アルカディア学報
韓国私大の活力―大学評価とその取り組みに見る(上)
はじめに
最近、韓国の主要大学を数校訪ねる機会があった。昨年(2000年)1年間、筆者はソウル大学で客員教授を務めていたので、6ヶ月ぶりの韓国訪問であったが、わずか半年の間に大学の施設・設備が見違えるように改善されているのに驚いた。訳を聞いてみると、それは大学評価のあり方と関係しているという。近年の大学評価(特に教育人的資源部による評価)は財源配分とリンクしている場合が多いので、大学執行部の評価事業にかける意気込みは相当なものである。高い評価を得るには、まずは評価者(訪問調査者)の第一印象を良くする必要がある。そのためには目に見える全学的施設・設備(図書館、食堂、購買部、トイレ等)から手をつけるのが手っ取り早い。しかも施設・設備の改善は、教育・研究システムの改革などと違って教授団からの抵抗も少ないので、大学執行部としては取り組みやすい。ただ施設・設備の改善には資金が必要である。そこで各大学がもっとも熱心に取り組んでいるのが「大学発展基金」の規模拡大、すなわち外部資金の積極的導入である。
もう一つ韓国の大学が力を入れているのは大学の広報活動(韓国では「弘報活動」)である。各大学には必ず広報部が設置されており、チーム長のもとに数人の職員が大学の顔としてテキパキと仕事をこなしているのが印象的である。最近ではインターネット等のハイテク・メディアを駆使した広報に加え、ラジオ放送によって直接受験生や両親に語りかける方法が見直されているという。そういえば最近タクシーに乗ると、大学広報のラジオ放送をよく耳にする。その際必ずといってよいほど、「わが大学の○○学科は、全国○○位である」と大学のランキングが宣伝に使われているのは、韓国ならではである。
1.大学評価の枠組み
韓国の大学評価は、大別すると3種類ある。第1は大学連合体(4年制大学の場合「韓国大学教育協議会」、2‐3年制大学の場合「韓国専門大学教育協議会」)が行なう適格認定評価(いわゆるアクレディテーション)であり、第2は政府(教育人的資源部・高等教育支援局)が財源配分とリンクした形で行なっている評価事業である。第3の形態として近年注目されているのが、マスメディア(新聞社および雑誌)による大学評価がある。これら3者とは若干性格を異にするが、大学執行部が大学改革のブルー・プリントを作るための参考にするために大学外部の民間シンクタンクに依頼して行なう外部評価がある。以下、それぞれの特色について簡単に説明を加えておこう。
(1)韓国大学教育協議会(略称「大教協」)の評価事業
これまで韓国の大学評価をリードしてきたのは、なんと言っても大学教育協議会(略称「大教協」)である。大教協は、4年制の国・公・私立大学のすべてが会員となっている大学連合体(特殊法人)であり、1982年の創設以来、約20年間、一貫して大学評価事業に取り組んできた実績を有している。もともと「大教協」設立に中心的役割を果たしたのは私立大学関係者であった。1970年代の後半、韓国高等教育のマス化に対応した「実験大学」という名の大学改革に取り組んだのはソウルの有力私学であったが、その中心メンバーと教育部出身の与党議員が推進役となり、議員立法で「大教協」(特殊法人)を創設したのである。その後、国・公立大学も巻き込み、アジア諸国でもっとも体系的で優れた評価体制を構築してきたといえる。
創設直後から始まった大学評価事業は、10年間(1982-1993)にわたる膨大な試行研究の後、1994年に「大学総合評価認定制」(以下、「評価認定制」)をスタートさせ、昨年その第1段階(1994-2000)を終えたところである。そもそもこの評価認定制は、大学の教育・研究活動が一定水準を満たしているかどうかを認定することを通じて、その水準の維持・向上を図ることを目的にしており、アメリカのアクレディテーション・システムをモデルに構想されたものである。したがって評価結果は「認定」、「非認定」、「条件付認定」のいずれかを公表するのみであり、大学ランキングを公表することはしない。また、これまでのところ大教協の評価結果を財政当局(政府:教育人的資源部)が財政支援目的に使用することに否定的な態度をとっている。大教協の行なう大学評価は、あくまでも大学連合体の自立的な大学の水準維持・向上のために行なわれるものであるとの立場を崩していない。
