アルカディア学報
第三者評価と大学版ルーブリック
道具としてのルーブリック
高等教育における学生の学修成果をいかに定義し測定し評価するかという命題をめぐり、多くの国々の政策と実践の現場での議論が続いている。その議論の中で、成績評価にルーブリックを用いることは、全米カレッジ・大学協会(AAC&U)を中心としたアメリカでの取り組みの紹介や我が国での政策提言を中心に事例の紹介がなされ、また国内での実践の例も散見されるようになってきている。本欄でも、これまで数度に亘ってルーブリックが取り上げられている。学修成果の評価に用いられるルーブリックは、目標到達型の評価指標であり、学生の学修成果に対し、具体的な評価の視点ごとに、文章で記述された複数の到達度の基準を設定し、より客観的、あるいは共通的な評価を行うことを目的としている。個別の教員、部局、機関、あるいは大学団体などがルーブリック作成の単位となっている。
すなわちルーブリックとは道具であり、目的を理解してうまく使えば効果が期待できるが、しかし単に導入すれば成績評価や教育の改善が図れるような魔法の杖ではないことは、今さらながら確認しておかなければならない。
長い前置きを弄したのは、本稿が、アメリカにおける学生の成績評価以外の場面での、ルーブリックの使用について紹介しようとしているからである。ややもするとスローガン化するきらいのある「ルーブリック」についてさらに言及するにあたって、道具は導入だけでなく、導入後の適切な使用をもってはじめて効果を発揮しうるということには言及しておきたい。さて、ここで言うルーブリックの使われる成績評価以外の場面とは、大学の第三者評価という場面である。
第三者評価への導入例
アメリカ全土を六つの地域に分けて、地域内の高等教育機関を対象に、ピアによる第三者評価を通じた正統性の保証を行う仕組みが地域アクレディテーションである。その仕組みを運営する地域アクレディテーション団体のひとつである西部協会の4年制委員会(WASC)が、機関単位の適格認定を行うにあたって、学生個人ではなく、大学版のルーブリックを開発して公表したのは2008年のことであった。WASCでは、評価員が、対象校を評価する際に注目する五つの領域、すなわち「大学による教育課程の見直し」、「大学による学習ポートフォリオの活用」、「大学による学生の一般教育における学修成果の評価」、「大学によるキャップストーン科目の活用」および「教育課程を通じた学修成果の質」の、それぞれの程度を評価するための複数の視点と、4段階からなる到達度の基準を示すルーブリックを開発、公表し、使用している。これら視点ごとに評価員向けの解説と、各々の視点を実際に適用する際にありうる問いの例が付記されており、評価員は適格認定の実務にあたって各領域のルーブリックを使用する。具体的に、「教育課程を通じた学修成果の質」の領域のルーブリックを見てみると、評価の視点として「1.身につく学力の総合的なリスト化がされているか」、「2.学修目標は明示されているか」、「3.カリキュラムと学修目標は整合しているか」、「4.成績評価の方針は固まっているか」、「5.学生にとって教育課程の目的は意味があるか」の五種類が示されている。これら五つの視点それぞれに関して、初期段階・萌芽段階・開発済み・高度開発済みという4段階の到達度が設定されている(到達度の分類はすべての領域に共通している)。
さらに、これら五つの視点のうちの最後に示した「学生にとって教育課程の目的は意味があるか」という視点に関し、4段階の到達度が各々どのような基準で設定されているかを見てゆくと、初期段階は「学生は教育課程の全体的な目標についてほとんどあるいは何も知らない。シラバスやカタログなど、学生に目標を伝える媒体が存在しない」とある。萌芽段階は「学生は教育課程の目標についてある程度知っている。目標の伝達は個々の教員やアドバイザーが随時、非公式に行う」とされている。これが開発済みになると、「学生は教育課程の目標をよく理解しており、学修の指標とすることもできる。ほとんどのシラバスに目標が明示されており、便覧やウェブサイトなどにも分かりやすく掲載されている」となる。最後に高度開発済みの基準はどのようなものかというと、「学生は教育課程の目標を熟知しており、ルーブリックを使うことや作成に参加することもでき、また定められた目標に照らして自己評価をすることができる。すべてのシラバスに目標を示すことが課程全体の方針となっており、他の文書にも分かりやすく掲載されている」という記述になる。評価員は対象校がこれらの段階のどこに位置するかを判断するわけだが、この視点における判断において問うべき問いとして、例えば「学生は教育課程の目標の意味を理解し、どのように学修を進めればよいか分かっているか」という設問が付記されている。このルーブリックは公表されており、したがって評価員の利用だけでなく適格認定を受ける側の大学もこの基準に沿って自大学の資料を提供できる。
背後にあった政策論争
そもそも、このようなルーブリックの開発はなぜ行われたのであろうか。"大学もすなるルーブリックというものを評価機関も"、というわけではない。WASCがこれらルーブリックを開発していた2008年以前のアメリカ高等教育界は、いわゆるスペリングズ・レポートに関する議論に席捲されていた。従来の適格認定の方法を、資源投入重視・学修成果軽視であると批判したこの教育省長官への諮問機関の答申は、定量的で機関間の比較が可能な第三者評価を求めていた。このような批判に応えるため、地域アクレディテーション団体が、具体的な数値にはつながらないものの、より客観性と共通性の高いルーブリックの導入に踏み切ったということは充分考えられる。実際、冒頭に述べたAAC&Uのバリュー・ルーブリックも、開発が始まった時期とスペリングズ・レポートの発表時期は符合している。そこでWASCの会長に尋ねてみた。このルーブリックはスペリングズ・レポートへの対応策として作ったのですか、と。会長の答えは「いささかね」であった。
スペリングズ・レポートは、当初狙ったような適格認定の大きな枠組みの変更は果たさなかったが、しかし実際の運用においていくつかの具体的な影響を残していった。このルーブリックの導入もそのひとつであり、WASCとしては、適格認定の過程を透明化し、アクレディテーション団体の説明責任を果たす上での効果を得ているという。会長の「いささかね」は、当初は答申への対応の色合いが強かったが、後にルーブリックが持つ意味のほうが大きくなった、と解釈できよう。なおWASCでは、特に適格認定の透明化に注力しており、2012年から、全メンバー大学に対する適格認定レポートと結果通知書の公表に踏み切っていることも付言しておきたい。