アルカディア学報
教育改善に向けての学生調査 継続することの意義
大学生の意識や生活の実態を明らかにする学生調査は、これまで少なからず行われてきた。各大学において学生の生活や行動を把握しようとする調査まで含めれば、それこそ夥しい数となる。こうしたなか、近年になって、新しいタイプの学生調査が登場している。それは、教育成果の評価や教育改善を目的に、個別大学を超えて継続的に実施する学生調査である。こうした調査研究に先鞭をつけたのが、山田礼子教授(同志社大学)を研究代表とする「大学生調査研究プログラム」(Japanese Cooperative Institutional Research Program=JCIRP)である。筆者も、研究開始当初からメンバーとして参加してきた。
同調査は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校高等教育研究所の許諾を得て、CIRPをもとに、2004年から日本版を独自に開発した。現在では、大学生調査(JCSS)、新入生調査(JFS)、短大生調査(JJCSS)から構成されている。2004年の試行調査からほぼ毎年実施し、3調査を合わせて、昨年までに延べ310大学・短大から5万4000名を超す学生が参加している。この間、回答比率の低い設問を削除したり、尺度を見直したり、日本独自の設問を追加するなど、調査票の改良にも取り組んできた。
この調査の特色は、情緒的、認知的側面を重視し、進学理由、生活時間、経験、能力の自己評価、価値意識、キャリア意識、大学の授業や設備に対する満足度など、調査項目が豊富で汎用的な点にある。また、長期にわたり、継続的に実施することを視野に入れるとともに、複数の機関が参加して比較することが可能で、さらに、複数の調査を組み合わせ、学生の追跡調査も可能な設計となっている。こうした調査設計は、冒頭でも述べたように、学生の生活・学習の実態と大学の教育環境を把握し、大学教育の改善・改革や学生支援の充実と結びつけたいとの狙いがある。また、学生の学習成果が求められる昨今、学生の学習行動や能力の自己評価に関する調査は一種の間接評価としても機能しうる。
実際、2008年からは、全国の大学に実施を呼びかけ、参加校には教育改善に役立ててもらうために、各大学の単純集計とローデータ、また全大学の単純集計を返送している。ベンチマークとして、同類型の大学と比較したり、高い成果を示す大学と比較するのはまだ難しい状況にあるが、全体集計との比較や学内での学部間、学生集団間の比較は可能であり、継続的に参加すれば、今後、各機関の変化を見ていくことも可能となろう。
このように述べると、大学間比較に重点をおいているかのようだが、設問や尺度が概ね固定化してきた現在、継続調査としても活用できるようになりつつある。こうした調査の積み重ねは個別大学における変化の確認にとって有用なだけでなく、教育改善に向けて教育プロセスを分析するうえでも重要である。というのも、実施年によって回答傾向に変動がみられる項目とそうでない項目があるからである。すなわち、教育的働きかけや環境の変化によって、回答に変化が見えやすい項目とそうでない項目を明らかにできるのである。
試みに、新入生の継続調査(JFS2008とJFS2009)に共通して参加した大学・学部を対象に、両調査に共通する設問を用いて調査結果を比較すると、興味深いことがわかる。比較対象の範囲を限定するため、大学を偏差値で5群に分類して検討しよう。
およそどの大学群でも、JFS2008とJFS2009で回答比率の分布に違いが見られなかったのは、一般的な教養、学力、やる気、自己理解などの「能力の自己評価」18項目、自分の生きたい人生を送る、多様な社会や文化を理解するなどの「価値意識」11項目であった。例えば、偏差値が最も低い大学群で、自己を理解する力について、同学年の学生と比べて自分が「上位10%」に入ると、JFS2009で回答した学生は8.7%(JFS2008:9.9%)、同様に、「平均以上」20.2%(22.5%)、「平均」51.3%(48.8%)、「平均以下」14.9%(13.8%)、「下位10%」4.8%(5.0%)と、両調査でほとんど値は変わらない。しかも、偏差値帯にかかわらず、どの大学群でも同程度の分布となっている。これに対して、一般的な教養はJFS2008とJFS2009で分布がほとんど変わらないのは同じだが、偏差値の上昇に伴い、「平均以上」の比率が高まる点が特徴的である。同様の傾向は、学力や知的面での自信、競争心などにもみられる。ちなみに、この一般的な教養の自己評価は、JFS2009とJCSS2009を用いて、1年次と3・4年次とで比較しても、学年の上昇に伴って値は変化することはなく、しかも大学群の傾向の違いは変わらない。ということは、当初から大学群による違いはあっても、実施年や学年の違いによって回答比率に変化がみられない、すなわち、環境にかかわらず変化しづらい項目とみることができる。
反対に、調査実施年によって、回答分布に違いがみられた項目にはどのようなものがあろうか。およそどの大学群でも差異がみられたのは、大学の授業や施設設備に対する「満足度」17項目である。例えば、偏差値が最も高い大学群で、初年次教育のプログラム内容に対して、「とても満足」していると、JFS2009で回答した学生は8.3%(JFS2008:7.4%)、同様に、「満足」35.3%(23.2%)、「どちらでもない」49.6%(61.0%)、「不満」5.6%(6.8%)、「とても不満」1.1%(1.7%)と、2008年から2009年にかけて満足度が高まっていることがわかる。この満足度の高まりは、程度の差こそあれ、どの大学群でもみられる。また、キャリアに関する「価値意識」4項目も調査実施年によって変化があった。偏差値が最も高い大学群を例にとれば、同じ1年次生ながら、会社などで出世することを「とても重要」と思う比率はJFS2009で11.4%(JFS2008:19.5%)、「ある程度重要」38.1%(46.2%)と、2008年に比べて重要視する比率が低下している。低下傾向は、他の大学群も同様であった。これら変化がみられた項目はその内容からみると、あるいは教育プログラムの導入・改善や社会・景気の動向などによって影響を受けやすい項目といえるかもしれない。
さて、2ヵ年の調査から安易に結論づけることは避けたいが、もし変化しづらい項目と変動しやすい項目があるとするならば、逆説的ながら、すべてを教育改善に期待するのは無理な話ではないだろうか。こうした安定的項目と可変的項目の見極めは、継続的調査によってこそ可能となるはずだ。とかく、近年の評価活動では、即時に成果の検証と改善が求められるが、適切な教育改善に結びつけるためにも、長期的な観測に基づき、丹念に教育・学習プロセスのメカニズムを探究する必要があると思われる。