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アルカディア学報

No.49

高等教育費の国際比較―少ない日本の高等教育費支出

国立学校財務センター名誉教授  市川 昭午

 わが国では高等教育費の支出水準が低い、高等教育に対する財政支出が少ないという見解が多い。その証拠として外国との比較がよく用いられるが、これは高等教育支出の額や水準、負担割合などが理論的に決められないためである。
 むろん、比較の対象とされる国の高等教育費の金額や支出水準あるいは負担割合などが妥当という客観的な保証もないから、諸外国との比較は関係予算の拡充を図る上で決定的な説得力は持たない。したがって、高等教育財政が直面する問題を直ちに解決するものではないが、問題を解明するのには役立つ。そこでOECD資料によって1997年度における加盟諸国の関係数値を検討してみる。
 まず、国内総生産(GDP)に対する公私高等教育費の割合は25か国の国別平均が1.3%であるのに対し、日本は1.1%である。アイスランドの0.7%を最低にイタリア、チェコ、ベルギーなどは1%に満たない低位グループに属する。日本と同程度(1.0~1.2%)の国はデンマーク、ギリシャ、スペイン、スイス、ドイツ、メキシコ、フランス、オランダ、ハンガリー、ポルトガル、イギリスなどである。アメリカの2.7%をはじめ韓国、カナダ、オーストラリア、スウェーデン、フィンランドは1.7%以上の高位グループに属する。
 GDPに対する高等教育への直接公共支出の割合が加盟29か国の国別平均で1.0%であるのと比べ日本は僅か0.5%でしかない。1.7%のフィンランドをはじめ、スウェーデン、アメリカは1.4%以上の高位グループに属するのに対し、日本はルクセンブルク、韓国と共に0.5%以下の低位グループに含まれる。
 次に、政府支出に占める直接教育支出の割合を見ると、19か国の平均が14.0%なのに対して日本は10.1%である。この割合が10%以下の低位グループは、イタリアの9.1%をはじめ、ドイツ、オーストリア、オランダ、フランス、イギリスであり、16%以上の高位グループにはポーランドの22.1%を筆頭にニュージーランド、ノルウェー、メキシコ、韓国、アメリカなどが属する。
 公教育支出のうち高等教育に対する配分が大きい国はカナダ、アメリカ、フィンランド、オランダ、アイルランド、オーストラリア、ノルウェー、ニュージーランドなどであり、いずれも25%以上となっている。これに対して、この割合が小さい国としては韓国の12.6%、日本の12.9%が際立っている。
 教育支出の規模は在学者数によって左右されるから、フルタイマーに換算した在学者1人当たりの高等教育支出をOECDの購買力平均(PPPs)で換算すると、OECD平均が8612ドルに対し日本は1万157ドルである。高等教育を大学と非大学に分けると、大学は8434ドルに対し1万623ドル、非大学は7295ドルに対し7750ドルである。
 25か国中、高等教育費の支出額が1万ドル以上の高位グループに属するのはアメリカの1万7456ドルをはじめ、スイス、スウェーデン、カナダ、オーストラリア、日本、ノルウェーの諸国であり、5千ドル以下の低位グループに属するのはトルコの2397ドルをはじめ、ギリシャ、ポーランド、メキシコである。大学だけに限ってみると、スイス、カナダ、オーストラリアが1万1000ドル以上、逆にギリシャ、ポーランド、スペイン、メキシコ、ハンガリー、イタリアが6000ドル以下となっている。
 このように日本の高等教育支出水準は比較的高く、25か国中上から6位に位置している。しかし、教育費に占める人件費(給与費)の割合が大きいため教育費の支出水準は国民所得水準によって大きく左右される。そこで国民1人当たりGDPに対する在学者1人当たり高等教育費の割合を計算してみると、35%以下がギリシャ、デンマーク、スペイン、ベルギー(オランダ語圏)、フランス、フィンランド、60%以上がスウェーデン、スイス、カナダである。大学だけに限ると、35%以下でギリシャ、スペイン、フランス、フィンランドの諸国、60%以上はスイス、カナダである。
 日本は高等教育全体がOECD平均45%に対して41%、大学が43%に対し43%、非大学が35%に対し31%である。わが国の実質的な高等教育支出の水準はやはり若干低いといわざるを得ない。学生1人当たり支出が大きいのは多分に1人当たり国民所得がOECD加盟国の中で第6位という高さにある結果である。
 また学生1人当たり支出額は教員1人当たり学生数によって左右されるため、教員一人当たり在学者数を見ると、OECDの平均では高等教育が14.6人(大学14.8人、非大学12.5人)となる。これに対し日本は高等教育が11.8人(大学13.1人、非大学9.5人)である。
 高等教育で教員1人当たり学生数の多いのはギリシャの26.3人をはじめオランダ、スペイン、アイルランドなどで、少ないのはスウェーデンの9.0人を筆頭にアイスランドなどである。因みにアメリカ、ドイツ、フランス、イギリス(1995年度)などはいずれもわが国より多い。大学に限ってもやはり多いのはギリシャの28.5人をはじめアイルランドなどで、少ないのはスウェーデン、アイスランド、オーストリアなどとなっている。
 高等教育は授業の形態や教員の種類などが複雑なため正確な比較は困難だが、わが国はマスプロ教育などと悪口を言われてきた割には教員当たり学生数が少ない。これはOECD統計が非常勤講師をフルタイマーに換算しているのと、ヨーロッパ諸国において近年高等教育の大衆化が急速に進んだためと考えられる。公私間移転終了後の最終資金における私費負担の割合は23か国平均で高等教育費の23%である。この割合が最大なのは韓国の78%で、日本の55%がそれに次ぎ、アメリカ、オーストラリア、カナダが40%以上である。逆に最小なのはデンマークの1%で、ポルトガル、アイスランド、ドイツ、スウェーデンは1割を切っている。フランスは15%、イギリスは27%であるが、イギリスは学生に対する移転支出が多いため当初資金では10%にとどまる。高等教育に対する公費支出のうち、高等教育機関に対する直接支出は27か国平均で8割弱にとどまり、残りの2割強が家計援助などの間接支出に使われている。政府部門から民間部門への移転支出21%の殆どは学生やその家計に対する補助であるが、給費が13%、貸費が6%、学生以外の民間機関への援助が1%となっている。
 移転支出の割合は高等教育機関を持たないルクセンブルクの52%を除くと、ニュージーランドの43%がトップでノルウェー、デンマーク、イギリス、カナダが35%以上であるのに対し、トルコとギリシャは2%、ポルトガル、スイス、ポーランドは4%でしかない。
 最近では一般に高等教育における私費負担が増加する傾向にあるが、それは不足しがちな財源の調達だけが目的ではない。学生たちにコスト意識をもたせ、より費用効果的に行動させ、さらにそれを通じて大学側に教育の内容や方法を適切にさせることを狙いとしている。そのため私費負担の増大と並行して移転支出も増大する傾向にある。
 なお、私立高等教育への財政補助は27ヶ国の平均が政府支出高等教育費の11%であるのに対し、日本は17%と平均を上回るが、これは私学のシェアが大きいためである。他方、私立高等教育に占める政府補助の割合はイギリスの100%(ただしイギリスの高等教育機関が私立といえるかどうかは議論の余地があり、文部科学省統計では国立とみなしている)、ベルギー(オランダ語圏)の48%、オランダの47%が突出しており、日本の17%とアメリカの13%がそれに次いでいる。