アルカディア学報
大学ガバナンス改革を考える
ガバナンス議論、焦点に
中央教育審議会に組織運営部会が発足し、大学ガバナンス改革の議論が急速に進んでいる。この問題は、古くは1995年大学審議会答申「大学運営の円滑化について」や1998年「21世紀の大学像と今後の改革方策について」で取り上げられた。今回同様、学長の役割やリーダーシップ、教授会の権限、意思決定の迅速化などが中心テーマになっている。しかし、この時は教授会が教員の採用や昇任をはじめ重要事項についての審議・決定権限を持っている(教育公務員特例法など)ことを前提に運営上の円滑化を目指すもので、学長選任も選挙制度を前提に適切な候補者の推薦システム等の改善提案が中心であった。今回はこの枠組み自体を見直す根本的な提起である。
今回の議論は「学士力」答申での教学経営の提起、昨年8月の「質的転換」答申での教学マネジメント提起の流れの中で、大学教育を本当に変え得る体制を作れるか、改革が進まない現状への危機意識が背景にある。
教育改革は手法の提起だけでは進まない。教職員を教育の質向上、授業改革に向けて動かす仕組みが不可欠だ。その要は経営と一体となった学長の大学統括力の強化である。学長直轄の全学的な意思決定組織や教育改革推進のための全学機構の確立、教職による強力な学長補佐体制、政策立案機能の構築など教育を学部任せにしないガバナンス改革が求められる。
本年5月28日、教育再生実行会議は「これからの大学教育等の在り方について(第3次答申)」で「学長が全学的なリーダーシップをとれる体制の整備を進める」として「学長選考方法の在り方の検討」「教授会の役割の明確化」を掲げ、初めて「学校教育法等の法改正」に言及した。このガバナンス改革の方針は「教育振興基本計画」に受け継がれ、6月14日、閣議決定されている。安倍政権も「日本再興計画」の中で経済再生の切り札の一つを大学改革とし、ガバナンス改革を強調する。
私高研調査に見るガバナンスの特性
こうしたガバナンスの問題点は、我々私高研の2011年調査でも裏付けられている。「理事会と教授会で方針や意見の違いがたまにある」26.7%、「理事会と教授会の関係不全が課題である」も37.4%と4割近い。意見の違いがある所は学長を選挙で選んでいるが61%、反対に無い所は31%しかない。やはり選挙を採用している大学は理事会との意見の違いが生まれやすいことは確かだ。「学長方針は学部に不徹底、しばしば調整がいる」29.2%、「学部教授会には直接関与できず、1学部でも反対すると事が運ばない」17%という実態は、ガバナンス改革の必要性を示している。
私大のガバナンスは、以前から学長の選任方法によって、A理事長・学長兼任型、B学長理事会指名型、C学長選挙型の3類型に分けられてきた。今回の調査でも、Aが2割弱、Bが4割強、Cが約4割という分類となる(私大協会加盟約200大学の調査)。その特性は、Aはオーナー系が多く、小規模、歴史は古い所と新しい所が半々、経営・教学の関係は良好。Bはややオーナー系が多く、中規模、新設大学が多く経営・教学の関係良好。Cは非オーナー系が多く、大規模、歴史があり、経営・教学に意見の違いありということだ(「私大のガバナンス」両角亜希子『IDE・現代の高等教育』2012年11月号参照)。
ただし、この3類型は定員充足率や消費収支差額比率などには大きな差がない点も注意しなければならない。
成果に連結するマネジメント
今回の調査で成果と連結しているのは政策が浸透し課題の共有が進んでいる点で、課題共有度が高いほど定員充足率が高く中退率が低く学生満足度が高い、また円滑なマネジメントの遂行などほぼ全てにわたって有効性が高い。実効性ある中期計画も経営・教学改善、定員確保や消費収支差額比率の向上に効果がある。もちろん実効性があるということは、計画があるだけでは駄目で、計画自体が現場の実態から出発し、具体性があり、達成指標や数値目標が明確で、達成度評価を行い改善につなげるサイクル(内部質保証システム)が機能していることが必要である。
2009年調査でも、例えば中期計画が財政計画にリンクしている法人は帰属収支差額比率がプラス8.3%であるのに対し、出来ていない場合はマイナス1.9%、同じく計画が予算編成に反映されている場合はプラス7.5%、反映されていない場合はマイナス0.5%と明瞭な差がある。達成度指標を設定したり認証評価と結合して中期計画の到達度評価を行っている場合が良い結果と結びついている。政策調整会議の設置率を見ても、理事会と教授会に意見の違いがある場合は33.8%しか設置していないが、意見の違いが無い場合は66.2%が設置しており、工夫次第で対立はかなり改善できることを示している。選挙型・非選挙型など、どのガバナンス類型にあっても、具体性のある中長期計画を立て、教職員に浸透させ、PDCAに基づく戦略的マネジメントに努力している大学は成果を上げている。
マネジメントとの一体改革こそ重要
こうしたことを総合すると、理事長、学長の権限の在り様、意思決定組織の明確化などのガバナンス、すなわち大学の統治形態の改革は極めて重要だが、ガバナンス類型の特性、強みや弱みを把握し、政策と計画を決定・遂行するマネジメントがあればさらに確実に成果に結び付くということだ。ガバナンスとマネジメントの改革が一体となることで大きな前進につながることを示している。
大学の弱点である統制力の強化、そのための組織や権限、いわばハードの改革は不可欠だが、人を育てる組織、教育を本業とする大学では、最後は一人一人の学生に向き合う教職員の自覚的行動をいかに作り出すか、このソフトの改善なしには成果は得られない。研究者、専門家集団である教員組織を動かし、理事会と教授会、教員と職員という異なる集団を一体化させねば目標実現に迫れない大学組織は、企業運営と共通する面と共に異なる側面も持つ。権限の強化(ハード)だけでは構成員の心を結集することは出来ず、そうした統治によって何を実現するのか、ミッション、目標や実現計画の共有化、それを担う幹部の資質(ソフト)が求められる。強いトップ集団も必要だが、構成員が政策を自覚し自ら主体的に行動する運営を作り出すことなしには教育・研究での成果は上げられない。
この点で私が注目しているのは、経営・教学・事務を貫く中長期計画を軸とした運営の抜本的強化、戦略経営の確立である。厳しい環境では明確な旗印が不可欠であり、学生の育成は総合的な施策なしには進まない。この策定と実行過程を通じて全学の課題共有、認識一致、連携風土を構築することが大切だ。そして、こうした政策を中軸とした運営が過度の教授会自治を乗り越え、また事務局、職員を改革の主体者として登場させる。ガバナンスとマネジメント、法人と大学、事務局の一体運営の柱に戦略を据えなければならない。
カギは目指す目標に如何に構成員を巻き込んで実行できるか、その大学に即したシステムの構築である。最終的には何割の教職員を目標達成行動に組織できるかが大学改革力の根源である。私学の多様性は一つの型、一律の改革にはなじまない。欧米各国のガバナンスを見ても選挙型、任命型、コンセンサス重視型などガバナンスの形は一様ではない。理事長が法人全体を「総理」し、学長が大学全体を「統督」するためには権限も重要だが、真に教職員を動かすのには政策統治が不可欠だ。これが学校法人と大学が一体となり目標へと向かわせる道である。