アルカディア学報
【大学教育部会の審議まとめをめぐって】
学修時間の確保に向けてどうすべきか アクティブ・ラーニング導入の効果
本年3月中教審大学分科会大学教育部会によって公表された『審議まとめ』では、学生の主体的な学修時間を実質的に増加させ、学びの成果につなげること、学びの成果を実質化するための様々な方法の検討が提案された。そのひとつに学生の学びの実態を把握するための学修行動調査等の活用がある。
『審議まとめ』では、日本の大学生の学修時間の少なさが公式に指摘されたという点で大いに注目されている。「卒業の要件は原則として4年以上の在学と124単位以上の修得であることを踏まえると、学期中の1日あたり8時間程度であるべき総学修時間が、調査によると1日4.6時間となっている」ことが大きな問題として捉えられ、かつ理学、保健、芸術分野での学修時間が相対的に多い一方で、社会科学分野が少ないことも指摘されている。本まとめでは、「生涯学び続け、主体的に考える力」を意味する主体的な学修は、十分な学修時間を通じて醸成されると認識されている。すなわち、学生の主体的な学びを確立させるための始点が、十分な学修時間の確保であり、そのために、大学が責任をもって学士課程教育の改善をはかることが求められていることになる。
筆者は、学修行動調査と定義づけられるJCIRP(Japanese Cooperative Institutional Research Program)という新入生調査(Japanese Freshman Survey、以下JFS)、上級生調査(Japanese College Student Survey、以下JCSS)、短期大学生調査(Japanese Junior College Student Survey、以下JJCSS)という三種類から構成されている学生調査を2004年から継続的に実施してきた。本調査はUCLAの高等教育研究所が実施している調査(CIRPとCSS)と比較可能である。『審議まとめ』で公表されているデータとJCIRPのデータともかなり一致するところが多い。そこで、今回はJCIRPで明らかになったデータを用いながら、「学修時間を増加し、質の高い学習を確保するためには」という視点から『審議まとめ』での問題を考察してみる。
実際に日本の学生の学修時間は少なく、また分野によって学修時間には差異があるのだろうか。JCSS2010には8300名の学生が回答しており、その内訳は国公立大学29.9%、私立大学68.6%、(無回答1.5%)、分野別では、人文系17.3%、社会科学系、20.4%、理工農生系18.6%、医療系19.9%、家政系2.3%、教員養成系7.4%、芸術系3.4%、その他9.3%、(無回答1.4%)などとなっている。
結果から確かに全体的に学修時間は少ないことが見て取れる。例えば、1週間あたり16時間以上の学修時間は、日曜を除くと1日あたり2.6時間以上の学修時間に相当するが、2.6時間以上の学修時間を確保している分野は、医療分野が9.9%、理工農生系が11%、他の分野は、概ね4%から6.6%程度である。授業以外での学修時間が0時間である学生もいずれの分野にも一定の割合で存在している。『審議まとめ』では、社会科学系の学生の学修時間が低いことが指摘されていたが、本調査結果でも実技の修得に重きをおいている芸術系を除くと、社会科学系の学生の学修時間が相対的に低く、人文系の学生の学修時間も同様に低いことが確認された。
一方、かねてから日本の学生が1学期に履修する授業数が多いことが指摘されてきたが、本調査においても同様の傾向が確認されている。30.8%の回答学生が1週間に20時間以上も授業や実験に出席している。専攻分野別では、医療系48.3%、理工農生系37.9%、家政系36.8%の学生が1週間に20時間以上の授業や実験に出席している。人文系の学生の比率が最も低く18.4%である。単位の実質化という点から、本調査で示された授業・実験への出席時間と授業以外での学修時間の関係を考えてみると、主体的な学修時間の確保はなされていないように見受けられる。
こうした結果は「単位の実質化」と「単位の修得数」という二つの問題に関係しており、多くの議論が今までにもこの問題についてなされてきた。つまり、単位と学修時間の関係と実質的に授業以外の学修時間を1科目にどれだけ必要であるかを厳密に換算してみると、当然1学期あたりの登録単位数に制限があることから、CAP制が不可欠であるという議論である。実際に、少なくない大学がCAP制を導入してきているが、本当に学修時間の確保に機能しているのかということについては、いまだに結論は出ていないようだ。
JCIRPとアメリカのCSS(大学生調査)の1週間あたりの学修時間の比較結果では、アメリカの学生の方が学修時間はかなり長いことが判明しているが、学修時間の確保については、アメリカの大学においても学修時間の減少が指摘されていることも付言したい。アメリカでもいかに学生が主体的な学びを確保できるかということが最近の10年間の重要なテーマとなってきている。具体的には、学生の「Engagement」を増加させるための方策についての研究や提案がなされてきた。その一つが、学生を主体的に関わらせる授業方法や授業内容などであり、この方面での研究や実践がずいぶん蓄積されている。
『審議まとめ』においても、日本の大学におけるそうした方法のひとつである「アクティブ・ラーニング」の導入の進捗が提示されており、筆者も多くの大学が今後「アクティブ・ラーニング」を導入すると期待している。では、実際にどのようなアクティブ・ラーニングが学生の学びに効果をもたらしているのかについてJCSS調査結果を簡単に紹介する。
「アクティブ・ラーニング」とは、実社会で直面する複雑・多様な正解が一つではない課題に適切に対応できる思考力、創造力および課題探求能力を育成するために効果的な手法であり、体験学習、ディスカッション、学生のプレゼンテーションによる双方向対話型の授業あるいは学生が自ら資料や文献を探し、授業の事前・事後の学習に関わる等も含まれる。
例えば、JCSS2010結果から、「学生によるプレゼンテーションの機会の有無と分析や問題解決能力の増減関係」を設置形態別にみてみると、国公立および私立大学ともに「学生が自分の考えや研究を発表する機会がある」授業を受ける機会があった場合に、「分析や問題解決能力」が増加したと回答している学生の割合が70%(国公立79.2%、私立70.1%)を超える一方で、そうした機会がない授業においては、「分析や問題解決能力」が増加していると答える学生比率は30%以下(国公立20.8%、私立29.9%)となっている。
同様に、「学生が自分の考えや研究を発表する機会がある」授業を通じて、「批判的思考力」や「コミュニケーション力」および「プレゼンテーション力」等のラーニング・アウトカムズが増加したと回答している学生の割合は国公立・私立大学ともに70%を超えている。
近年多くの大学が教育方法の改善に注力してきた効果が、徐々に学生のラーニング・アウトカムズの上昇につながりつつあるといえる。こうした効果が本質的であるかを検証するためにも、大学の教育改善が、学修時間の確保にどう結び付き、主体的な学修につながるかを継続的な学修行動調査を通じて注視していくことが不可欠である。