加盟大学専用サイト

アルカディア学報

No.547

有期労働契約者への人事政策

上杉 道世(慶應義塾大学信濃町キャンパス事務長)

 近年、大学の教職員における有期雇用契約者の比重が高まるにつれ、その雇用のあり方が話題になることが多い。私は有期雇用契約者への人事政策は今後の大学経営の基本的課題の一つであると考えており、その最近の動向を概観してみたい。
 一、有期労働契約をめぐる最近の動向
 (1)平成24年法改正の状況
 平成24年8月に改正労働契約法が公布され、有期労働契約が5年を超えて反復更新された場合は、労働者の申し込みにより、無期労働契約に転換することとなり、平成25年4月1日から施行された。同日に開始される契約から5年の期間がカウントされたため、各大学ではその周知と必要な学内規則の改正に追われたことは記憶に新しい。
 同改正法施行後、平成25年11月に労働政策研究・研修機構が公表した企業に関する調査によれば、無期転換ルールへの対応の検討状況については、「通算5年を超えないように運用していく」企業が15%、「何らかの形で無期契約にしていく」企業が42%、「対応方針は未定・わからない」企業が39%となっている。大学の検討状況はわからないが、「対応方針が未定・わからない」ままに五年が過ぎればみな無期雇用になってしまうのだし、直前になって「通算5年を超えないよう運用する」のでは混乱のもとである。方針は適切な時期に明確にしていく必要があると考えられる。
 (2)研究者等に関する特例措置
 この改正労働契約法は、労働政策の観点からすべての企業等の労働者を対象とするため、大学を例外扱いすることはできないとの当初の説明であった。しかし、大学等の研究者の間から、有期労働契約の研究者等について、事実上5年が雇用の限度となることは研究の遂行に支障を生じるとの指摘があり、平成25年12月に議員立法により法改正が行なわれ、平成26年4月から施行されることとなった。
 これは、「研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化および研究開発等の効率的推進等に関する法律」の一部改正の中に、労働契約法の特例を盛り込むもので、無期転換のための通算契約期間が5年を越えることが必要とされていることについて、10年を超えることが必要であるとの特例を定めた。その対象となるのは、「科学技術に関する研究者または技術者」および「研究開発等に係る企画立案の業務(専門的な知識および能力を必要とするものに限る)に従事する者」である。後者について法文上は「…企画立案、資金の確保、知的財産の取得および活用、成果の普及、実用化に係る運営および管理にかかる業務」が列挙されており、URAのことである。
 また「大学の教員の任期に関する法律」も合わせて一部改正され、大学の教員等が無期転換するために同じく特例を定め、10年を超えることが必要であるとされた。これにより大学の教員は常勤・非常勤にかかわらず特例の対象となる。
 また、大学に在学している間に有期労働契約を大学と締結した者については、当該大学に在学している期間は、通算契約期間に参入しないこととした。TA、RAの特例である。
 今回の法改正は議員立法であったためか、法解釈の詳細や運用上の留意点などについて説明があまりされていないが、大学現場での運用が混乱せぬよう、省庁と大学団体が協力して丁寧な説明がなされることが望まれる。
 二、人事政策上の課題
 (1)研究プロジェクトに従事する研究者・技術者について
 今回の法改正は、雇用する大学側にも雇用される有期雇用契約の研究者等にも、5年の限度が10年に延びて一安心というところだろう。確かに、近年の公的資金の研究プロジェクトは、大型化長期化するものやいったん終了しても後継の資金が計上されるものなど、五年では短すぎる感があった。
 しかし、無期転換の期間が五年から10年になっても、期間終了に伴い次の職探しが必要であることは変わらない。雇用終了後に適切な職が得られるよう、能力やスキルの向上、業績の達成、就職の情報収集などに配慮する必要がある。10年たってからの職探しは、年齢や技能の固定化などにより、5年後よりも難しくなる恐れもあり、一律に長くなればよいというものではないだろう。
 (2)URAについて
 今回の法改正により、URAが初めて法文上定義され、専門職としての確立に一歩前進したといえる。しかし、今後さらに経験を重ねながら、専門職としての業務と必要なスキルを明確にし、あわせて権限や処遇もその職にふさわしいものにしていく必要がある。
 私は、大学としての研究推進にはチームで取り組む必要があり、経験と知識が豊富な学内の教員と職員を育てつつ、学内の教職員では十分対応できない専門的業務を行なう外部人材すなわちURAを確保する体制を組むべきと考えている。そして現在は有期雇用契約をしているケースが多い実態であるが、本当に継続的に必要な人材ならば専任教職員としての道を開くべきだろう。
 そしてURA本人も、研究者への復帰を希望し続けるのか、URA業務に本気で取り組むのかはっきりする必要がある。URAの専門職としての確立には、この職に誇りと能力を持って長期間従事する集団が形成されることが必要であろう。
 (3)非常勤講師について
 これまで多くの大学の非常勤講師は、更新の限度をはっきりさせないまま雇用されていたと思われる。労働契約法の改正により、新たに更新の限度(例えば10年)を定めるのか、更新の限度を定めずに無期転換を認めるのかの判断を各大学は迫られている。無期転換しても給与等の処遇は従来通りでよいこと、これまで更新を繰り返してきた実績をどう評価するかなど、よく考慮して各大学で判断するべきであろう。
 日本の大学(特に私学)は、明治以来非常勤講師に頼って多様な科目を開設してきた歴史があり、根の深い問題である。しかし、これからの教育の質保証や学生指導体制のあり方を考えると、いつまでもこの状態でいいのか疑問がある。財政問題とも絡むが、専任教員の雇用と働き方の改善が必要であろう。
 (4)基本的な留意点
 最後に、教職員の有期雇用に関する基本的姿勢を確認しておきたい。
 ひとつは、有期雇用のルールを明確にし、きちんと守ることである。ともすると教員の人事管理はルーズになりがちであるが、その結果生じるトラブルの結果は大学が負わなければならない。職員については、専任職員と有期雇用職員の業務の切り分けをできるだけ明確にすることと、専任職員の能力・態度の向上が必要である。
 同時に、有期雇用教職員のモチベーションを向上させ、一体感のある職場づくりが必要である。ルールに基づく相違はあるものの、それ以外はなるべく同一に扱い、職場の重要な構成員として認めていきたい。有期雇用教職員には、多様な職場を経験している人もいて、専任教職員もよい刺激を受けることがある。有期雇用教職員にも、実績を積んでよい経験ができればその後の進路にプラスになる。仕事が進んで双方にプラスになるよい職場づくりをしたいものである。
 以上、有期労働契約者への人事政策の動向について概要を述べたが、国公私立、大学・高校を問わず、もはやこれまでの学校の人事政策は転換点にあることは間違いない。早急に各法人の人事政策方針を策定する必要があるといえよう。