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アルカディア学報

No.543

反転授業の意義  

客員研究員  土持ゲーリー法一(帝京大学高等教育開発センター)

 2012年の経済協力開発機構(OECD)学習到達度調査(PISA)で教育先進国フィンランドが順位を下げたニュースに驚いた。『朝日新聞』(デジタル版)(2013年12月19日付)は「『教える』から『学ぶ』に フィンランドの対策は?」と題して、同国教育政策担当者フィンランド国家教育委員会アウリス・ピトゥカラ委員長のインタビューを掲載した。同委員長は、PISAで順位を下げた原因および反省点を、「子どもの忍耐力、集中力、やる気がなくなってきている。すぐに結果の分かる、スマートフォンなどの情報端末の普及が一因ではないか。一方で、こうした情報通信技術(ICT)の導入に先生は否定的なことが多い。これだけ広がったICTを排除するのではなく、学びの場でよりよく使う方法を考えるべきだ」と、子どもたちの主体的な学びを促すICTの活用が不可欠との認識を示した。そして、今後の対策として「『先生が教える』から、『生徒が学ぶ』という文化に変えることだ。そういう観点で、小中高校のカリキュラムを変更する。教育でのよりよいICTの活用も盛り込む。大学の教員養成の方法も新しくする」とパラダイム転換とICTの活用の重要性を示唆した。この指摘は日本の小中高校、大学教育にも共通する。
 大学の一斉授業は、学生間の学力差を助長し、教育の質の低下につながっている。教壇に立てば経験することであるが、一般入試学生、AOや推薦入試学生が混在するなかで、どの学生に焦点を合わせたらよいか迷う。標準レベルを対象にすれば、できる学生は不満が募り、低いレベルの学生は授業について行けず、ストレスがたまる。まさしく、一斉授業の構造的欠陥である。
 アメリカでは、フリップトクラスルームは初等・中等学校が中心であったが、最近は大学でも注目されている。2012年のアメリカのPODネットワークの年次大会でも大きな話題となった。これが、アメリカの大学教育にどれだけ影響を及ぼしているかを示すデータがある。アメリカのSonic Foundry社「反転授業に関する採用調査結果」(Center for Digital Education, 2013)によれば、調査に回答した56%がフリップトクラスルーム・モデルを使用しているか、使用したいと回答し、その理由を教員や学生に有益であると回答している。また、57%の教員は、フリップトクラスルームが成功していると回答している。使用した教員へのインタビューによれば、「フリップトクラスルームをはじめたことで、学生がより授業を楽しみ、成績も伸び、多くの知識を修得し、より積極的に関与している」と回答している。83%の教員は、フリップトクラスルーム・モデルを使用したことで、教員の授業に対する態度が明確に変化したことに強く同意あるいは同意すると回答している。86%の教員は、フリップトクラスルーム・モデルを使用したことで、学生の学習に対する態度が明確に変化したことに強く同意あるいは同意すると回答している。約60%の教員がクラスでのコミュニケーション、討論およびグループ学習が極めて有意義であると回答している。
 なぜ、フリップトクラスルームが急速に普及したのだろうか。講義を聞くだけでは、学生がどれだけ理解したかがわからず、課題に直面してはじめて気づくことになる。学生の能力には個人差があり、一度聞いただけでは理解できない者もいる。授業が収録されていれば、理解できるまで何度でも繰り返し視聴できる。教室内では、教員が授業をするのではなく、学生が事前に学んだことを前提に、応用や議論につなげることができる。フリップトクラスルームでは復習ではなく「応用」に重点を置く。すなわち、これまで授業で教えた基本的な知識は、学生が事前に学ぶことになるので教員の役割がファシリテーターやメンターの機能をもつ。
 帝京大学八王子キャンパスでは、新しい「帝京学」のオムニバス授業を映像に収録したものを、今年のAO・推薦合格者を対象にフリップトクラスルームを実施した。約160名の申込者があったが、彼らには何の強制もなく、補習授業的なものでも、単位が授与されるものでもなく、まったく参加が自由であった。参加高校生は、学食で昼食を共にしながら2コマの授業に参加して体験学習をした。以下に参加者のアンケートの中からいくつかを紹介する。
 「大学での学び方がわかり、これからどう学習すればいいのかを知れたので良かった」(女子)「自分の意見だけでなく、違う視点の意見を聞いて、新しい発見をすることが出来た」(男子)「ポートフォリオのことを調べたがあまり理解が出来ず、どうすれば良いか分かっていなかったが、今回のフリップトクラスルームのおかげでしっかり理解出来た上、濃い内容が書けそうだと思ったので役に立ったと思う」(女子)「実際に体験することで、すごく刺激になりました。家で動画を観ることの大切さもわかりました。ただ観るだけではなく、自分で理解を深めることが大切なんだとわかりました」(女子)
 帝京大学のフリップトクラスルームは、単なる反転授業ではなく、それがチームベースドラーニングと連動することで、より効果的であった。たとえば、「家で1人勉強するよりも、みんなで話し合いながら勉強したほうが楽しかった。大学の授業を体験できてよかった」(女子)という回答のように、チームでの学びが新鮮であったようで、「入学前で友達ができるかという不安もあったけど、このような機会が設けられ、たくさんの人と話すこともできよかったし、生徒が主体となることで楽しく授業ができて良かった」(女子)と入学前の不安を払しょくする効果もあった。
 この新たな取組みからも、日本でもパラダイム転換が起こり、教育から学習へ、そしてICT活用の時代へと変化していることを感じた。