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アルカディア学報

No.555

普遍化するMOOCは

客員研究員  飯吉 透(京都大学高等教育研究開発推進センター長・教授)

日米の大学は、MOOCをどう捉えているか  
 前回は、現在京都大学が開講中のMOOCの実践的取り組みを紹介したが、今回は、京都大学高等教育研究開発推進センターが取組主体となり、他大学・機関の研究者・専門家と協力し、平成25年度文部科学省先導的大学改革推進委託事業として行った「高等教育機関等におけるICTの利活用に関する調査研究」の結果報告を概観しつつ、我が国の大学教育改革を進めるにあたって、各高等教育機関や行政が今後何をすべきかについて、考察と提言を試みたい。
 本調査研究の国内調査結果では、日本で平成25年度にMOOCを提供したのは1大学、今年度も数大学が提供を予定しているのに留まっており(注:現時点では、3大学がMOOCを提供中)、今年度以降、3年以内を目途にMOOC提供を予定している機関数についても20と少数であった。一方米国で行われたAllen & Seaman(2014)の調査では、約5%の高等教育機関が「MOOCを現在提供」、約53%が「MOOC提供については検討中あるいは未決定」、また約33%は「MOOCに関する計画が全くない」と回答している。機関種別にみると、学生数が1万5000名を超える大規模機関からのMOOC提供率は約14%と最も高く、研究大学の約20%がMOOCを提供しており、高等教育機関の数において米国が日本の3倍以上であることを考えれば、この差は圧倒的と言える。
 MOOC提供の主な目的については、このように既に数十の大学が数百のMOOCを提供している「MOOC大国」米国の高等教育機関にとって、「機関の可視性の増大」(27.2%)、「学生の募集」(20.0%)、「革新的な教授法」(18.0%)、「フレキシブルな学習機会」(17.2%)等であったのに対し、日本の高等教育機関(大学事務局による回答)では、「多様な教育提供の選択肢の拡大」(60.9%)、「自学の学生の学習環境の向上」(59.8%)、「高等教育機関としての社会貢献」(59.8%)、「教育情報の発信」(53.3%)、「高校生向けの広報」(51.1%)等が上位に挙がっていた。

MOOCは、日本では単なるブームで終わるのか?
 同調査研究報告書の結びでも述べたことだが、国立大学改革プラン、日本再興戦略、教育再生実行会議第三次提言、中央教育審議会答申等で掲げられている「人材・教育システムのグローバル化」、「産業界のニーズに対応した社会人の学び直し機会の拡大」、「国立大学の使命としての教育格差是正のための経済状況や居住地域等に左右されない教育機会の保証」、「大学教育の質保証・向上」、「教育情報の公開」「教育イノベーションの創発」などの重要課題・目標に取り組むにあたり、インターネットやマルチメディア等のICTの教育的利用は、近年の世界的な動向や潮流からみても必要不可欠である。それにも関わらず我が国では、電子黒板、電子教科書、学習管理システム(LMS)などの例を挙げるまでもなく、いまだに多くの高等教育機関において、「ツールの導入・普及」に主眼が置かれ続けている。
 このような我が国の状況を目の当たりにしつつ私が大いに懸念するのは、このような考え方やアプローチを変えない限り、ここ2、3年の間に世界中で急速に台頭し、「高等教育や社会における人材育成に大きなインパクトを与える可能性がある」と目されてるMOOCですら、単に教育的ツールとして興味本位に導入・普及が試みられるだけに留まり、実質的・持続的な定着を見ないままに「一過的な国内ブームで終わる」可能が高いのではないか、ということだ。
 各高等教育機関や行政に強く求められるのは、「ICTを利用した教育支援のためのツールやプラットフォームの導入・普及」を目的とすることではなく、「学生や社会人の学びにおける問題の解決や高等教育の機能的改革・改善」を目的としたプロジェクトや取組の促進と支援であり、そこに「ICTを利用した教育支援のためのツールやプラットフォーム、さらには教育的コンテンツやプロセス」を手段として効果的に介在させ持続させるための創意工夫や仕組みの考案を必要条件として織り込むことであろう。さもなければ、「ICTを利用した教育支援のためのツール、プラットフォーム、教育的コンテンツやプロセス」は、あくまでも「器」や「形」として導入・普及が図られるが、教育の改革や改善のための蓄積的・相乗的・持続的な成果に思うように繋がっていかず、その結果ICTによる教育支援が定着しない、というこれまでの悪循環から脱却することはできない。

