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アルカディア学報

No.516

AHELO 国際的な学習成果アセスメント 

深堀 聰子(国立教育政策研究所高等教育研究部総括研究官)

1、大学教育の学習成果に関する国際調査
 大学は、学士の学位取得者に期待される知識・技能・態度を、学生に習得させることに成功しているのか。大学のマス化とグローバル化が進展するなかで、大学教育の学習成果アセスメントを国際通用性のある形で実施することへの世界的関心が高まっている。その実施可能性を検証する取り組みとして手掛けられたのが、経済協力開発機構(OECD)による高等教育における学習成果調査(Assessment of Higher Education Learning Outcomes,AHELO)フィージビリティ・スタディである。
 2008年に始動したAHELOフィージビリティ・スタディは、次の2段階の工程を経て、2013年3月に完了した。第1段階では、専門分野「経済学」「工学」と分野横断的な「一般的技能」のテスト、および「背景情報」に係る調査票が開発され、それらの妥当性を検証するための小規模の実査が行われた。各国の多様性と特殊性を踏まえつつ、学習成果を適切に測定するアセスメント・ツールを開発することは可能かどうかが問われた。第2段階では、テストの大規模な実査が行われた(17か国、248大学、学生2万2977人が参加)。ここでは、テストの信頼性とともに、大学と学生の参加を促し、アセスメントを適切に実施することは実質的に可能かどうかが検証された。
 これらの取り組みから何が明らかになったのか。さらに、調査に参加した経験から日本は何を学び、各大学における教育改善に活かすいかなる方策を導くことができたのか。本稿では、これらの点について、OECDおよび文部科学省より公表されている資料にもとづいて、とくに日本が参加した工学分野に注目して報告・解説する。

2、組織体制
 AHELOフィージビリティ・スタディの国際的・国内的な組織体制を整理しておこう。まず、国際的な組織体制として、OECD教育政策委員会、IMHE(高等教育機関フォーラム)運営理事会、AHELO専門家会合という重層的な政策決定の仕組みのもとで、OECD事務局が事業運営にあたった。テスト・調査票の開発およびテスト実施マネジメントに係る委託事業は、豪州教育研究所(Australian Council for Educational Research,ACER)を中心とするAHELOコンソーシアムが受託した。経済学分野のテスト開発は米国のETS(Educational Testing Service)、工学分野のテスト開発はACERとともに日本の国立教育政策研究所およびイタリアのフィレンツェ大学、一般的技能のテスト開発は米国のCAE(Council for Aid to Education)、背景情報調査票の開発はオランダのCHEPS(Centre for Higher Education Policy Studies)および米国のCPR(Center for Postsecondary Research)が担った。
 次に、国内的な組織体制としては、中央教育審議会大学分科会AHELOワーキンググループの助言のもとに、文部科学省高等教育局高等教育企画課国際企画室が事業を所管し、国立教育政策研究所が事務局としてテスト問題の翻訳・適正化、およびテストの実施を担当した。さらに、先導的大学改革推進委託事業「OECD高等教育における学習成果の評価(AHELO)フィージビリティ・スタディの実施のあり方に関する調査研究」(代表:東京工業大学)の枠組のなかで、フィージビリティ・スタディを教育改善に活かす学習成果アセスメントのあり方に関する調査研究の一環として推進した点は、特筆すべきであろう。

3、工学分野のテスト開発
 専門分野のテストは、教育プログラムの基盤となる参照基準を定義する「チューニング」の手法を用いて構築した能力枠組に依拠しており、基礎的な知識・技能の習得を問う多肢選択式問題と、「考え方」を問う記述式問題から構成されている。試験時間は九〇分間である。
 工学分野のテストは、コンソーシアム側で作成した試案をベースに、工学教育において指導的立場にある各国の専門家による協議にもとづいて確定した。多肢選択式問題は、日本の土木学会の認定土木技術者資格試験および日本技術士会の技術士第一次試験の国際通用性を高めたものであり、記述式問題は、実在する構造物の構造や機能の特徴を分析したり課題を解決したりする能力を問う目的で新たに開発したものである。

4、成果と課題
 フィージビリティ・スタディの最終報告書は、全3巻のうち第1・2巻がOECDよりすでに公開されている。そこでは、専門分野については、テストの妥当性と信頼性が基本的に検証されており、国際的な学習成果アセスメントは実施可能であると結論づけられている(第7章)。
 一方、教育評価および高等教育研究の専門家より構成されるAHELO諮問委員会(Technical Advisory Group,TAG)からは、フィージビリティ・スタディにおいて問題となった点をふまえて、本調査の実施を検討する場合に整備しなければならない四つの条件が指摘されている(第九章)。第1に資金不足を解消すること、第2に調査に係るコストを組織的・包括的に把握すること、第3に透明性と指導性のある政策決定と事業運営の体制を整えること、第4に「一般的技能」および「記述式問題」の扱いに係る方針を決定することである。
 すなわち、調査結果より「一般的技能」のテストの汎用性は国や大学によって異なり、文脈依存的であることが示唆された。このことから、「一般的技能」は専門分野、あるいは学問大分類の文脈のなかで測定するのが適切ではないかと問題提起された。また、「記述式問題」は、多肢選択式問題と比べると信頼性が低いことが示された。このことから、調査の目的に照らして、信頼性のある国際的なベンチマークを導くことをめざす場合には記述問題に重点をおくべきではなく、逆に教育改善に資する情報を導くことをめざす場合には積極的に導入すべきであることが提言された。
 参加国による報告(第8章)では、日本の専門家からは、教育改善に資するAHELOの意義が強調された。日本の専門家は、問題作成・翻訳・実施・採点のすべての工程を経験したが、そのなかで工学教育における学習成果に係る共通認識が、国際社会のなかで醸成されてきていることを具体的な場面で確認できたこととともに、その過程に積極的に参画できたことが重要な成果として指摘された。さらに、参加大学に対して、テスト問題や採点ルーブリックを公表するとともに、カリキュラム・デザインに係る議論を喚起する仕組みを準備することによって、国際的な学習成果アセスメントを教育改善の強力なツールとして活用できることが強調された。