アルカディア学報
新たな学校種の創設構想
職業教育をめぐる議論
一、専門学校1条校化の要望
文部科学省は平成19年9月に「専修学校の振興に関する検討会議」を発足させ、専修学校の教育制度の改善、今後の振興方策について検討を始めた。その中心課題は、専門学校を1条校に制度化すべきとする専修学校団体の要望・問題提起にどう対応するかというものであった。会議では、団体を代表する形で参加していた委員から、次のような訴えが相次いだ。専修学校は社会的に高く評価され、今や、高等教育の一翼を担う重要な学校群として確固たる地位を築くに至ったが、なお大学等いわゆる1条校に与えられる各種の優遇措置の適用が、それと同様に認められないことがあり、「1条校に比べて差別されている」と認めざるを得ない。また、その原因は学校教育法の1条校に位置づけられていないことにあるとし、専修学校を学校教育法の1条で規定する学校に位置づけるべきとされた。
これに対し、他の委員からは、専修学校は1条の学校とは、本質を異にする別体系の学校として制度化されたものであり、学校としての趣旨目的、制度上の位置づけ、設置基準等が異なる制度設計になっている。まさにそのことによって、専修学校は1条校とは違って、既存のアカデミズムにとらわれることなく、現実の職業に即した実際的な教育を、緩やかな設置基準のもとで、素早く柔軟に展開できたわけで、そこに、専門職業教育機関として勝ち得た社会的評価達成の秘密があるはずだという。こうした学校を1条校に位置づけるように制度変更しようというのは、専修学校制度を崩壊させてしまうもので、人材育成において社会に果たしている大きな貢献を損なうことになるものだとされた。学校に認められるべき各種の優遇措置の中に一部適用されていないものがあるとしても、それはそれとして適用改善を求めていけば足りる問題(しかも実際には、多くの問題が逐次、解消してきており、そうした問題はあまり残っていない)で、いずれも、1条校化の理由にはなり得ないとして反論された。短大に関係する委員からも「専修学校が学校教育法第1条校を目指すのであれば、高等教育機関としての設置基準により設置されている大学・短期大学となるべき」として、反対の意向が示されていた。
むしろ検討会議の行うべき議論としては、専門学校制度はそれとして残し、その上で、特に高い水準の教育を行っている専門学校を対象に、別の学校種として位置づけることが適当か、あるいは可能かということではないかということになっていった。かつて、専修学校制度が創設された時も、母体となった各種学校の中には、レベルの高い学校があり、それらを引き続き各種学校として振興をはかるよりも、新たな専修学校を制度化して、より高いハードルを課しつつ支援していくことが、日本の教育全体にとって意義があるとの判断で、新しく専修学校制度が創設された経緯がある。そのときと同様に、特に教育レベルの高い一群の専門学校を対象に、より高い基準設定のもとで振興を図ることを検討するのが適当ではないかとの問題意識であった。
これに対し、委員の中には、18歳人口の減少期に新たな学校種をつくることは、既存の学校にも多大な影響を与えることが予想されるところから、きわめて慎重に対処すべきとの意見もあった。また、短大の団体も、新たな学校種としての高等教育機関を創設する必要はないとの意見を表明していた。
しかし検討会議の大勢としては、高等教育段階における職業教育を格段に充実させるためには、既存の個々の学校が職業教育機能を強めるとともに、職業教育に特化した新たな学校種を構想することは必要ではないかとの意見であった。わが国の大学はすべて、制度上、学問研究の府としての性質をもち、そのために実践的な職業教育を飛躍的に発展させるには困難な面があること。また、ドイツ、イギリスなど、世界の各国では、新たな職業型の高等教育機関の拡充がなされる傾向が見られ、日本においても、新たな「高等職業教育機関」の設置を構想することは十分に意味のあることであるとして、積極的に検討することが適当とされた。
二、新たな高等教育機関の構想
しかし、仮にそうした新たな学校種が構想されるとしたら、それは専門学校のためだけのものではなく、大学・短大・高専からの移行も視野に入れた、高等教育全体における職業教育機関の在り方の議論にならざるを得ないものと考えられた。このため、検討会議の報告は平成20年11月になされたが、この問題は、専修学校振興の検討を超えるものであることから、中教審で改めて議論されることとなった。
中教審のキャリア教育・職業教育特別部会では、学校教育全体を通じての、総合的・体系的なキャリア教育の在り方を詳細に検討したが、専修学校振興検討会議からの問題提起についても議論がなされた。平成22年5月にまとめられた第2次審議経過報告では、「職業実践的な教育に特化した枠組み」の整備を検討する必要があるとした上で、次のような枠組みのイメージを提示した。高校卒業者を対象に「職業との関連性を重視した実践的な教育を通じて、実践的・創造的な職業人を育成するプログラム」、そのための、「実験や実習など職業実践的な演習型授業の割合を重視(例えば概ね4~5割程度)、関連企業等への一定期間にわたるインターンシップの義務付け」、「教育課程の編成過程における社会(関連分野の企業等)との連携・対話の制度的確保」など。さらにまた、「現行の大学・短期大学等とは別の学校として検討することが適当」としつつ、「高等教育機関としての質保証が重要」として「制度設計や質保証の在り方について、今後更に、具体的に検討していく必要がある」としている。
その後の特別部会の議論では、「職業実践的な教育に特化した枠組み」(新たな学校種)が備えるべき特徴について、大学・短大、高専、専修学校、公共職業能力開発施設などと比較した形で考察する資料が配布されるなど、新たな学校種のイメージが深められて検討されている。これまでの審議の整理として、既存の学校との比較をもとに、目的・学術性・教育内容・授業方法・成績評価・教員組織・教員資格など、項目ごとに、「職業実践的な教育に特化した枠組み」の内容の明確化が検討されてもいる。特別部会では、年内の答申が予定されており、その間の議論で検討がいっそう進むものと期待される。