アルカディア学報
アクティブ・ラーニングの効果的実践
AL導入の背景
筆者は、過去2セメスターにわたり講義科目や演習等でアクティブ・ラーニング(以下、AL)を実施している。小稿ではそこから学んだことを整理して、ALの効果と課題等を考察したい。筆者がALを開始した理由は、学生の積極的な学びへの関与を通じて学修効果を継続的に高め、学生の潜在的で多様な能力を強化すべき必要性を益々感じていたからである。
筆者の専攻は経済学であり、近年の担当授業は「グローバル・ビジネス」「社会と経済」「多国籍企業」などの講義科目や演習等である。講義科目は、いずれも「積み上げ型」の修得・理解の深化が求められるものであり、授業の組み立てもそれを前提にしているが、近年いずれの授業においても幾つかの問題が深刻になりつつあると考えるようになっていた。第1に、授業内容に関する理解力が一般的に低下してきた。第2に、試験の解答水準が落ちており、特に論述の内容が劣化している。第3に、授業への取組姿勢が変化し、一定時間以上集中して授業に取組むことに対応できない学生が増えている。第4に、たとえ授業をきちんと聴いていて、しっかりとノートを取っているように見えても、試験の解答を読む限りではそうした努力の成果がほとんど反映されていない学生が目立つようになった、などである。
その一方で、学士課程教育において一定時間以上の予習・復習を適切に行うべきとの要請が高まり、こうした当然の要請と現実とのギャップをどのように埋めるかも重大な課題になっている。さらに、従来の授業の仕方では、学びの質保証(学んだ内容を適切に理解し、それを各自の理解力・分析力・表現力・コミュニケーション能力等の総合的な能力の向上に繋げるといった学修成果の向上など)が不十分であることへの認識とその解決が喫緊の課題であると強く考えるに至った。
学修効果改善へのヒント
このような問題意識の高まりに応じて、それを解決するための方策をこれまでもさまざまに探り試していたところ、昨年の夏に二つの大きなヒントを与えられる機会に恵まれた。一つは、「自己の探求」という自己開発研修への体験参加であり、もう一つは教育改革に関するセミナーで「LTD話し合い学習法」について報告を聴いたことである(LTD = Learning Through Discussion)。
前者の「自己の探求」は、学生同士の話し合い・学び合いを基礎に、自己理解の深化・コミュニケーション能力の強化・チームビルディングの実現といった成果を達成し、学生が成長していく体験学習型のプログラムである(これはカ麻堰[ニングバリュー社のご厚意で、ある大学での授業に体験参加をさせて頂いた)。後者のLTDに関する報告で、古庄教授(神戸女学院大学)は協同学習法の効果的な一形態としてLTDの効果を、ご自身の体験から説明され、筆者は大きな感銘を受け、早速自分でも取り入れるべく調査を開始した(LTDの詳細は、古庄 高〔2011.10.10〕「『話し合い学習』学生に意欲」日本経済新聞及び安永 悟〔2006.11〕『実践・LTD話し合い学習法』ナカニシヤ出版などを参照)。
LTDをどう実施するか
LTDの実施方法は、一定の手順に従って「予習ノート」の作成、授業での話し合いのための「ミーティング」の実施、ミーティングの振り返り・相互評価の三つの要素がある(詳細は、安永〔2006.11〕を参照)。
第1に事前の「予習」が重要であるが、これは「予習ノート」の作成という課題で実施する。この作成は、次の八ステップに従うよう指導される。①学修課題を読む・全体像を把握する、②語彙の理解/単語・概念などを調べる、③主張の理解/著者の主張をまとめる、④話題の理解、⑤知識の統合/著者の主張の理解を深める、⑥知識の適用/自己との関連付け、⑦課題・著者の主張を評価する、⑧リハーサル。
