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アルカディア学報

No.533

米国の大学に迫る3つの圧力

船戸 高樹(九州共立大学経済学部長)

 米国の大学、中でも学生がキャンパスで学ぶ伝統的な大学は今、三つの大きな圧力にさらされている。

オバマ政権の高等教育政策
 一つは、連邦政府からの圧力である。米国経済は、イラクやアフガニスタンに費やした莫大な戦費による財政の悪化とそれに追い討ちをかけるようにして起きたリーマン・ショックからいまだ立ち直っていない。オバマ大統領は、この「負の遺産」を解消し、米国経済再生のために人的資源の充実を掲げており、特に「高等教育の拡充・強化策」を打ち出している。
 具体的な政策目標としてとしては、2025年までに高等教育の在学者数を、18歳~24歳までの伝統的学生集団と25歳以上の成人学生を合わせ、2400万人(2012年は、約2100万人で、このうち約40%が成人学生)まで増加させることを目指している。
 この方針を実行するに当たってオバマ大統領が高等教育界に注文をつけていることが二つある。一つは高騰する学費問題である。過去30年間の消費者物価の上昇率を100とすると、大学の学費は500という大幅な上昇率を示している。高いといわれる医療費の上昇率が350であることを見ても、学費の高騰は突出していることがわかる。
 2012年のデータによれば、公立大学の年間平均学費は約1万5000ドル(ただし、州立大学の場合、州内出身者は安く設定されている)、また私立大学の年間平均学費は約三万ドルにものぼり、有名校では五万ドルを超えている。「このような学費の高騰は、高等教育への門を狭めている。一部の富裕層だけでなく、低所得層も含めた多くの人たちに高等教育へのアクセスを可能にすべきであり、奨学金制度があったにしても学費の再考が必要」というのがオバマ大統領の主張である。
 もう一つは、パイプライン政策と呼ばれる在学率と卒業率の改善である。これは、たとえば1リットルの水をパイプに注ぐと、1リットルの水が出てこないといけないはずなのに、米国の高等教育のパイプは途中に穴が開いていて、大量の水漏れ(退学)を起こしていることを指したものである。確かに、現在高校卒業生の62%が大学に進学しているが、5年間で卒業するのは約半分に過ぎない。この状況を改善し、退学者を防止し、卒業に導くという正常なパイプとしての機能を求めているわけである。
 幻となった教育投資
 二つ目の圧力は、マーケットからのものである。2011年のデータによると、学位を持って大学を卒業したものの職に就けない学生は4.9%に上っている。しかも多くの学生は、返済型の奨学金を受けており、卒業時の負債額は公立の平均で2万3000ドル、私立の平均では4万~6万ドルに上っている。返済期間は、長いもので40年という長期のものもあるが、職に就けなければ返済は不可能。返済が滞って自己破産するケースも出ているという。
 独立時の指導者の一人であるベンジャミン・フランクリンが「教育に対する投資は、最大の利息を生む」という有名な言葉を残したように、米国の社会では教育にかかる費用は投資という考え方が一般的である。ところが、その投資が無駄になるという事態が起きていることから、マーケットから「大学は、高い学費を取りながら、責任を果たしていないのではないか」という不満が噴出しているのである。
 また、米国の18歳人口は1992年を底にして、緩やかな上昇基調にあるが、人口増を支えているのはヒスパニック系やアジア系、黒人といったマイノリティであり、全人口に占める白人の比率は下がり続けている。米国ではトップ5%の富裕層の子弟は、ほぼ全員が大学に進学し、全員が卒業している。しかし、貧困層(夫婦と子供二人の標準世帯で、年収4万ドル以下)になると、大学への進学者は約50%。奨学金をもらったとしても生活費が支弁できないため、卒業までこぎつけるのは半分の25%に過ぎない。このように人種の多様化が進行し、しかも学費負担能力の低い家庭からの進学者の増加は、これまで伝統的な学生層をマーケットにしてきた従来型の大学に政策の転換を迫っているわけである。
オンライン教育の脅威
 三つ目の圧力は、教育手法の変化によるものである。Webを利用したオンライン教育が近年、爆発的に増加している。米国の高等教育機関は現在、4年制が2968校、2年制が1738校の合わせて4706校あるが、そのうち約3分の1にあたる1404校が株式会社立の営利型大学であり、10年前に比べ倍増している。そのほとんどは、オンライン教育を展開しているが、中にはオンライン教育と従来の対面型教育を組み合わせたハイブリッド型教育のところもある。
 わが国の給与体系は、まだまだ年齢給的な考えが強いが、米国では資格給的な要素が強い。したがって、高卒よりは大卒、学士よりは修士、博士といった学位を持つことが給与に反映し、生活も安定するということになる。その意味では、米国はわが国に比べ、はるかに学歴社会であり、学位に対する上昇志向が強い。
 オンライン教育にアクセスする人たちは、大きく三つのグループに分けられる。一つは、高卒や大学を中退して仕事についた人たちが、学位の取得を目指すグループ。もう一つは2年制の大学を卒業して准学士の学位を持っているが、4年制の学位を目指すグループ。さらに大学を卒業してすでに学位を持っている人たちが、修士や博士あるいは別の分野の新たな学位取得を目指してチャレンジするグループである。これらの人たちのほとんどは、すでに家庭を持っており、仕事を辞めてまで大学に入学する余裕はない。そのような状況を打開するのがオンライン教育である。「キャンパスに行く必要がない」「クラブ活動や学生相談を求めない」「勉強と仕事を両立することが可能」「学費が安い」という利点が大きいからである。
 このほか、2008年から始まった無料のオンライン教育「MOOCs」は、現在単位を出していないが、今後の動向によっては既存の大学にとって大きな脅威になる可能性がある。

新たなステージを目指して
 このような大学を取り巻く危機に対して、既存の大学が改めて取り組んでいるのが、ラーニング・アウトカムの再構築である。AGB(米国大学理事者協会)副会長のスーザン・ジョンストン博士によれば、「アウトカムの再構築は既存の大学にとって、二つの点で重要になる。一つは、社会に対する説明責任を果たすこと。どのような教育を行い、どのような能力やスキルを身につけさせるかを具体的に示すことは、マーケットの信頼を得ることにつながる。もう一つは、アウトカムの確立と達成目標を測るラーニング・アセスメントの構築は、大学自身の改善につながるからである」と述べている。
 学生がキャンパスで学ぶという対面型教育を主とする既存の大学が、三つの圧力を回避し、新たな潮流を生み出すことができるかどうか正念場に立たされているといえよう。