示唆に富むフランスにおける取り組み
 MOOCを巡る状況については、米英などの先進的な事例が紹介されることが多いが、日本にとって大いに参考になるのは、フランスにおける取り組みだろう。2012年に新任の高等教育研究大臣によって高等教育におけるデジタル戦略が策定され、2013年10月には「フランスデジタル大学(FUN)」イニシアティブが提唱された。この国家プロジェクトは、デジタル・オンラインツールを活用し、オンライン教育の開発やイノベーティブな教授と学習の推進を行うために、フランスの大学を支援するもので、実行計画には、「最新のICT基盤や効率的な情報システムの構築」、「カリキュラムにおけるデジタル技術の革新的利用」、「電子教材の普及」や「オンライン学位の開発」等が含まれている。このようなプロジェクトが立ち上げられた背景には、フランスの高等教育機関(約250校ある少人数制の高度な専門教育を行うグランゼコール等の高等専門教育機関と約80校ある大学)の僅か3%しかオンライン講義を提供していないことや、学習管理システム(LMS)が導入されても教員の利用率が上がっていない、という日本の高等教育界と似たような状況がある。
 そのため、仏高等教育研究省は、「学部・修士レベルにおける新たなオンライン・カリキュラムの開発の促進」、「学生や社会人、生涯学習を望む全ての人々に対して提供される教育リソースの質向上」、「世界におけるフランスの大学の魅力の増強」を掲げ、MOOCをフランスの大学における広範な改革のための「起爆・活性剤」として重視する政策を打ち出した。高等教育へのアクセスと学生の成功のさらなる改善を図り、デジタル・オンラインツールを利用した教育への転換を大学教員に促すことに重点がおかれ、「MOOC制作トレーニングのためのワークショップの開催等を通じた質の高いFD・SDの提供」、「各大学のMOOC制作用機材・スタジオ施設等の整備のための800万ユーロ(約11億円)の助成」、「デジタル技術を利用した教育改革推進のための教員へのキャリア・インセンティブの提供」などが戦略的に展開されている。
 2013年10月に立ち上げられた同プロジェクトのMOOCプラットフォーム上では、2014年1月からフランスの10の高等教育機関によって25のMOOC講義の配信が始まった(今年九月までには、約50のMOOC講義が配信される予定)。これらのMOOC講義は、歴史、哲学、数学、生物学、テクノロジー、保健衛生、持続的開発、物理、経営、法律などの分野にわたり、幾つかの修士レベルの講義も含まれているが、多くは学部レベルで生涯学習の学習者を対象としている。これらのほとんどはフランス語による講義だが、1つは英語による講義、また4つの講義はフランス語、ドイツ語、英語の3言語によって提供される。129の大学、学校、その他の組織が、MOOC制作者を支援・訓練しており、さらに世界中のフランス語圏の大学との協力・提携も検討されている。
 周知のように、日本にはMOOCやオンライン講義大学を量産できる大学は、ほぼ皆無である。大学教育のグローバル化への対応や教育力強化のためのICTの利用が世界的な動向や潮流からみても不可欠であるにもかかわらず、これらを包括的に支援する機能は、日本の大学において非常に乏しく未発達であり、機能整備に向けた体制作りが急務だ。
 知識基盤社会への移行と共に不安定さを増し激動し続ける世界において、高等教育のグローバル化とオープン化が急速に進む中、21世紀の大学教育における情報コミュニケーション技術(ICT)の利用は、もはやオプショナルな選択肢ではなく、より多様で優れた教育を提供するために必要不可欠となりつつある。言い換えれば、ICTの有効利用は、もはや高等教育を受けようとする者誰もが持つべき権利であると同時に、各高等教育機関・地方自治体・国・地域などが、その支援と促進という点において、果たさなければならない責務だと言っても、過言ではないだろう。よりグローバルなオープン化が進む高等教育に積極的に参入し、実践を通して学び、そこで新たな価値を創造し社会的に還元できなければ、我が国の大学の再生は勿論のこと、国家としての再興と繁栄を図ることは難しい。