年減額されているが、毎年ある程度配分額は予測できる。しかし施設整備費はそうではない。補正予算で思わぬ増額がある年がある一方、配賦されるかどうかは予測が困難である。経常費、人件費、施設設備費の適正配分が、どのように決定すべきか課題はある。
かつてアメリカでは、2000年頃の好況時に、連邦政府研究費が増額された。しかし研究施設が不足し、研究用経常費があるにもかかわらず施設不足により、研究に支障が出て、問題となったことがある。そこで経常費を施設費にも使用可能とした臨時措置がなされたが、研究成果を最大化するための経常費、人件費、施設費の適正配分の研究も必要である。
国立大学は2004年の法人化以後、経常費予算が使用されなかった場合、翌年度以降に使用できるよう、目的積立金制度が導入された。この制度によって、国立大学の中には人件費および物件費を節約し、留保、積立し、それを後に施設整備に使用している大学もある。これは施設設備費が十分ではない大学の知恵であるが、教育研究に使用される経常費が少なくなっていると考えることができよう。これについても問題がないか十分な検討が必要である。