アルカディア学報
問われ続ける学習成果
問われ続ける学習成果
オバマ大統領が再選を果たし、アメリカの高等教育政策は継続されることになった。学生の質が低下しており、大学はこれに対して早急な対応をとるように求めたのは、2007年、ブッシュ政権下の教育長官スペリングズ女史の報告書であった。大学はもとより、アクレディテーション団体をはじめ州教育当局などはこの報告書の求めに応じて、学生の質の向上に取り組んできた。
NSSE(全国学生エンゲイジメント調査)など学生の学習成果を問う研究が始まり、民間の調査機関や試験機関などもこうした研究に参加するようになった。これらの調査や試験は、学士課程の学生が、一様にリベラルアーツ教育を受けており、英語力や数理操作能力あるいは批判的な思考力や推論の能力を計測すれば、どのような大学であろうと学習成果は問えると考えてきた。アクレディテーション団体でも同様であり、例えばWASC(西部学校大学協会)などでも、One Size Fits All方式で、一定の評価基準を全ての大学、つまり多様な個性をもつ中小規模から大規模大学にあてはめて評価を実施してきた。それはそれで一定の成果を上げてきた。しかし今その方式は大学の個性を尊重したカスタマイズ型の評価に変わりつつあるようだ。
カリフォルニア大調査
カリフォルニア大学バークレー校高等教育研究センター(UC・CSHE)は、1957年創設の小さな研究センターであるが、ここで新しい試みが始まっている。2004年からはじまったカリフォルニア大学学士課程実態調査(UCUES)である。主として四つの項目を学生に問うアンケートである。
学生の、①社会的な背景、②学問への取組み、③教科外活動と市民的活動への取組み、④学習成果である。この調査の結果から、大学は、①学生を理解する、②学生の教育と正規課程外の経験を理解する、③プログラム評価とアクレディテーションに使う、④政策を立てるために何を知っているか考える、というのがその目的である。
30分足らずの調査で、アカデミック、市民的・社会的学生の成長、キャンパス独自の項目への取組み度を測定するアンケート調査である。2008年春の調査では、大学院キャンパスのサンフランシスコ校を除く全9キャンパスでその調査は行われ、16万2000人の学生が回答を寄せ、それは約40%の回答率であった。回答は分析され、人種・エスニシティ、移民の世代的地位、第一言語、専攻分野、家族収入、社会的クラス、収入、両親の教育などが社会的な背景として問われている。学問への取組み度では、一週あたりの平均学習時間、英語学習時間、社会経済的クラスと学習時間、家族収入と学習・社会的時間、学習時間とGPA、研究経験を得る機会と割合、専攻別研究参加率、性別・コース別研究参加率、人種別研究参加率、人種別学問分野研究参加率、学生の学位志望率などで構成されており、UCにおける授業外の何らかの研究活動への取組み参加率を問うことが特色となっている。
UC学生のアンケート結果では、約半数の学生は授業外の研究活動への取組みはまったくなく、1~2年次にインディペンデント・スタディのコースを取った者、3~4年次にGPA3.3以上の優秀な学生に許されているコースを取った者が多い。2007年のNSSEの全209大学の調査では、授業以外に何らかの研究活動に参画している学生は約19%であったが、UCでは33%となっている。また理工系や生物系で取組み参加度が高く、人文社会系ではやや低くなっている。男女別では女性優位が目立ち、人種・エスニシティ別では際立った差は見られない。
GPAは概ね平均学習時間と相関している。UCの学生の約4分の3は、何らかの大学院課程に進みたいと願っており、医学系だけでも約13%となっている。
正規課程外の活動や市民的活動への取組みでは、正規外活動への参画度、コミュニティサービス活動への参画方法、専攻分野別の参画場所、コミュニティサービスの時間、一週間あたりのコミュニティサービスの平均時間、学生の政党支持率、専攻分野別候補者への注目度などが項目となっている。
最後に分析的・批判的思考スキルについて、性別、人種・エスニシティ別、専攻分野別、移民地位別、学習教材の読書・理解スキルなども問われており、書くスキルや数学的・統計的なスキルなども同様である。これがUCUESである。
研究大学調査SERU
近年になって有力な研究大学が、NSSEのような既存の調査や試験に対して、自らの方法で学生の学習成果を示そうとする動きがでてきた。SERU(The Student Experience at the Research University)という調査である。バークレー校の開発したUCUESをカスタマイズして利用する調査で、リベラルアーツ大学や総合大学とは異なる研究大学と自他共に認める大学の学生の学習や大学での経験を問うものである。SERUは、AAUコンソシアムとも呼ばれているが、AAUは、1900年創設の優良研究大学の連合であり60校からなっているが、アメリカの博士号の半数以上は、これらの大学が生み出しているのである。
SERUへの現在の参加大学は、カリフォルニア(9校)、ラトガース、フロリダ、ミシガン、ミネソタ、オレゴン、ピッツバーグ、テキサス、ノースカロライナ、ヴァージニア、テキサスA&M、アイオワ、パデュー、インディアナ大学などであり、私大では南カリフォルニアだけである。また、中国やオランダの大学など、世界的な広がりも見せている。
ところが、これらの大学は、カーネギー大学分類などでも研究大学のカテゴリーに入っているが、USニューズなどの学士課程のランキングでは苦戦を強いられている大学が多い。抱えきれないほどの学生数をもち、授業料の高騰にあえぎ、州からの財政支援は細るばかりであり、教育環境はますます劣化するということになろう。州を代表する州立大学でもその窮状は深刻である。公立大学である限り、悪条件のなかでも一定の高卒者を入学させなくてはならない。勢い教室や実験室は学生で溢れ、授業も大教室で行われ、TAの助けを借りる授業も少なくない。
そうなると、彼らの学習成果とはどのようなものか。それを知らずして大学はその優秀性を保てない。いかなる大学にとっても学士課程教育は大学の生命線であろう。研究大学が、学生の学習や経験をリベラルアーツ大学とは違う側面において、つまり学問研究へのリンクで測ろうとするなど、そこには研究大学の利点や独自性も窺える。
SERUの調査結果は、こうしたことに応えてくれるであろうか。各大学の調査結果もIR室などに集められ、またホームページなどに掲載されるようになってきた。学生の学習成果は、果たして向上しているのであろうか。その総合的な研究成果が待たれる。