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アルカディア学報

No.569

出生率と教育関連事項 ―下―

所長  中原 爽(日本私立大学協会常務理事)

 内閣総理大臣を議長として、内閣官房長官、文部科学大臣兼教育再生担当大臣のもとに構成された「教育再生実行会議」は「今後の学制等の在り方について(第5次提言)」を平成26年7月3日に公表した。この提言による“幼児教育の充実、無償教育、義務教育の期間の延長等”についてが記述されている関係の項目を記載する。
 ▽幼児教育の質の向上のため、国は、幼稚園教育要領について、子供の言葉の習得など発達の早期化等を踏まえ、小学校教育との接続を意識した見直しを行う。保育所、認定こども園においても教育の質の向上の観点から見直しを図る。以下略
 ▽幼児教育の機会均等と質の向上、段階的無償化を進めた上で、国は、次の段階の課題として、全ての子供に質の高い幼児教育を無償で保障する観点から、幼稚園、保育所及び認定こども園における5歳児の就学前教育について、設置主体等の多様性も踏まえ、より柔軟な新たな枠組みによる義務教育化を検討する。と提言されている。
 【別表2】に“就学前教育・保育の実施状況、幼稚園及び保育所に通う園児数の公私別割合と幼児教育を無償化する場合3~5歳児の合計所要費用”の概要を記載した。
 この幼児教育の段階的無償化は、2020年までに3~5歳児の完全無償化を目標としているが、年間7800億円の財源が必要となるので、2015年から年収360万円未満世帯の5歳児費用を対象に無償化することが現時点の原案となっている。この5歳児対象においても300億円を要することなので、今後、年末に至って、適切な税制改正、予算編成が必要である。現行制度では、幼稚園から小学校3年までの子どもがいる世帯の第2子が半額、第3子以降は無償、保育所に2人以上の子どもが入所の場合、第2子が半額、第3子以降は無償で、幼稚園、保育所ともに生活保護世帯は無償になっている。
 第1子出生時の母親平均年齢は、2000年=28.0歳から2012年=30.3歳に年齢が増加している(厚生労働白書)。その第1子に関わり、就業女性の第1子出産による退職率は70%である。この退職は、即、母親が出産第1子の乳幼児を直接“生み育てる”期間に対応する。【別表2】のように“幼児教育”の教育対応の趣旨からは、0歳から3歳までは、無償化保障の観点の適応外である。しかし、この0歳から3歳までの期間は、母親が直接関わる子どもの発育成長の最も重要な原点なのである。
 第1子の育児に関わる母親の生活環境の状況が、次の第2子を“生み育てる”ことに多大な影響を及ぼすとみなければならない。前述の「提言」は“国は、幼稚園教育要領について、子どもの言葉の習得など発達の早期化を踏まえ、小学校教育との接続を意識した見直しを行う。”としている。
 乳幼児の市町村検診(市町村福祉課実施)の1歳6カ月検診時の“ことば・言葉”の聞き取り検査では、男女幼児の95~98%が5語以上の単語を話す(単語で語る)ことができる状況を一応、言語発達の指標水準とみて観察している。この“話すこと”の水準から外れた残りの2~5%に含まれる幼児たちの状態が、生理的範囲なのか、病因的範囲なのかの具体の検査が必要となる。
 現代社会における子どもの言葉の習得が前述の「提言」のように早期化しているのは事実であり、0歳から3歳の乳幼児の知育と保護に関わっている母親自体の生活環境の確認と援助が、保育所等の施設を増やすことに加えて、5歳児以降の幼児の知的教育を進めるためにも必要である。【別表2】のように保育所に入所している乳幼児は、0歳児10.2%から3歳児42.6%に増加し、その他に“認定子ども園”に入園している乳幼児もいる。この乳幼児たちは、第2子の立場であったり、母親の就業との関わりから、施設に預けられている一定の時間帯が存在することになるが、この時間帯が長時間に及ぶのも問題であろう。
 1999年にアメリカの全米小児科学会は、TV聴視による言葉と会話の発達遅延の関係を指摘し、2歳未満の幼児のTVやDVD等の聴視を控えることの勧告をした。その後、日本小児科医会(開業医団体)が2004年に同様の勧告を出し、続いて日本小児科学会(大学医師中心の団体)が勧告を出したという経緯がある。
 TV等からの映像に伴う音声を聴くだけでは、家族との“人間”の直接の会話が欠如するため、TV等の音声を言葉の“単語”の習得理解ではなく、単なる“音”として受け取ることになり、言葉としての単語~会話の言語発達の知的能力の取得が遅れて、自閉や病因的範囲の症状を招く危険が生ずることの指摘が勧告の趣旨である。
 以前に文部科学省と厚生労働省は連携して「発達障害者支援法」を2005年に施行した。この法令は、言語発達障害の通常低年齢で発現する知的障害を含んだ包括的概念として定めている。基本的に幼児と家族の触れ合いから始まる言語習得は、保育所等と幼稚園にかかわる“幼児教育要領”の見直し以前の問題と考えられる。
 先般、アルカディア学報513で“教育資金の一括贈与に係る贈与税の非課税措置”が平成13年4月に新設されたことを述べた。具体の内容は、祖父母等が孫等に対して教育費として一括贈与した資金を子、孫ごとに上限1500万円を非課税とする制度で、平成27年12月末までの時限措置であった。現在、信託銀行各行の管理契約にかかわるこの制度活用契約件数は、本年7月末時点で当初2年間で見込まれた5万4000件を上回り、8万件に達し、資金積立は5400億円にのぼっている。内閣府の有識者会議は、年末の税制改正と予算編成に向けて、この制度の時限措置の期間延長、非課税金額の上限の引き上げ、教育以外に体外受精など不妊治療、難産の出産、ベビーシッター、結婚式等々の子育てに関わる現在と未来全般の諸経費の使い道の少子化対策制度拡大を検討するとのことである。一方、平成27年1月に現行相続税の最高税率50%が55%に引き上げられることに加えて、基礎控除も4割縮小と相続税支払い適応の保有資産6000万円超が2000万円減の4000万円超になることにも係り、世代間の教育資金等の非課税贈与が行える人たちについて、片親家庭や低所得者世帯が子育て・育児の経費処理の税制優遇制度も合わせて検討するとしている。
 デフレ経済からの脱却について、“リフレーション施策”(リフレ施策)が実施されたが、リフレ施策は、経済をデフレの対極のインフレにする、適度で安定したインフレ率2%に移行させる施策で、円通貨供給量を増やす量的金融緩和のデフレ脱却施策が実施されたが、まだデフレ脱却は達成されていない。デフレ脱却は、基本的に少子化から脱却するための施策であることとして、その脱却に至る進捗を見守らなければならないと考える。