これまでのところ、評価は、①教育、②研究、③社会奉仕、④教授、⑤施設・設備、⑥財政・経営の6領域(100項目)について行なわれている。定量的評価が主体となっているが、これに定性的評価を組み合わせた評価法が長年の試行過程を経て定着している。評価の手続・評価項目の詳細は、『大学総合評価便覧』(2001年版、191頁)に掲載されている。過去7年間、準備のできた大学から「評価」を申請し、2000年(第1段階の最終年)時点で、加盟171大学のすべての大学が申請を終わり、すべての大学が「認定」を受けた。
ところがこのような「評価認定制」に対しては、第2期(2001-2007)が始まろうとしている現在、次のような問題点が各方面から指摘されている。
その第1は、評価を申請した大学のすべてが「認定」を受けたことについてである。もともと韓国の大学は序列化が深刻であると言われてきたにもかかわらず、すべての4年制大学が「認定」を受けたことになると、そもそも認定の基準が低すぎるのではないかという疑問である。第2は、「認定」の内容(各項目の評価の具体的評点)が公表されていないので(各大学には通知されている)、各大学の改革へのインセンティブになりにくいのではないか。特に、同一時期に全大学を対象に評価を行ない、何らかの「等級化」(一種のランキング)をしないと、効果が薄いのではないかという意見が出始めている。第3の問題点としては、評価の手続きにかかわることであるが、現行の7年周期では期間が長すぎて緊張感に欠け、国際競争に対応できないのではないか。また、評価項目があまりにも細分化されているため、評価を申請するに当たって各大学は自己評価報告書(韓国では「自体評価報告書」)の作成に手間がかかりすぎ、大学人として本来の仕事(教育・研究)ができなくなっているのではないかという疑問である。第4に、これほど労力をかけて行なっているにもかかわらず、その結果の活用が不十分であり、教育部(2001年から教育人的資源部に改称)が大教協の評価結果のうち活用しているのは、「入学定員」の策定項目だけだともいわれている。(ちなみに、大教協の評価結果は、教育人的資源部に報告を義務づけられている。)また、各大学も「認定」を受けた後は、評価結果を自己改革に必ずしも生かしているとはいえない、また、それを促進する制度的枠組みがこの評価認定制の中に組み込まれていない、等々である。
これに対して大教協側は、過去7年間、各大学は評価(認定)を受けるために、施設・設備への多額の投資や新規採用人事、さらにはカリキュラム改革など、多くの自己改革努力を重ねてきており、評価認定制は大学の自己改革を促してきていると反論している。また教育人的資源部に対しては、教育部が独自に行なうよりも大教協の評価の結果を信頼して、それを活用すべきであると当局に注文をつけている。その上で、「等級化」については、大教協が評価認定制と同時並行して行なっている「学科別評価」においてすでに実施中であり、今後この両面を強化していくと主張している。
事実、1999年に行なわれた学科別評価(建築学、法学)では、総合結果(最優秀、優秀、普通、改善要求)を大学の実名で公表すると同時に、各評価項目(例:教育内容・方法、教授・研究、教育条件・財務状況、教育目標と成果)別に優秀大学名を公表している。例えば、建築学の場合、最優秀大学は67大学のうちソウル大学、蔚山大学、漢陽大学(本校)、漢陽大学(安山キャンパス)の4校、法学の場合は79大学のうち11大学(慶煕大学、高麗大学、国民大学、東亜大学、ソウル大学、成均館大学、延世大学、嶺南大学、梨花女子大学、中央大学、漢陽大学)が最優秀校に選ばれている。また「改善要求」が出された大学も、それぞれの分野で各4大学が実名で公表されている。
ここで注目すべきは、優秀校のほとんどは、ソウル大学を除いてすべて私立大学であるという点である。韓国では、もともとソウルの有力私学が大学ランキングのトップテンを独占する傾向にあったが、評価事業を通じてますますその傾向は強まっているといえる。
いずれにしても大教協は、自らが作り出した「評価認定制」を維持しながら、学科別評価の面で「等級化」を取り入れ、各大学の競争力をつけていく戦略をとりつつあるといえる。
(つづく)