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アルカディア学報

No.566

学生調査研究の新たな展開
教学マネジメントなどへの活用に期待

研究員  山田 礼子(同志社大学社会学部教授・教育支援機構副機構長)

 この度、著者をはじめ研究グループが過去10年にわたって科学研究費補助金研究(以下、科研)として開発を続けてきた学生調査の研究成果を事業化した。
 新しい事業は、ジェイ・サープ(JSAAP:Joint Student Achievement Assessing Project)という名称で、2015年から新たに開始する新入生調査(JFS)と上級生調査(JCSS)から成る複数大学共通型の大学生調査である。
 事業のベースになった科研は、当初は、日本における学生調査による大学のアウトカム・アセスメントの実現を目指し、「日本版大学生調査研究プログラム(Japanese Cooperative Institutional Research Program:JCIRP)」を立ち上げ、教育効果・学修成果を分析するための情緒的側面を重視した学生調査を開発するとともに、複数の機関で学生調査を継続的に実施し、機関間で比較可能なデータを長期的に収集してきた。JCIRP時代の学生調査は、日本版新入生調査(JFS)、日本版大学生調査(JCSS)、短期大学生調査(JJCSS)の3種類からなりたっている。
 調査票の開発にあたっては、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(University of California、Los Angeles:UCLA)の高等教育研究所(Higher Education Research Institute:HERI)の許諾を得て、HERIが開発した代表的な全米規模のアセスメントである「大学生調査(College Student Survey:CSS)」、「新入生調査(CIRP Freshman Survey:CFS)」を基に、日本の大学生の実態を反映して独自に改良をおこなってきた。
 これまでの研究成果については、ジェイ・サープ研究グループメンバー(沖、森、杉谷、木村、西郡、井ノ上、堺、山田)と科研に参加した国内外の研究者が、日本高等教育学会、日本教育社会学会、アメリカ機関研究学会(Association for Institutional Research:AIR)等の学会で発表し、論文、図書、報告書として刊行してきた。それとともに、国際シンポジウム、国際ラウンドテーブルの開催にも取り組んできた。その成果の一部は山田礼子編著『大学教育を科学する―学生の教育評価の国際比較』(2009年、東信堂)などにまとめ、広く活用されているだけでなく、『日本の大学改革:OECD高等教育政策レビュー:日本』(2009年、東信堂)においても、JCIRPによる大学生調査への期待に言及されるなど、国際的にもJCIRPの活動は認知されてきた。アルカディア学報においても、過去複数のメンバーが研究成果の一部を発表している。
 特に近年は、①日本での継続的な大規模データ構築から標準的学生調査を根付かせ、国際展開の基盤を形成する、②データベース(以下DB)の構築を行うといった目標を掲げ、研究を推進してきた。その研究成果は次のようにまとめられる。第一に、KCSS(韓国版大学生調査)を24年にはじめて韓国の共同研究者を中心に実施し(参加者数約6000人)、日韓のデータを結合させて分析することができた。これにより、韓国では学生の自主的な学内外での活動が学習成果に結びつき、日本では教員の学生への関わりが学習成果に影響を与えているというカレッジ・インパクトの差異が知見として得られた。
 平成25年にはUCLA、HERIデータの供与を受け、日米韓のデータを結合させる3地点での国際比較分析が可能になるなどようやくグローバル化に対応した学生調査研究への基盤も形成することができた。
 日本国内では、平成25年10月の時点で、延べ866大学・短大から約13万人が新入生調査(JFS)、大学生調査(JCSS)と短期大学生調査(JJCSS)に参加するなど、標準的調査として浸透してきたことも成果としてあげられるだろう。
 短期大学生調査については、当初はJCIRPの一部として短期大学基準協会との連携により実施していたが、2014年からは質問項目を短期大学の実情に即して大幅に見直し、研究としてはJSAAPの研究会と連携しつつ、短期大学基準協会の事業として新たに運営されるなど、こちらも事業化という当初の目標をクリアした次第である。
 事業化にあたってのはずみには、第2の研究成果の貢献が大きい。本研究で実践してきた学生調査の調査票に学生が記入した調査データを当初は表計算ソフトウェア等を使用して手作業で集計し各参加機関へ統計データとして返却していたが、そういった作業を自動的に集計できるようにして、参加機関が早く調査結果を閲覧できるようにするシステムを開発することとした。
 「JCIRP DB」と名付けたこのシステム(今後は「JSAAP・DB」という名称へ変更予定)は、単年度の調査結果だけでなく、複数年度の調査結果の比較分析にも対応し、参加機関での年次変化を直感的に確認できることを目指したものである。各参加機関に統計の専門的知識を持った人材が居ないという場合でも、簡単な集計結果と年度比較などが直感的に行え、統計の専門的知識があるユーザには、さらに分析できるように分析用の素データを提供できるシステムで、統計的な知識の有無に合わせてそれぞれに読み取りやすいデータを提供できるシステムを目指して構築した。JCIRP DBはインターネットからアクセスできるようにすることで、各参加機関にて必要な時に必要な情報を閲覧したり、分析したりできるようにした。
 こうして蓄積したノウハウをもとに、2014年度より新たにLLPジェイ・サープ研究会を立ち上げ、学術的な裏付けのある学生調査を、継続して行うことにした次第である。
 それぞれの調査票は、高校時代の経験、学生の大学での経験、満足度、獲得したスキルや能力、学生の様々な活動時間の把握、キャリア意識等の項目から構成されており、自大学の学生の全体像が把握できるようになっている。質問項目は、学生の成長に関する理論的研究をベースに作成されているため、信頼性も高いと考えている。この2つの学生調査(JFSとJCSS)の両方あるいはいずれかに参加することを通じて、参加大学の学生に関する詳細なデータが得られるとともに、参加大学全体の学生のデータとの比較も可能である。なお、これらのデータはデータベースを通じて参照することができ、特別な統計技術を必要とすることなく、グラフを通じて、自大学の学生の全体像、大学全体との相対的な比較等を可視化された情報を得ることができる。
 さて、大学における、より良い教学マネジメントにはデータに基づく意思決定が欠かせない。近年、日本の高等教育界においてもIR(インスティチューショナル・リサーチ)への関心が高まってきている。その背景には、データにもとづく客観的な評価を大学が行い、それらを教学マネジメントあるいは大学経営に活用していくことが求められるようになってきていることがある。教学マネジメントに用いうるデータのなかでも主要な一翼を担う学生に関するデータを収集するツールが学生調査である。JSAAPの2種類の学生調査は、 ①大学教育改革のために役立つ、 ②入学志願のマーケティングに役立つ、 ③アクレディテーション対策として役立つ、 ④ベンチマークとして役立つ、 といったメリットを持っていることから、大学ガバナンスの支援ツールとしても有効であるといえよう。
 JSAAP調査に参加することで、大学の個別性を超えた共通指標やベンチマーク手法を用いることで、より多くの大学に共通の学習成果の獲得を目指しながら、同時に、各大学がそれにもとづき自己の大学の教育の向上に努めることが可能になると期待している。