第2に授業中の「ミーティング」では、「予習ノート」を基に4~5人のグループで「話し合い学習」を行う。これは次の7ステップに沿って実施すべく指導する(約60分必要)。①導入(グループの雰囲気作り/仲間と挨拶し、話し易い状況を作る)、②用語の理解(重要な概念・用語、不明な語彙などを確認し合う)、③主張の理解(一人ひとり、自分の言葉で著者の主張を紹介し、話し合いを通して、著者の主張をグループとしてまとめる)、④話題の理解(話し合いを通して個々の話題を理解し、課題全体の理解を深める)、⑤知識の統合(予習ノートにまとめてきた内容や、ミーティング中に思いついた関連事項を出し合い、課題内容の理解を深める)、⑥知識の適用(自己との関連づけを仲間に紹介し共有する)、⑦活動の評価(最後に予習とミーティングを含めた学習活動全体を自己評価し、次の活動を改善するために、LTD記録用紙への記入・評価を行う)。この第7のステップが、LTDの3の要素(振り返りと相互評価)であり、効果を上げるために不可欠である。
筆者は3要素について、ハンドアウトを学生に配付し、LTDの意義を理解させるとともに、それらに従った活動をするように指導している。
筆者のLTD実践経験
LTDを導入した当初、筆者は上述した3要素をいずれも提唱されている通りに忠実に実施しようとした。しかし、事はそう理想通りには運ばなかった。原因としては、「予習ノート」のレベルにギャップが大きかった、予習が不十分なままに授業に臨む学生が少なくなかった。また1割から多い時で2割程度の学生が入れ替わり欠席することも課題であると認識した。その対策として、二つのことを考えた。一つは授業の始めに「今日の主な議論のポイント例」を示し、話し合いの参考に供して議論のレベル合わせを図ること。もう一つは適切に予習してきた学生がそうでない者を話し合いでリードしていくことの重要性(教えることは学ぶ最善の方法である等の意義)及び予習の足りない学生も貢献できること(質問や問題提起で議論に参加可能)を伝えて、全体での議論を積極化しようとした。
また、こうした応用方式を取り入れるために、LTDの進め方を「簡略版」の方法で実施し、「導入、用語と主張の理解、トピックの理解と話し合い、要約・理解のまとめ」へと組み替えた。時間も半分程度に設定し、議論の進み具合を観察して適宜時間調整し、その他の時間を授業内容の指導に充てている。同時に、グループ・ディスカッションの他に、筆者が授業で提示する「トピック・質問」などに関し、適宜ペア・ワークとして一分~三分の発表・内容確認・理由説明等のそれぞれを交互に行う方法も一部で取り入れている。この方法だと、グループ討論では寡黙である学生も、必ず発言をすることとなり、その後のLTDの活性化に繋げることが可能となる。もう一つ重要な点は、学生が自ら予習するに相応しい内容とレベルの教材を用意することである。
実績と自己評価など
LTDの経験は短いが、筆者は望外の効果を生むことが可能であったと判断している。先ず、授業時間中の学生の取組姿勢が明らかに積極化した。次に、一定割合の学生は適切に予習を行い、中には四頁以上にわたる予習ノートを作成・提出する者も複数いる。さらに、自ら学修内容を仲間に発表することで、着実に理解が深まり、その上「要約・意見」などを記述して提出することから、論述・文章表現の力を指導することもできる。また、仲間同士の議論を通じて、コミュニケーション能力を磨くこともできる。そして、毎週の提出物(予習ノートと当日の要約・意見のまとめなど)を読み、その評価とコメントを通じて学生指導を行うことにより、学生の成果と課題をモニターできる。
昨年度後期の授業評価アンケートの自由記述欄より、特に前期にも履修していた学生はLTD方式を高く評価し、その効果を実感していることが分かった。何といっても、授業が楽しくなったと評価する学生が増えた。しかし、実際に取組みを進めていく中で、大小様々な問題に直面することも事実であり、それらに対しては、LTDの効果をさらに充実する方向で解決することが重要であると考える。
大学教育の改善を目指す上で、LTDを含むALのさまざまな方式を教員自らが学び、実践に繋げ、自らの経験を通じてよりよい方式を生み出していくことが、各教員に求められている。このことを実感できたことが何より大きな成果である。