アルカディア学報
オンリーワンの道 日中韓の留学生政策から第50回公開研究会での議論
昨年11月29日、私学高等教育研究所の第50回公開研究会が開かれた。テーマは「日中韓の留学生政策と日本の私立大学」。会場は満員となり、この話題への関心の高さが伺われた。
まず、神戸大学の黒田千晴氏より、中国の政府と大学による留学生政策について発表があった。社会主義経済体制下の中国では、大衆化・市場化・重点化と並んで、国際化が大きな柱になっている。その国際化においては、留学交流の規模の拡大と同時に、世界に広がる中国政府公認の語学・文化学習のための「孔子学院」等を通じた中国語の世界語戦略、中国の高等教育機関の海外進出、「頭脳還流」政策を通じ、「科教興国」「人材強国」の戦略が取られているという。QS社による世界大学ランキングでも香港大学や北京大学・清華大学などは日本のトップ大学と肩を並べており、上海交通大学など、最新鋭の理系設備を備えた大学も出現している。こうした中、2010年の海外留学生受け入れは26万5000人に達し、2020年までにアジア最大の50万人との目標が定められている。学生も、韓国についで米国、さらに日本・ベトナム・タイ・ロシアから各1万人以上、東洋を含めた医学や理工系、大学院では中国社会・文化についても英語での教育プログラムが準備されている。
続いて、洗足こども短期大学の長島万里子氏より、韓国の留学生政策について発表があった。国立大学が中心の中国に対し、韓国は私立が国公立を量・質ともに上回る。タイムズ・ハイヤー・エデュケーションの大学ランキングでは、トップ400位に国立が2校なのに対し、私立が5校入り、先のキャンパスアジア採択校でも私立が国立を上回った。ただし、ソウル一極集中の程度は著しく、地方大学では定員割れが深刻化している。韓国は留学生送り出し国として知られ、2010年に総数で25万、送り出し先は米国・中国が7万前後で肩を並べ、3万弱の日本や2万弱のオーストラリア・英国が続く。同時に、留学生受け入れ国としても急速に地位を高め、2000年にはわずか4000人であった受け入れが、2010年には8万4000人までに急拡大、2012年に10万人達成を目標としている。受け入れは、中国からが5万8000人と全体の7割弱を占め、3000人台の日本・モンゴルとの間に大きな開きがある。この背景には、徹底して戦略的な留学生受け入れ政策があり、地方有力大学での受け入れを促進する反面で、質の低い大学は留学生受け入れをさせないための認証制度を2011年から導入するなど、質保証制度でも世界最先端を行く。驚くべきは、学士課程の英語での講義比率で、留学生の多い梨花女子大学・成均館大学・慶熙大学ではいずれも四割前後に達する。英語での講義比率の高さは、主には韓国学生のグローバルな学習・キャリア・ニーズに対応したものだが、米国留学経験者が圧倒的に多いトップ大学の教授陣も背景にあり、留学生獲得において言語の障壁が緩和されるという意味で、大きな武器となっている。
黒田・長島両氏から共通して述べられたのは、中国・韓国は留学生受け入れにおいて、日本の強力なライバルとの認識である。実際に充実して綺麗な学生寮の写真を見せられ、学費や生活費などの価格競争力でも日本よりも恵まれている姿を見、また、韓国・中国が留学生交換で相互に突出した最大の受け入れ国となっている現実は、衝撃的ですらある。両国の民族的な重なりを差し引いても、まずは東アジアの留学生市場における学生送り出し国としての日本の存在感の薄さを感じた。
これを受けて、文部科学省学生・留学生課の水畑順作氏より、日本の留学生政策についての発表があった。一言で印象を述べれば、「元気で日本らしい日本」の姿が示されたのではないかと思う。2020年までに30万人の留学生受け入れをめざす日本の留学生数は、2010年に14万人を超えるなど、順調に増え続けてきた。東日本大震災の影響は震災直後には新規渡日が10%以上キャンセルされるなど、まだ予断を許さないが、2011年7月時点で出遅れていた東北地方においても留学生の93.8%が戻った。文部科学省自身がコミットして進める留学生のビデオ・メッセージのインターネット発信や、日本への留学を検討している学生を海外から約200名2週間招聘する「ジャパン・スタディ・プログラム」の実施なども紹介された。政府部内でのグローバル人材育成の検討、3か月未満の学生交換(ショート・ビジット、ショート・ステイ)、また、1年未満の短期留学の支援の大幅な増加、キャンパス・アジア対象国である中国・韓国、さらには米国を中心とした大学間の学生交流パートナーシップを促進する大学の世界展開力強化事業など、財政難の中にありながら、可能だと思われるありとあらゆる支援策が政府からは打ち出されているといってもよいであろう。
同時に水畑氏からは、氏の個人的見解として、すべての大学がワールドクラスを目指すのではなく、「もしナンバーワンでなければオンリーワン」をねらう道もあるのではないかという議論が示された。地域の特色、プログラムの特色を生かして何ができるのか、また、学位取得、スキル獲得、異文化理解・経験といった多様な相手のニーズがどこにあるのかを把握する必要、大学が置かれた地域の観光や街づくり事業との連携、さらに、焦点とする国を絞った留学生受け入れなど、現場の視点に立った大学のグローバル化戦略と、地域や社会の振興策との一体化の重要性が説かれた。
黒田氏及び長島氏からも、中国・韓国では優秀な学生を中心に欧米留学志向が強いという厳しい現実が改めて示された。日本として、学術的な卓越性を求める留学生獲得を目指しつづけていくことの必要性は言うまでもないが、最後に簡単なコメントを筆者からさせていただいた。日本にいる留学生の生活費は平均すればまだ日本人学生の生活費を大幅に下回っている現実がある一方で、親などから何らかの仕送りをもらっている留学生は増え続けている。このなかでは、一方ではキャンパス・アジアのように、中国・韓国と大学間で連携し、双方向的、あるいは地域一体となった学生交換を進めていく必要があるだろう。他方で、黒田氏が中国の学生の日本留学ニーズとして、文化的な魅力と同時に、日本の大学を通じて着実にキャリア形成できるルートの存在を挙げたように、中国・韓国に比較して長い留学生受け入れ経験の蓄積の中で培われてきた「日本らしい」魅力を前面に戦略化していくことが、基本となる。なお、今回の研究会は私学を特に意識して行われたが、それぞれの国で私立大学の発展の様相が異なるため、必ずしも国公立は国公立同士、私立は私立同士のパートナーシップにこだわるべきではないことも、現実として受け止める必要がありそうである。
今回の企画は、同研究所による高等教育の国際化比較研究のプロジェクトの一貫として行った。今後も様々な形でアジアと日本の今の姿を考える機会をつくっていきたい。