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アルカディア学報

No.409

自律的な努力を促す試み 日本学術会議からの提案

広田照幸(日本大学文理学部教授)

 2007年12月の「学士課程」答申を受け、日本学術会議では、08年9月から大学教育の分野別質保証のあり方について検討を進めてきた。私もその委員会の委員の一人として、検討に加わってきた。ここでは、学術会議での審議の過程と、そこでとりまとめられた提案を簡単に紹介し、それがもつ意味について若干の私見を述べてみたい。
 学術会議では、親委員会のもとに3つの分科会が作られ、それぞれ分担して議論し、全体の報告書をとりまとめた。第1に、質保証の枠組みを検討する分科会である(私はその分科会の幹事を務めた)。第2に、教養教育・共通教育についての在り方を検討する分科会、第3に、大学と職業との接続の在り方を検討する分科会である。
 検討すべき主要な対象事項は、各分野の専門教育のあり方をどうするかという課題であったが、大学教育の教育課程は、専門教育の専門性だけを保証すればよいわけでない。学術会議がそこだけで提言をまとめるとしたら、実際の大学教育をかえって歪めてしまいかねない。学士課程の教育課程はいわゆる教養科目を含むし、学士課程における教育が卒業生に十分な教養を与える役割を持たねばならないことも、くり返し強調されてきた。また、大学教育が社会とどういう関係を持つのか(特に職業との接続)についても、無視することはできない。後述するように、各大学は教養形成や卒業後の職業との関連も考慮しながら具体的な教育課程の編成をおこなうことになる。それゆえ、バランスのとれた大学教育の質を保証するために、前述の3つの分科会を立ち上げて検討を進めたわけである。
 とりまとめられた提言のうち、最も重要なポイントは、各分野別の教育課程編成上の参照基準を日本学術会議が検討委員会において今後作成していく、という点である。当面、3年間の間に、約30分野を予定している。それを、それぞれの大学で参照してもらい、学問的な基盤の上にしっかりと立ちつつ、学習者にとって何が身につくことになるのかをきちんと説明できるような教育課程を編成していただくことが、その狙いである。
 分野別に作られる参照基準においては、学問の論理から導かれる各分野の特性を明示するとともに、その分野を専門として学ぶすべての学生が身に付けるべき「基本的な素養」の像を明確に示すことが目指されている。その上で、学習方法・学習成果の評価方法の基本的な考え方、教養教育との関係が示されることになる。
 各大学では、分野別の参照基準を参考にしながら、同時に、学生たちの教養の形成や職業との関わりに配慮しながら、自分たちが4年間の教育でどういう学生を育てたいのか、そのためにどういうふうな教育を行うのかをしっかりと考えていただくというのが、学術会議が提案している質保証の枠組みである。
 なお、学際的・複合的な領域については、当該課程を構成する「元となる分野」の参照基準を組み合わせて活用してもらうことを想定している。
 考えてみれば、これまで、「○○学を教える」といいながら、それぞれの分野の教育を組み立てるための確固たる足場というべきものは、存在してこなかった。教育の目的・目標という最も肝心な部分を、基礎づけるものがなかったということである。特定の科目を担当する教員が思い思いに、「○○学とはこういうもの」と自分が担当する分野のイメージを描いているにすぎなかった。
 だから、科目の配列も授業の中身も個々の教員の思いの寄せ集めにすぎなかったり、もっとひどい場合には「よくわからないいろんな事情があって、うちのカリキュラムはこうなっている」といったことが、しばしば起きてきた。受験生を集めるために美しい言葉で語られたキャッチフレーズは、教育の実質を示すものとは言い難い。同時に、「シラバスの作成」など外形的な基準が細かく作られ、それを満たすことばかりが要求されるような転倒した事態も起きている。それぞれの教育組織において根本の教育理念が明確に定まらないまま教育がなされているとしたら、それでは、どんなに外形的な基準を押しつけてみても、「質の保証」には向かうべくもない。
 「うちの学科では、4年間の教育を通して、これこれこういう学生に育てよう。そのためには、こういう教育課程を編成しよう」ということが、それぞれの組織で明確化されることが何よりも重要である。そして、それに沿った教育課程の改革や、内容・方法・評価などの工夫がなされることが望まれる。
 こういう質保証のやり方に対して、一部には「なまぬるい」という批判があるようである。しかし、私はそうは思わない。むしろ、個々の組織が学生や社会に対して、自分たちの提供する教育の意義とその体系をきちんと説明しなければならない、という意味で、ある意味とても厳しい要求を課すものであるといえる。外形的な基準だけ満たしていれば「大学教育です」と胸を張れるようなやり方よりも、もっとそれぞれの見識や日々の努力が実質的に問われるからである。
 この質保証の枠組みの話をしたら、学生の一人が目を輝かせて、「4年間で自分が何をなぜ学ぶのか、よく理解できるようになる仕組みですね。就職活動なんかでも一人ひとりの学生が、自分は何を学び、何を得てきたのかを、きちんと説明できるようになるはずです。ぜひやってください!」と言ってくれた。教える側が、きちんとした理念を持った体系的な教育をやれば、学生たちにも学ぶことの意義を理解してもらえるはずだ。ただ卒業に必要な単位を集めるためだけの勉強や、資格を取るための手段としてだけの勉強ではなく、意味のある4年間を過ごしてもらえる。
 とりあえず、予定している30分野の参照基準が出そろう3年後には、自分たちの組織の教育課程のあり方をめぐって、全国の大学のあちこちで、活発な議論がなされていることを期待したい。