アルカディア学報
学校法人制度の特質と私学法 中長期計画でマネジメント強化を
学校法人の在り方③
学校法人の特質
私学の自主性と公共性を統合的に発展させる仕組みとして、日本の学校法人制度はいくつかの特徴を持っている。昨年一年かけて私ども私高研「私大マネジメント改革」チームでは、石渡朝男座長の下で学習会を重ね、今年3月、資料集『学校法人制度・学校法人会計制度に関する研究』を発刊した。
意思決定と執行機能を併せ持つ理事会、チェック機能を有効に果たすための理事の倍数を超える評議員会の設置、設置者である法人と設置学校が別の法律で作られている点、監事の必置、役員への親族就任の制限、安定性、永続性を第一義とする学校法人会計制度などが主な特徴として上げられる。講師をお願いした大学設置の制度的変遷に詳しい大迫章史氏、羽田貴史氏も、財団法人を骨格に成立・発展してきた過程を詳しくご説明いただいた(上記資料集所収)。私学人の運動を背景に、監督省庁の権限を抑制し、自立性を確保してきたことが見て取れる。
同じく両角亜希子氏も、アメリカの一法人一大学、学外者中心の理事会構成、監督機能を持つ理事会と執行機能の分離(学長委託)という設置形態と比較し、日本の特徴を明らかにしている(同所収)。
自主性と公共性
この特徴の中の、設置者と設置学校が別の法律、私立学校法と学校教育法で作られるという制度設計は、課題も含みながらも私学発展の重要な要素であったと思われる。
第一は、これによって一法人が多くの学校を設置することが可能となり、私学拡大の基盤となった点があげられる。幼稚園や高校を設置した法人がやがて短大・大学に発展してきた経緯は、講師の荒井克弘氏が調査や多くの学園史の丹念な分析で明らかにされた(同所収)。
第二は、設置学校が国立・公立と同様、学校教育法で規定され、公教育の一環として扱われ、質保証されることで、国公私の設置母体の違いにかかわらず教育の信頼性を高め、私学教育の拡大に結び付いてきたことも指摘できる。
第三には、教育管理組織が別に定められたことで、教育条件充実の立場から経営に一定のチェック機能を果たし、この過程で法人の全体政策と教学方針を結合させる運営や組織を作り上げ、活性化や改革を持続させてきた積極面も見なければならない。私学の自主性と公共性のバランスのとれた発展にとって意味があったと思われる。
法人と設置学校
では、法人と設置学校・大学は切り離されているかというとそうではない。瀧澤博三研究所主幹も「学校法人と大学の関係について」(6月8日付)で述べている様に、法的には、学校法人・理事会が設置学校の基本政策を含む法人の最高意思決定機関(私学法第36条第2項)であり、学校教育法第5条「学校の設置者は、その設置する学校を管理し」との定めの通り、法人の下、設置学校も含め一体的に管理運営されることは明確である。対外的に法人格を持ち、法律上の権利義務の主体となれるのは法人しかない。設置学校の教職員の雇用も、校地・校舎の所有も、財務管理、資産の帰属も法人であり、設置学校は法人と一体化しない限り存立しないし、機能しない(参照『解説私立学校法』俵正市など)。
また、そもそも理事会は、設置学校の学長、校長を理事に選任することが私学法で義務付けられており(私学法第38条第1項)、設置校の意思を含む理事会決定が可能な法的体制をとっている。これがアメリカの監督・執行分離型との大きな違いで、学内者が理事に就任し、理事会自身の中に設置学校の執行機能も組み込み、監督機能と結合することで一体運営が出来得るシステムとなっている。
改訂私学法の柱
これらの点は2004年の私学法の改訂でより明確になった。この改訂は、厳しい競争環境の中、法人・理事会のマネジメント強化を狙ったもので、理事会を法律上の必置機関とし、その権限と役割を定めた(私学法第36条)。旧規定では理事長は「学校法人内部の事務を総括する」とし、狭い経営事務統括と誤解を与えかねなかった表現を改め「理事長は、学校法人を代表し、その業務を総理する」(私学法第37条第1項)とした。総理とは「全体を統合し管理する」の意で、法人全体の目標・基本方針を管理・遂行する責任者としての役割をより明瞭にし、代表権も基本的に理事長のみとした。
また、事業計画を新たに評議員会付議事項として位置づけ、更に決算と共に事業報告書の作成と公表を義務付けることでマネジメントサイクルの確立を狙った。説明責任の強化を目指し情報開示を拡大するとともに、監事機能を、財務監査と併せ、理事の業務監査から法人業務の監査(設置校の教学の基本計画を含む)に拡大、設置学校を含む法人業務全体に対する監査強化を図った。
一体運営の推進
このように法人が設置学校を含む全体管理を担うが、教育の直接的管理は学校教育法で定められているため、実際にこの政策統合をどう行い、目標達成の一致した行動を如何に作り出すかは私大運営で常に求められてきた。統合の仕方は大学により様々でいくつかのパターンがある。
小規模大学で、いわゆる「所有者的経営者」として理事長が直接経営・教学を統治しているところや国立大学法人と同様、トップを同一人格で統合している理事長・学長兼務型、理事会が実質的な大学統治を学長に委任する学長負託型、評議員会議決型、経営・教学の調整型、理事会のリーダーシップによる政策統合型など様々である。我々プロジェクトの調査研究も、迅速な政策確立とその全学浸透による望ましいマネジメントの在り方を模索しているが、多様な大学の全てに当てはまるモデルというものはない。しかし、いかなる統合形態であろうとも、設置校を含む基本政策は、最終的には理事長・理事会が責任と権限を持って行う以外にない。
中長期計画によるマネジメント
これからの学校法人の一体運営を進める上で注目したいのは、改訂私学法で新たに加えられた事業計画、事業報告によるマネジメントサイクルとガバナンスの強化である。自立的な目標設定と実現計画なしには、大学の機能別分化(個性化)も質向上も進まない。中長期計画に基づくマネジメントが経営改善、定員確保や消費収支差額比率の向上に効果があることは、我がチームの調査によっても実証済みである。
事業計画は予算編成の根拠、予算で何を実現するかの方針書であり、理事会の業務執行責任とは、端的にはこの事業計画の遂行責任である。事業報告書も決算と一体で法人事業全体の到達を示す。そして当然ながらこれらは設置学校の教学基本計画も組み込まなければ法人の事業計画とはならない。この計画を数年(中期)にわたるものとし、事業報告書も単なるデータ集ではなく、記載例にもある「当該計画の進捗状況」の明記、到達点や課題を総括しPDCAを機能させれば、法人の自立的マネジメントの強化につながる。理事会決定が求められる事業計画、事業報告を活用し、この立案と遂行過程を通して法人の政策統括下での一体運営を更に進めることが望まれる。
理事長が法人全体を「総理」する手段は、財政権、人事権、組織権限等いろいろあるが、目標を指し示し教職員を動かす上では、政策による統治が重要だ。これが日本の学校法人制度の特質を生かし、強みに変える。