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アルカディア学報

No.557

私立大学におけるIRの現在

研究員  沖 清豪(早稲田大学文学学術院教授)

 大学改革の一手段としてIR(インスティテューショナル・リサーチ)が注目されて以来、ほぼ10年が経過した。近年では、アメリカ型の大規模学生調査に基づく大学間比較(JCIRP)や教学IRと呼ばれる教育改革が進められ、改革を志向する大学間で優れた事例が共有されている。データに基づく政策立案が求められている現在、IRの実践、あるいはその前提としてのデータの適切な収集と有効な分析・活用についても、さらに重要性が増している。
 一方で、IRのための部局を新設し、あるいはそのための人材を新たに採用することは、多くの私立大学では現実的とはいいがたい状況にある。
 このことは、2008年に筆者らが早稲田大学教育総合研究所のプロジェクトとして実施した私立大学IR調査ですでに明らかであった。単にIRに専従する部局・人員を配置することを目的とするよりも、IRの機能を学内に分散させる形であれ配置・活用し、当該機関が抱えている課題を改善することが私立大学にとって現実的な課題となっているのである。
 では教育の質保証が強く謳われている現在において、私立大学のIR実施体制や状況はどのようになっているのか。この点を明らかにするために、私学高等教育研究所による調査プロジェクトの一環として、2013年夏にアンケート調査を実施した。本稿ではその結果の概要を紹介する。
 なお本調査は2013年7月から8月にかけて国内全私立大学の理事長を対象とした郵送アンケートとして実施された。発送数は614件、有効回答数は206件で回収率は33.6%であり、以下の結果が私立大学全体の精密な描写とは限らないことを前もってお断りする。

IR組織の設置は促進
 今回の調査でIRを担当する組織の設置状況を確認したところ、全学レベルでIR担当組織を設定しているのが15.6%、部局単位では14.6%、合計で30.2%が設置しているとしている。また現状では未設置だが、設置を予定しているという回答が22.9%に達した。一方現在未設置で今後も設置の予定がないという回答も48.8%と半数近くとなっている。
 質問形式や回収率は若干異なるものの、2008年調査ではIR組織を設置しているという回答が14.1%、設置予定が9.6%、設置の予定なしという回答が76.3%となっていた。設置済み、設置予定とも5年でほぼ割合が倍増しており、IR組織の必要性とそれを踏まえた私立大学内での対応策の転換を示す結果となっている。一方で半数近くの私立大学ではIR組織を単独で設置することが依然として困難であるとされている点も無視できない。
 ではIR組織を設置している大学においてその活動を肯定的に評価している割合はどの程度であろうか。これも2008年調査での結果とあわせて確認すると、「データの提供」については72.7%から90.4%へ、「データの分析」については50.0%から77.4%へ、「改善策の提案」については45.4%から69.4%へと、いずれも5年間で顕著に上昇している。設置大学も増加し、各大学内でのIR組織の活動が焦点化され、学内で有効な成果を上げてきていることが示唆されている。

IR組織の役割は限定的
 では実際にIR組織にはどのような活動がどの程度期待されているのであろうか。特に大学改善に資する一連の課題に対する情報収集、分析については、従来から教学組織内で種々の役割分担がなされてきたはずであり、従来の役割を越えてIR組織にどのような活動が期待されているのかを明らかにすることは、IR組織の今後の活動領域を検討する上でも重要であろう。
 図1は従来からアメリカで実施されてきたIRの諸活動別に、担当部局とその中でのIR組織の位置づけを尋ねた結果をまとめたものである。IR組織という類型は「IR組織のみで担当」「IR組織を中心としつつ、他の部局も協力」「他の部局を中心としつつ、IR組織も協力」という回答を合算したもので、最も多い「認証評価への対応」でも25.7%に留まっており、かつIR組織のみで活動が行われているという回答は最大でも3.0%に留まっている。この結果からは、多くの私立大学においてIR組織は他の活動の支援的な役割に留まっていることが示唆される。
 なお、エンロールメント・マネジメント、学生のアウトカムに関する調査、学生の学業到達度調査、卒業生に関する調査分析、教職員の仕事量に関する調査は、部局を問わず「未実施」と回答している大学がほぼ2割以上となっており、日本における改善活動の偏りを示している。

IRの活用領域は広範
 では大学改善のための諸活動において、機能としてのIRはどの程度活用されているのであろうか。図2は活用度合いを4段階で回答してもらった結果である。
 認証評価や自己点検・評価、あるいは学生募集改善や授業評価改善のために多くの私立大学においてIRが活用されていることが示されている。注目されるのが「学生支援改善」で、「大いに活用」という回答は13.5%と高いとは言えないのに対して、「多少活用」という回答が60.6%に達している。留年・中退問題の深刻化やキャリア支援の充実のように、大学に求められる学生支援のあり方について転換が求められる中で、学生支援実践の評価・検証を含めマクロなデータの活用が必要となっているようである。
 一方でいわゆる3つのポリシー立案や卒業生の実態把握についてはIRを活用している大学は多くはない。特にアルムナイ・リサーチと呼ばれる卒業生の現状把握については今後どのようにIR活動に組み込まれていくのか、注目される。

他の知見
 以上、単純集計の概要を紹介した。学生定員数の規模別で回答大学を類型化してクロス集計をした結果をみると、大規模大学ほどIR活動の必要性を認め、広範な領域でIRを積極的に活用していること、一方で小規模大学のグループでは2割程度がIRについてあまり、ないし全く知らないと回答している。一方で、データの提供、分析、改善案の提案についての貢献度合いや、図1で示したIR部局と学内他の組織との協働の状況については、大学規模別での回答傾向の違いはほぼ見られないといった知見も得られている。
 こうした類型による違いを含め、より詳細な分析結果については私学高等教育研究所の研究会や出版物を通じて関係各位に提供していく予定である。最後に、ご多忙のところ本調査にご協力いただいた関係各位に深く御礼申し上げる。