アルカディア学報
学生はなぜ講義型授業を好むか
大学の教育力の向上とともに、学生の能動的な学修活動を求める機運が、ここ数年高まっている。学生の能動的な学修を取り入れる「アクティブ・ラーニング」という言葉も広まり、様々な取り組みが紹介されている。こうした教授・学習法レベルの改善が進むことは望ましく、毛頭異論の余地はない。しかし、ともすると個別の卓越した授業実践例を賛辞するあまり、学生の学修活動の総体を見過ごしかねない面があるのではないか。
筆者が調査企画・分析メンバーとして携った「第二回大学生の学習・生活実態調査」(Benesse教育研究開発センター、2012年11月実施)によれば、大学生の経験からみても、実際、「アクティブ・ラーニング」に該当する授業は増加していることがわかる。授業経験が「よくあった」「ある程度あった」という回答の合計は、第1回調査(2008年)に比べ、「グループワークなどの協同作業をする授業」(53.3%59.1%)、「プレゼンテーションの機会を取り入れた授業」(51.0%57.6%)、「ディスカッションの機会を取り入れた授業」(46.7%54.2%)と、約6割に上り、また、「教室外で体験的な活動や実習を行う授業」(32.4%39.1%)も約4割を占める。
こうした授業の変化は、授業外学修時間にも影響してか、1週間の授業の予復習や課題をやる時間が「3~5時間」以上(26.6%33.3%)、大学の授業以外の自主的な勉強が「3~5時間」以上(19.2%23.4%)と、学修時間は長くなっている。ただし、増えたとはいえ、約3分の2の学生は予復習「1~2時間」以下、約4分の3の学生は自主的な勉強「1~2時間」以下でしかない。両者の相関は非常に高く、いずれも「1~2時間」以下しか行っていない学生は56.4%に上る。これらが一週間あたりの時間であることを考えると、やはり学生の授業外学修は少ないと言わざるをえない。
これに加えて、学生の学修への取り組みにも注意したい。「アクティブ・ラーニング」型の授業が増えるのにともない、学生の取り組みにおいて、「グループワークやディスカッションで自分の意見を言う」(「とてもあてはまる」+「まああてはまる」の合計、46.8%51.5%)、「グループワークやディスカッションでは、積極的に貢献する」(41.6%46.0%)など、ディスカッション関係の項目は確かに増加している。その一方で、「自分の意思で継続的に勉強する」(55.6%58.2%)は微増したものの、「授業で興味をもったことについて自主的に勉強する」(61.7%60.2%)、「授業とは関係なく、興味をもったことについて自主的に勉強する」(61.9%57.9%)はほぼ変わらないか、減少しているといってよい。特に、これらの項目では、「とてもあてはまる」という回答が15%程度であり、積極的に自主的に学ぶ学生は現状限られている。
さらに、二項対立の選択肢から択一する設問形式で、学生の大学教育に対する志向性を尋ねたところ、72.0%の学生が、「大学では、答えのない問題について、自分なりの解を探求する学びが重要だ」(⇔「大学では、既にある学問の知識について、体系的に修得する学びが重要だ」)と考えていることが明らかになった。ところが、多くの学生の本音としては、83.3%が「教員が知識・技術を教える講義形式の授業が多いほうがよい」(⇔「学生が自分で調べて発表する演習形式の授業が多いほうがよい」)、75.1%が「応用・発展的内容は少ないが、基礎・基本が中心の授業がよい」(⇔「基礎・基本は少ないが、応用・発展的内容が中心の授業がよい」)、70.2%が「出席や平常点を重視して成績評価をする授業がよい」(⇔「定期試験や論文・レポートなどを重視して成績評価をする授業がよい」)と思っている。また、「あまり興味がなくても、単位を楽にとれる授業がよい」(⇔「単位をとるのが難しくても、自分の興味のある授業がよい」)という学生も54.8%を占め、第1回調査から5.9ポイント増加した。要するに、学生たちは講義中心で、あまり難易度の高くない、平常点を重視した、できるだけ負荷の少ない授業を好んでいるのである。ちなみに、総じて、負荷の高い授業を好む学生のほうが授業外学修時間、とりわけ授業以外の自主的な勉強時間では長い傾向がみられる。
とはいえ、こうした易きに流れる受け身な姿勢を学生当人の責任にばかり帰することはできない。第2回調査では、学生の学修状況を把握するため、授業外学修のみならず、履修科目数と修得単位数についても尋ねている。想定内のことであったが、履修科目数は学年の上昇に伴い減少し、調査時点の学期中の科目数は、平均して1年生(13.5科目)、2年生12.4科目)、3年生(9.6科目)、4年生(3.9科目)と、4年次が顕著に低い値となっている。4年生のうち約4分の3は、5科目以下しか履修していない。しかも、学部系統別にみても各平均値が9~11科目の範囲に収まり、それほど違いはみられない。前期までの修得総単位数もまた、1年生(21.6単位)、2年生(59.6単位)、3年生(95.0単位)、4年生(120.5単位)と、3年までは40単位弱ずつ順調に増え、4年前期には、大学設置基準上の卒業要件単位数124単位にほぼ達してしまう。
4年生、3年生で履修科目数を抑制するのは、早期化・長期化した就職活動や実習等に備えてのことである。その分、1、2年生では履修負担が重くなり、こうした事態は常態化している。文部科学省によれば、約4分の3の大学がキャップ制(単位の上限設定)を設けているとはいえ、そのぎりぎりまで履修すれば、4年間の大学教育は実質的に3年間に近い形となる。しかし、週に1回を基本とする授業を毎週12~13科目、少ない場合でも10科目も受けているようでは、その教育効果のほどはうかがい知れる。1つ1つの授業に十分な授業外学修を期待できないばかりか、学生は授業をこなすだけで精一杯となり、学期末に集中する試験やレポートもやっつけ仕事にならざるをえない。いわば、学生が個々の授業科目の教育・学修活動を毎回きちんと把握し、それに対応していけるように自己管理するラーニング・マネジメントが困難となる。学生の受け身な姿勢も助長しかねない。同様に、多数の授業科目を担当する教員側も、日常的に教育・研究・社会サービス・管理運営の多様な職務を抱え、ティーチング・マネジメントが困難となる。1科目に割ける準備時間が限られれば、各科目の特性・授業内容・履修者に応じたきめ細かな指導と柔軟な軌道修正が現実にどれほどできるであろうか。アクティブ・ラーニングを取り入れるには、教員もそれ相応の入念な準備が必要なはずである。
学期中1日あたりの学修時間を8時間と算定した中教審答申『新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて』(2012年)では、1単位45時間の学修に基づき、4年間8学期にわたり均等に16単位ずつ修得することを前提に、1週間を6日間で計算している。こうした前提と実態とが、いかに乖離していることか。個々の授業科目内にとどまらず、学生の学修活動の総体を捉えるとともに、履修科目数の適正化や授業内外の学修のバランスを図るなど、大学教育の構造的な問題との調整も忘れてはならないであろう。