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アルカディア学報

No.470

グローバリゼーションと大学入試多様性と可能性の評価が未来を創る

研究員 田中義郎(桜美林大学総合研究機構長・大学院教授)

 グローバル化する社会の大学入試について議論が必要である。我が国の「学力」の定義を考えれば、5教科7科目の試験で測れるもの、という思想に至る。大学入試センター試験はそのように設計されているように思う。同様に、学力を測ることを考えた場合、諸外国には様々な学力の思想がある。例えば、イギリスのAレベル試験、ドイツのアビトゥーア、アメリカのSATやACT、韓国のCSAT、どれも皆それぞれ固有の大学文化に基づいて学力を定義し、大学の入学考査を課している。これらをどのようなプラットホームで共有できるのか、を検討しなければならない。この課題を整理すると、我が国の大学入試は何に応えているのか、何に応えていないのか、何を測っているのか、何を測っていないのか、あるいは測れていないのか、ということについても、それらを真摯に考えてみる必要に立ち至る。
 グローバリゼーションとはダイバシティ(多様化)である。人口減少社会の進む道は、人材の多様化、多様な人材の集団に変わるという道である。そこでは、コラボレーション(協力)が尊ばれ、新しい言葉では、協働とか協創という言い方もある。産業界では、業界、業種の再編成が進行し、新たな業界、業種が誕生する。
 高等教育においては、グローバル・マーケットとしての学生移動の基盤というモデルを新たに考える必要がある。IIE(Institute of Inter-national Education) によれば、留学生の主要受入国、2009年度の数字では、留学生総数でアメリカが67万人、イギリスが41万、ちなみに、日本は12万3829人である。一方、留学生の主要送出国を見ると、中国が第1位、第2位はインド、そして、第3位が韓国である。ところが、日本の留学生受入実績では、第1位は中国、第2位は韓国、第3位以下のどこを見てもインドが見当たらない。我が国の高等教育はインドからの留学先選択の対象に入っていない。なぜ私たちの高等教育はインドの留学生から選択されないのか。アメリカの主要な理工系大学では、インド系学生はマジョリティ(大多数)である。カリフォルニア州のシリコンバレー等、アメリカの科学技術産業を支えているのは、インド出身の理工学者やエンジニアの活躍である、とさえ言われる。
 なぜ選ばれないのかということは、これまでほとんど研究の対象になっていないし、そうした事情が、大学入試に反映されているかと言えば、されていない。今日、グローバリゼーションに対応できるのは、多様性と可能性に着目する多元的で横断的な成長アセスメント型の評価である。
 どうやら、我が国の大学入試とアメリカのカレッジ・アドミッションは相当に違う。我々の言うアドミッションズ・オフィス(AO)入試は、日本のオリジナルである。一般に、大学入試は、セレクション、いわゆる入学者選抜の装置である。それに対してカレッジ・アドミッションは入学有資格者の評価(エリジビリティ・アセスメント)の装置である。我が国では、高校卒業は大学受験資格であるが、少なくとも現状では、大学入学の有資格認定ではない。この現実を踏まえての議論が必要である。
 前提には、ダイバシティ(多様性)がある。今日、グローバリゼーションとほぼ同様の意味を持つと私は考えているが、ダイバシティに対応しうる大学入学の基盤として新たなプラットホームが必要になる。いわゆるカレッジ・レディネスの定義である。一見、アメリカのカレッジ・トランスファー(大学間移動)やヨーロッパのボローニャ・プロセスの話にも聞こえるが、グローバリゼーションやダイバシティは、意欲のある学生が一定の水準を相互に保証された学びをいつでもどこでも機関や地域や国境を越えて享受できるシステムであり、そのために、大学の入学を如何にデザインするか、ということになる。
 今、私たちは大学のゲートキーパーとしての入学システムの役割の変化という現実に直面している。望めば誰でも高等教育を享受できる可能性のあるオープンアクセス時代、ドアは既に皆に開かれているから、いかに彼らを大学に導くかを念頭に置いたテストや仕組みの開発がむしろ重要である。それには、彼らを後押しするもの、引き上げるものに着目し、彼らが大学生活で困難に直面しないために何が足りないのか、何を足さねばならないのかを発見し、手当ての指針となるものを用意することが必要である。
 そこで、エリジビリティ・インデックス(Eligibility Index:有資格者指標)がグローバル化の過程で活躍するのである。例えば、UCエリジビリティがある。カリフォルニア大学(UC)のエリジビリティ・インデックスでは、高等学校のGPAを入力し、SATの点数を入力し、ACTの点数を入力すると、まずは、第一段階としてカリフォルニア大学に入学する資格要件を満たしているかどうかの評価をインターネット上で自己診断できる。この場合、特定のキャンパスに拘らなければ、10校あるキャンパスのどこかでは学べるという現実を志願者は事前に知る。しかし、これがUCバークレーやUCLAといった国際的競争力が高く人気が集中するキャンパスを希望すると、収容力を越える希望者が集中し、最終的に厳しい選抜に直面する。いずれにせよ、カリフォルニア大学システムが期待する適正な学力はこの過程で担保される。
 エリジビリティ・インデックスという考え方は、大学で学ぶ学力の水準を事前に想定し、そうした学力をいかに担保し、同時にいかに測定するか、ということに気付かせてくれる。その場合、適正な学力の再定義が求められる。カリフォルニア大学では、SATやACTなど様々なテストの結果や高校のGPAなどの日々の学習成果の集積が学力である。トランスファーの考え方は、大学生がある高等教育機関から他の高等教育機関に移動することであり、既得履修単位が移動先の高等教育機関において同価値認定される過程である。この場合、アカデミック・プラットホームを共有することが重要である。
 グローバル化時代とは多様な価値が花開く時代で、高等教育の進学率の高まりにより、エリート選抜による排除から、学習コミュニティによる協創、コラボレーションの時代に変わる。大学入学試験が人生を左右する決定的な転換点になるのではなく、人生を模索する出発点となるためには、入学試験はどうあるべきか。知っているだけでなく、「~できる」を評価する。例えば、知識力の他に、実験力や推論力でも、運用力や展開力でも、評価してはどうか、等。プロフィシエンシー・アチーブメント(Pro-Achievement)型アセスメントへの転換である。
 そのためには、各国の大学入試の根拠となっている学力の思想の国際比較を可能にする政策研究の視点が大切である。グローバル化時代の大学入試では、大学生が有しているはずの文化的識字力(Cultural Literacy)が国境を越えて通用する能力(Transnational Competence)として定義され、そのプラットフォームが適正に個々人の中に形成されていることが入学有資格者評価のベンチマークとならねばならない。その場合、エリジビリティのマネジメントは極めて重要である。