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アルカディア学報

No.450

学校法人と「安定性」
学校法人の理念は変質したか

主幹 瀧澤 博三(帝京科学大学顧問)


学校法人と「安定性」の理念
 大学の提供する教育サービスの特徴は、何よりもサービス内容が長期にわたるところにある。大学院も含めればその年限はほぼ10年になるし、卒業後も母校として支えになることが期待される。さらに地域との社会的・文化的つながりは永続的なものである。このような性格を持つ大学の経営に求められるものは経営の安定性・継続性であり、学校法人の理念として、自主性・公共性とともに安定性が挙げられるゆえんである。
 この安定性の理念を実現するためには、何らかの制度的保証が必要である。大正7年の大学令によって私立大学が生まれた当時、それは財団法人の基本財産であった。私立大学の設置者たる財団法人は、「大学を維持するに足るべき収入を生ずる基本財産」を有しこれを国に供託することを求められた。しかし、この要件を満たすことは一般的に極めて困難であり、運用の実態には曖昧な面が多かったようであるが、少なくとも安易な設置の抑制効果はあったものと思われる。
 戦後は、この「基本財産の供託」制度は廃止され、代わって学校経営の安定性の保証に寄与してきたのは「校地・校舎の自己所有」という設置認可の要件であった。とくに、校地については、当初「校舎基準面積の6倍以上」とされ、この基準については、大学の立地条件によってはかなり厳しい要件と認識され批判もあった。反面、ゆとりのある土地所有が経営の危機をしのぎ、さらには拡充・発展の資源となるケースも多く、私学経営の安定性の面での意義は大きかったと思われる。
規制改革と「安定性」理念の変化
 その後、第一次ベビーブーム世代による入学志願者急増への対応として大学の収容力増の要請が高まり、さらに規制緩和政策の圧力も加わって、設置認可基準の緩和が進められることとなった。その結果、校地面積の基準は以下のような経過を辿って急速に軽減されたのである。
 ●校地基準面積の緩和:
 ▽校舎面積基準の6倍から3倍へ...平成10年閣議決定「規制緩和3ヶ年計画」、▽3倍から学生1人当たり10㎡へ...平成15年大学設置基準改正
 ●自己所有要件の緩和:校地基準面積の2分1以上の自己所有から 校舎面積相当分以上の自己所有に...平成15年審査基準改正
 ●構造改革特区の例外:自己所有が困難と認定されれば校地・校舎とも全部借用で可...平成15年文科省令
 ●特区特例の全国展開:特区の特例であった校地・校舎の全部借用を全国的に認める...平成19年審査基準(借用期間は原則20年以上の保証、但しやむを得ない場合は修業年限相当年数以上の保証で可)
 戦前において学校は財団法人であることとされた思想を引き継いで、戦後の学校法人は経営の安定性の基盤を校地・校舎の基本財産としての維持に置いてきた。そのため校地・校舎の自己所有の原則を定めるとともに、学校法人会計基準において学校の維持運営に必要な資産の金額を保持するよう基本金の制度を設けている。しかし、校地の全部借用にも途を開いたことで、この基本金の制度も次第に空洞化の途を辿るのかも知れない。学校法人は財団的な安定性を放棄し、資金を集めて事業を行い、その利益で債務を返済するとともに新しい事業の展開に充てるという、機動性の半面でリスクの多い営利企業的な行動様式に変質して行くのだろうか。
株式会社の大学参入
 校地基準の緩和と並んで、もう一つの「安定性」理念への攻撃は、株式会社の大学設置への参入である。医療、福祉、教育、雇用等の分野では営利企業の参入には関係の業界、団体等の強い抵抗があったが、規制改革特区の制度を活用し、まず特区の特例として楔が打ち込まれた。大学の設置者として株式会社を認めるべきだとする規制改革の論理は、まとめれば大略次のようになる。
 ▽経済の活性化のために医療、福祉、教育等の分野も民間資本に開放すべきだ。
 ▽設置者の多様化による競争が教育サービスの質を向上させる。
 ▽株式会社の活用は教育への資金調達を容易にするとともに、教育サービスの提供を効率化・近代化する。
 これに対し文部科学省では、営利を目的とする株式会社が設置者となることは高い公共性を有する学校教育の性質に鑑みれば極めて不適切であるとともに、学校教育に必要とされる安定性・継続性が確保できない恐れがあるなどとして正面から反対を唱えていたが、最終的には総理の強い主導もあり容認せざるを得なかったようである。
 平成15年5月には特区法の改正が成立し、株式会社立大学が制度化され、16年度から19年度にかけて7大学(大学院)が認可を受け設置された。これらの大学のその後の状況をみると、運営に問題があり改善勧告を受け、あるいは学生確保の困難などから、早くも学生募集を停止するなど問題が続出した。特区の事業については特区推進本部の評価・調査委員会で実績を評価の上、全国展開することが予定されているが、学校設置会社については未だこの評価は実施されていない。問題の多発から具体の評価は毎回延期されているものと思われる。
安定性理念の再構築を
 市場主義に立った規制改革の目からすれば、サービスの向上を生むものは「競争と淘汰」であり、「安定性」は「停滞」と同義で、革新と機動性の欠如を意味するものでしかなかったのかもしれない。規制改革は、教育を経済の目で見ることによって教育の革新に新しい見方を提供するというメリットの面もあったとは思う。しかし、実態的には経済の視点を強調するあまりに教育の視点が不当に軽視されてきたことは否めない。高等教育における規制改革政策の審議過程をみれば、そこには教育界とのノーマルな調整過程を欠いた異常な性急さが感じられる。
 いま校地基準の緩和、株式会社の大学参入という規制改革の提起した二つの課題を通じて、学校法人の基本的な理念の一角が、教育界の意向や知恵が十分生かされ参酌されることもなく崩されようとしている。時代の要請に即応する革新と経営の機動性が求められるようになったからと言って、大学教育の安定性・継続性が重要性を減ずる何らの理由もない。むしろ変化の激しい時代だからこそ、学校法人の安定性はいっそう重要性を増し、その理念の再構築が求められていると思う。