アルカディア学報
限界に達した家計負担 高等教育の費用負担をめぐる議論
家計の教育費負担は限界に達したといわれる。本稿では、家計負担の現状を見つめ、負担軽減の公共政策として、授業料所得控除の導入を提起したい。高等教育への公財政支出を増やすために、誰がどのように費用を負担するのかを議論しなければならない。
35年間で最悪の私大家計負担
下図は、1975年から2010年までの35年間について、国立・私立大学の初年度納付金(全学部平均)を勤労者世帯(50~54歳)の可処分所得(手取り収入)で割ったもの(家計負担率)の推移を示している。これによると、国立大家計の負担割合は、1975年の2.7%から2010年の13.7%へと、ほぼ一貫して上昇した。それに対して、私立大家計の負担割合は、1975年の11.7%から80年代前半にグングン上昇し、年によって変動があるものの、2000年代初めに20%を超え、2010年には22%を記録した。2010年の22%は35年間で最も高い数値であり、私大家計負担が最悪となった。
国大家計の負担が重くなったといわれるが、2010年の負担割合13.7%は、私大家計にとって1978年の水準である。私大家計は30年以上も学費負担の重さにあえぎ続けてきた。
2005年以降、国私ともに負担割合が停滞し、高止まりしている。この理由として、家計所得の低迷と学費の停滞がある。国立大学法人化(2004年)を経て、2005年以降、授業料等の標準額が変化してないこと、私大の授業料等があまり引き上げられなかったことがある。私大関係者に尋ねたところ、この10年間、一度も学費を引き上げていない大学も少なくなかった。値上げのできる大学は、志願者を多数集める一部の大手に限られるのではないか。勤労者世帯(50~54歳)の可処分所得は、2005年以降08年まで回復傾向にあったが、09年以降、再び減少しつつある。2011年の所得は08年よりも40万円以上減少している(総務庁『家計調査』による)。
家計負担軽減の公共政策
進学率が50%を超えたばかりの高等教育への支援について、わが国では、残念なことに社会的な合意が得にくい状況にある。この理由として、高等教育の私的財としての側面が強調され過ぎていることが考えられる。確かに、大卒でないと就けない仕事があること、賃金(生涯所得や収益率)が大卒者が高卒者より高いことなど、家計が便益を直接享受することができる。
しかし、高等教育には公共財としての側面もある。所得の高い大卒者がより多くの所得税・住民税を支払うこと、高等教育の成果として、例えば新技術が開発されたり、経済発展が促進されるなど社会的便益も大きい。
家計負担を軽減させる政策として、大学への機関補助(=経常費補助)により学費を引き下げることもできる。ここでは家計への直接補助として、税制による支援(授業料所得控除の導入)を提起したい。この補助は、家計状況に応じたきめ細かな支援ができることがメリットである。
授業料所得控除の導入
具体的には、初年度納付金の国私格差分50万円を課税所得から控除することを検討してみよう。試算によると、年収が低いほど減税額が大きく、家計所得に応じた支援が可能となる。年収400万円では所得税額がマイナスとなる。
実現に向けて、減税分を誰がどのように負担するのかという課題がある。国の財政状況が厳しい中、高等教育への公財政支出を増やすためには、教育以外の支出を減らすか、利払い費が予算を圧迫する国債発行を増やすか、それとも国民の租税負担を引き上げるか、選択肢は限られている。
わが国では教育への公的負担の少なさが話題に上る。しかし、公的負担が多い国では、家計の高等教育費負担は少ないが、所得税や消費税等の国民の租税負担は重いことに留意しなければならない。つまり、教育費を大学生のいる家計だけが負担するのではなく、大学生のいない家計も負担するという発想、公共財として子供を国民全体で育てるという合意が得られてはじめて、高等教育への公費増加が実現できるであろう。
近視眼的な思考を超えて
国際人権規約のA規約(社会権規約)第13条(大学の学費無償化条項)を留保している国は、条約加盟国160か国中、日本とマダガスカルだけとなった。財政事情が厳しいわが国で高等教育への支出を大幅に増額することには難しい面もあろう。しかし、将来、高卒者より多額を納税するであろう高等教育進学者を現在支援することが、長期的に歳入増加をもたらすことになる。国民や企業が、現在(今)税等により高等教育費を負担すれば、将来自らが恩恵(便益)を享受することができる。税等の負担増加を何が何でも忌避するという近視眼的な思考から、わが国の将来を見据えた発想の転換が必要である。国立私立にかかわらず、偏差値の高い大学には所得の高い家計の子どもが多いことが明らかになりつつある。高等教育の機会均等を図るためにも、家計負担の軽減を急がなければならない。