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アルカディア学報

No.418

国大法人化後の現状と課題
財務・経営センターの調査から

研究員 丸山 文裕(国立大学財務・経営センター研究部教授)

一、財務・経営センターの調査
 文部科学省は7月15日、「国立大学法人化後の現状と課題について(中間まとめ)」を公表した。これは国民と有識者からの意見聴取、法人への実地調査、国立大学法人評価委員会からの意見聴取などをもとに「国立大学法人の在り方に係る検証」を行い、その一部をまとめたものである。
 それによると、04年に実施された国立大学法人化は、教育活動、研究活動、社会貢献について一定の成果を収めつつある、と肯定的な評価を下している。また法人化後の管理運営組織、人事制度、財務会計制度が柔軟性を持ち、それらが機能している、とこれまたポジティブな評価を行っている。しかし「中間まとめ」では、さらに教育研究力の強化、ガバナンスの強化、財務基盤の強化について、今後も改善充実が必要としている。
 これらについては、これまで様々な形で指摘されており、「中間まとめ」の内容について筆者も賛成するところが多い。ここでは「検証」では触れられていない「法人化後の現状と課題」について付け加えたい。
 国立大学財務・経営センターでは、法人化の影響を明らかにするため、これまで法人化前からいくつかの国立大学を訪問し、学長にインタビューを行い、検討を続けてきた。さらにその後3回にわたって全国立大学を対象にアンケート調査を行った。第1回目は、法人化の直前04年の2月に、学長と事務局長に意見をうかがった。第2回目は法人化後2年目の06年1月に、学長、財務、人事、施設担当理事にアンケートに回答してもらった。第3回目は09年の2月に、学長、財務担当理事、および学部長に回答してもらった。国立大学財務・経営センターの業務を理解していただいたのか、回収率はいずれもすこぶる高い。
二、学長の肯定的評価
 「中間まとめ」と同様、財務・経営センターの調査でも、学長は法人化が国立大学および自大学に対して、総じて良い結果をもたらしたと回答している。教育活動の活性化については、プラスとの回答が多い。研究活動の活性化にも、教育活動ほどではないにしろ、プラスの回答が寄せられている。しかし「中間まとめ」には記されていないが、すべてのタイプの大学でこの傾向があるわけではない。医学部のみの医科大学、文科系学部で構成される文科大学、教員養成大学での教育研究活動に対する法人化の評価は相対的に低い。
 法人化の一つの目的は、大学の個性化である。これについて学長のプラスの回答は90%を超える。また法人化は、大学の競争力の向上に影響したかという問いには、プラスの回答は75%を超える。旧帝大系の大学は肯定的に回答したが、教員養成大学は否定的であった。
 学長は、法人化は管理運営の合理化・効率化をもたらしたかという問いに、プラスの回答を寄せている。しかし旧帝大系の学長と異なり、ここでも医科大学、文科大学、教育大学の学長の回答は否定的であった。ヒト、カネ、モノで相対的に恵まれている旧帝大系の学長が、法人化に対して肯定的であり、それらに恵まれない小規模大学、単科大学が否定的であるのはもっともである。
 法人化の評価が大学のタイプによって異なるのは、法人化によって「選択と集中」が進行していると、学長が見ているといってもよい。しかし学長の見たとおり、国立大学間の格差が広がっているのか、もし広がっているなら、今後は縮小すべきなのか、またはさらに広げるべきなのか、国立大学全体、私立大学を含めた日本の大学全体にとって、どちらが適切かの検討や議論も行われる必要がある。
 06年と09年の財務・経営センターの調査を比べると、法人化に対する学長の評価が上昇していることが分かる。役員会、経営協議会、教育研究評議会は、いずれも法人化後新たに設置された管理組織である。それらが十分機能しているという回答の割合は、09年調査のほうが高い。年度計画の作成、新規概算案の作成、学内予算案の作成は、いずれも学長の重要な役割である。それらについて、学長の役割が大きくなったとする回答割合は、09年調査のほうが高くなった。
 学長の運営費交付金制度についての評価も高くなっている。また文部科学省が授業料の標準額を設定し、各大学はその20%までを上限に独自に授業料設定できるという現行方式の支持も高まっている。
 これらの調査結果から、各国立大学法人は、04年の法人組織発足後、新たな制度に適応すべく自己努力を重ね、経営組織として体を成しつつあることがうかがえる。また運営費交付金、授業料などの制度についても、大学法人として対応できるようになってきたといえる。ただし教育研究活動の活性化に対する評価は、06年調査のほうが高く、この根本問題は依然として解決はしていない。
三、意図せざる結果
 学長へのアンケートでは自由記述意見も伺った。運営費交付金の使途が自由化されたこと、繰り越しが可能となったこと、などのメリットが指摘された。しかし同時に競争的資金の獲得、評価書作成等による教育研究時間の縮小、人員削減、財務諸表、評価書作成による業務の多忙化、疲弊感の高まりも自由記述に表明された。さらに国立大学間の格差拡大、特に研究面で広がっているとの認識が認められた。
 また、総じて旧帝大の学長は、法人化を肯定的に捉え、単科大学など規模の小さな大学の学長は、制度を否定的に捉える傾向があった。法人化が短期的成果を強調しすぎる点、自大学の職員の意識改革が進まない点などが指摘された。例えば、運営費交付金の毎年の1%の削減、基盤的経費予算の減少によって、外部資金の少ない大学の経営問題も表明された。
 多くの学長が運営費交付金の毎年の減額が、大学の教育研究活動、大学経営にとって忌々しき問題として捉えている。また財務担当理事からは、各教員の基盤的な教育費および研究費の不足が指摘されている。さらに全学的な施設整備費が不十分であることも表明されている。これについては、「中間まとめ」でも触れられたとおりである。
 09年調査では、学長に加え国立大学の全学部長にもアンケートに答えてもらった。それによると学部長は、学長に比べると法人化の評価が低いことが判明した。教育活動の活性化と研究活動の活性化に対して、法人化はプラスの影響を及ぼしているとの回答が少ない。特に研究活動の活性化に対して評価は低く、研究に割く時間、労力が減少したという回答が多い。法人化前と比べ、大学から配賦される教育経費や研究経費が減少したと回答を寄せ、学長と学部長の法人化への評価は明らかに異なっている。
 大学の管理者、最高責任者と、一方、教育と研究の最前線により近い学部長の見方の違いは、当然と言えば当然である。ただしこの違いは、大学にいい緊張関係をもたらし、教育や研究の生産性を高めるのか、または違いが過度のストレスを生み、互いの消耗に終わるのか。各大学の法人化制度への適応が成功するかどうかの一つのカギは、それにかかっている。