アルカディア学報
企業の大卒人材への要請
3つの位相からの考察
企業の大卒人材への要請を大学はどう捉えたらいいのか。一昨年の中教審答申でも、産業界の期待と大学の取り組みの隔たりが指摘されたところである。本稿では、企業の大卒人材への要請について実態調査や文献研究を基に、経済団体等から表出されるレベル、企業調査の分析から確認されるレベル、そして、暗黙の前提であって語られないレベルの3つの位相から考えてみたい。
経済団体からの提言:「即戦力」ではない
飯吉(2008)は、戦後設立された経済団体のこれまでの教育に関する提言を分析しているが、その数は200近くに達しているという。大まかな流れを紹介すると、1950年代~1960年代後半は技術革新の時代で、理工系人材への要求や専門教育を重視する提言が主だった。1960年代末から1970年代後半にかけては日本型雇用の完成期で、職能給が浸透し企業内教育訓練の充実が図られた。高等教育が大衆化段階に入るなかで、企業側が求めたのは、多様化した大学に対して教育の質の向上であった。1980年前後から1990年代前半にかけては、Japan as No.1の時代といえるが、国際摩擦が強まり「基礎研究ただ乗り」の批判を受け、また、重厚長大産業からの転換が進んだ。こうした状況の下、大学に対しては、創造性の育成や個性の伸張、教養(人間性・倫理性、専門基礎、幅広い知識)重視の教育が求められた。
バブル崩壊から現在まで、提言は頻繁に発せられるようになるとともに、詳細で具体的なものに、また積極的になった。長期不況、知識基盤社会化、そしてグローバル化の進展の中での個人のフロントプレーヤー化が進んでいることが背景にある。行動力やその基盤としての広義の「教養」が求められる。発揮される力につながる「教養」である。自発的知識拡張性や基礎的汎用力への要請と言い換え得る。
「即戦力」を求める提言はほとんどない。ただし、これらの経済団体の提言は、多くが大企業の視点に立ったものである。
企業調査の分析から:中小企業の期待
中小企業を含めた企業からの人材需要は、企業調査に基づいた報告書の類から知ることができる。最近の大規模調査として、JILPT(2013a)を引用する。従業員30人以上の企業2万社を対象にし、13.9%の有効回収を得たものである。
下図は、その中で若年正社員採用に際して重視するのは、即戦力かポテンシャルかを問うた結果である。「これまで」の採用において、500人以上規模ではやはりポテンシャル重視だが、300人未満企業では、規模が小さいほど即戦力重視である。しかし、「今後」を問えば、30人以上規模の企業までポテンシャル重視だという。中小規模でもできれば内部養成したいのだという結論は、目新しいものではない。「新卒採用・内部養成」の生え抜き人材は日本型雇用の基本的人材モデルである。
また、この調査では、理解力や行動力、創造性など22の能力・資質を挙げて、ここから採用において近年重視度が高まった要素を抽出している。最も重視度が高まったのは、「コミュニケーション能力」であった。このコミュニケーション能力も目新しいものでなく、しばらく前から頻繁に企業が指摘する能力要素である。
暗黙の前提:日本型雇用からの要請
最後に取り上げるのは、ベトナムにおいて日系企業が同国の大卒者の採用・育成においてどのような行動をとっているかについてのヒアリング調査結果である。歴史や文化が全く異なる地で大卒採用をするとき、改めて日本企業が大学生・大学に求めるものが浮き彫りになるのではないかという狙いを持った調査である。
ヒアリング企業は大企業から中堅企業までの三社だが、いずれもベトナムにおいても即戦力採用はしていない。A社がみるのは、基礎知識と勤務態度、すなわち「遅刻、早退しないか、団体行動になじむか」である。また、B社は採用後研修で、日本では行っていない社会人基礎講座を用意する。「時間を守ること、ルールを守ることなどの社会人としての最低のマナー」教育である。C社でも、「大卒の人でもなかなか実践能力がないのに加えて、チームワークとか、マナーとか、そういうのができていない」と、研修に合唱を取り入れる。現地の大学とのジョイントで、日本語教育の一環に、プロジェクト型学習で学生に共同作業を行わせるプログラムを取り入れているのも狙いは共通だ。
チームワークへの不足感が強い背景には、日系企業の仕事の進め方がある。チームで相互の仕事の進み具合を確認したり、途中での摺合せを図ったりという仕事の仕方である。ジョブがはっきり定義され、他の人の職分を侵すことを嫌う雇用の在り方とは異なる側面がある。その「摺合せ」は日本企業の強みでもあるが、それには深いコミュニケーションが欠かせない。
日本での採用場面での企業からのコミュニケーション能力の要請は、日本企業の仕事の仕方が特に高いそれを求めるからであり、また一方で、日本の若者の育ち方が変化してきたからであろう。ベトナムの学生ほどの異文化性はないものの、当然視してきた、組織で仕事をしていくための基本としての対人能力や行動様式に違和感を持つ場面が増えたのだろう。
日本型雇用における採用と育成、深いコミュニケーションを要求する仕事の進め方は、その限界が指摘されてもいるが、今のところ多くの企業で支持されている。それぞれの大学で立ち位置は違うので、地元企業からの即戦力要請に応えることが必要な場合があろうが、少し奥の、チームで仕事をするうえでのコミュニケーションに育成の照準を置くことも一つの有力な選択肢ではないかと考える。
【文献】飯吉弘子(2008)『戦後日本産業会の大学教育要求―経済団体の教育言説と現代の教養論』(東信堂).JILPT(2013a)『変化の中での企業経営と人材のあり方に関する調査結果:事業展開の変化に伴い、企業における人材の採用・活用、育成戦略は今、どう変わろうとしているのか』.JILPT(2013ab)『ベトナムにおける工学系学生の職業への移行と産学連携に関する調査研究』.