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アルカディア学報

No.42

私学の資産を考える―自己資産の運用で蓄積増加を

椙山女学園大学教授  丸山 文裕

<アメリカの大学の資産>
 さすがのアメリカ経済もこのところ低迷気味であるが、それは90年代半ばから、つい先頃までIT関連産業の興隆に支えられ、世界経済の中で一人勝ちの観を呈していた。アメリカの大学はこの時期、企業、政府、家計とともに好況の恩恵に大いに与ることになった。それは大学自らの資産増加の点でも顕著である。
 経済が好況だからといって、大学の資産が自動的に増えるわけではない。自助努力も見逃せない。アメリカの経済が、資産を蓄積増加させる方法はいろいろ挙げられるが、特に2つが重要である。1つの方法は、個人、卒業生、企業、財団からの寄付を募ることである。高等教育専門紙クロニクルによれば、近年10億ドル(1200億円)以上の寄付キャンペーンに成功したのは全米で13大学に及ぶという。
 もう一つは、自己資産を積極的に運用することである。各大学は、投資専門スタッフを職員に加え、投資コンサルタントと契約し、多様な方法で資産運用に努める。中には、ウイリアムカレッジのように1999年単年度で、29%以上の運用率を挙げた大学もある。もちろんリスクを被る大学もある。ジョージア州にある数大学は、投資先である地元の世界的清涼飲料メーカーの不振から、基本財産の20%ほどを失ってしまった。しかし興味深いことは、多額の損失を出した大学のいずれもが、現行の資産運用方法を変更するつもりはないということである。

<日本の大学の資産>
 翻って日本の大学では、寄付集め、資産運用ともごく少数の大学を除いて、それほど活発に行っているわけではない。いろいろな理由が考えられる。非営利組織である大学が、積極的に株の売買を行うべきではないという道徳的不文律があるのであろうか。元本割れの恐怖が強いのであろうか。非営利法人が運用に失敗して損失を出した場合、世間の強い非難が出る土壌が災いするのか。運用するのに充分な資産を持たないのか。または単に運用の方法を知らないのか。ともかくこれまでアメリカの大学のように多様な方法で、資産運用を試みてきた大学は、それほど多くはない。
 文部省「私立学校の財務状況に関する調査報告書」の各年度版を用いて、私学全体の資産と運用収入の毎年の動きを見ることができる(筆者はこの報告書を用いて私大財政の分析を行ってきたが、これは近年出版が中止されている。貴重なデータであり、利用する研究者や大学関係者も多い。復刊されることが望まれる)。掲載されている資産額から負債額を除いた値は、1989年の約8兆円から1997年の14兆円に順調に増加している。ただし資産額の中には土地建物の購入時の価額が含まれており、現在の資産を表した額ではない。当然時価会計が導入されると変化する可能性がある。バブル期に土地を取得した法人の中には、第1号基本金の中に含み損が発生する法人もあるであろうが、残念ながら筆者には私大全体の資産額が、時価会計によって増加するか減少するか予測はつかない。
 資産運用収入のほうは、1989年から91年までは増加し、私大全体で2200億円に達していた。しかしその後減少を続け、1996年には790億円にまでなっている。これらの資産(負債を除く)と運用収入から大学法人のラフな運用率を推測することができる。私大全体で1996年に0.589%になる。このところの低金利、株安、土地神話の崩壊の影響を受けていると思われるが、アメリカの大学と比べると(約11%)、寂しいかぎりである。とはいえ大学法人の中には、このご時世において3.3%の運用率を得ているところもある。
 あくまでも仮の話であるが、1996年当時の私大全体の資産13.5兆円を3.3%で運用すれば、4457億円の運用益が見込まれる。これは実際の運用収入の5.6倍、私大の経常費助成の1.5倍に当たる。これらの概算結果を考えると、やり方次第で私大の資産運用の収入増加は、見込めそうである。

<第3号基本金の重要性>
 大学教育需要が供給を大きく上回らない時代には、法人の保有する資産は経営により重要な影響を及ぼすと思われる。資産に余裕がある私大は、教員1人あたり学生数を減少させたり、教育施設設備を整備して、教育条件を改善することが出来る。そのような大学は授業料値上げを控えたりして、優秀な学生を入学させることができよう。これらは結果的に大学の社会的威信を高め、さらにその大学の卒業生の就職市場での価値を高めることになる。そして卒業生を通じて将来の寄付や、その他外部資金を増やす可能性を広げ、それが再び資産を増加させることになる、という良循環をもたらす。
 このような良循環にどう乗せるかが大学経営である。18歳人口の減少時には、各大学はとりわけ学生募集を積極的に進めることが、喫緊の課題となる。その際、大学の用意する奨学金が重要な役割を果たすことになる。これまで経済的に恵まれない層の大学進学機会を確保するのは、政府の仕事であるとの認識のためか、各私大はそれほど奨学金の充実に力を入れてこなかった。実際奨学金といえば、日本育英会のもの以外は知られてはいない。しかし各大学は今後独自に奨学金を用意し、それを学生募集の武器にしなければならない。それには第3号基本金の充実が、いかに充実しているかがカギとなる。
 但し奨学金が学生募集に効果を持ち得るには、奨学金受給確率が、多くの学生が自分も受給可能性があると思う程度高いこと、また受給額が短期間のアルバイトでは得られないぐらい大きいことが条件となる。学年定員1000人の中規模大学を想定してみよう。以上の条件を考慮すると、入学者の1割すなわち100人に年間授業料相当の奨学金を提供するぐらいのオーダーになろうか。それには約1億円かかる。もしこれを資産から得られる果実で充てようとすると、第3号基本金は1学年で100億円いることになる。
 というわけで巨額な必要資産が計算されることになる。日本の私学の基本金は、すでに取得した校地校舎の購入価額である第1号基本金でほとんど占められる。今後経営に重要性を持つであろう奨学金用第3号基本金を用意しているところは少ない。しかし学校法人によっては、早い時期から資産形成に努め、第3号基本金を上記の試算以上に準備し、奨学金や授業料免除を通じて、学生に還元している法人もある。決して夢物語ではない。
 世の中、情報開示の時代である。今後私立大学法人においても、財務状況の公開が原則になる。学生や保護者にとっては、これまでベールに包まれていた大学経営の実態が明らかにされる。コストパフォーマンスの低い大学、非効率経営大学、今後の経営が困難な大学の内実が明らかにされる。これまで資産蓄積に努力してこないで、資産の潤沢でない法人は、学生募集の点でも不利な競争を強いられる。